変態の夏休み①
夏休みに突入です
合宿から帰投した俺たちは、しばらく通常の授業をこなしていた。
魔術の授業は少しレベルアップし、合宿前は所謂"初級魔術"と呼ばれる魔術の基礎だったのが、合宿後の授業では"中級魔術"と呼ばれる難易度に上がり、初級魔術を応用したものが増えてきた。
特に中級魔術は、魔術の種類が圧倒的に多い。
魔術の種類が多いということはそれだけ覚えるものが多いということ。
いくら『解読キャンセル』があろうと、あまりにも多すぎる魔術の発動は脳への負担が大きい。
――しかしそんな日々も一旦の終わりを告げ、
今日から学生の特権、夏休みを迎えるのだった。
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「……一つだけいいか?」
「ええ、構いませんよ」
俺は、眼前に悠然たる態度で座る女性を睨むように見る。
「このシチュエーション、前にもあった気がするんだが?」
何を隠そう、いま俺がいるのは学院長室。
そして目の前にいるのは、(俺の中で)|あの悪名高き学院長ケリス。
学院長室には俺とケリスだけがいる状態だ。
――つまり、以前ケリスの仕事を手伝った時と状況が同じである。
「別に他意はありませんよ?」
「俺は休みに入る度呼ばれなきゃならんのかっ!?」
つい大声を出してしまった。
しかしよく考えてみて欲しい。
普通こんなに学院長室に呼ばれるか?
呼ばれないだろ。
「まあ落ち着いてください。今日ここにあなたを呼ぶに至ったのは、私の用事ではないのです」
「はぁ……?」
俺は溜め息混じりに疑問を呈した。
ケリスの用事じゃない?
ならばなんだと言うんだ。
「実はある人物から預かり物があるんですよ。それを渡そうと思いまして」
言って、ケリスは机の引き出しから三枚の紙を取り出した。
それらは帯に包まれた細長い紙で、前の世界でも見たことがあるような……。
そう、娯楽施設への入場チケットによく似ている。
「……それは?」
「以前あなたたちが合宿で赴いたハリアブルー……そこにある宿酒場『バー リンジェルド』の店主、キャリベルさんから謝礼品だそうです。どうぞ」
受け取ってみると、三枚のチケットをまとめた帯に、確かにキャリベルの署名がされていた。
それにこれは……。
「海水浴場へのチケットか?」
俺が受け取った三枚のチケットにはそれぞれ、『レメリオル海水浴場入場チケット』の文字が記されていた。
どう見ても、海水浴場へのチケットである。
「キャリベルさんが、あなたたちパーティ全員で行けるようにとのことです。
いい機会ですし、行ってみてはどうですか? あそこの海は観光地としても有名で美しいですよ」
夏といえば海。海といえば夏。
分かっているじゃないか、キャリベル。
キャリベルが別れ際に言っていた「お返し」とはこのことだろう。
このタイミングで渡されるということは、時期を考えてくれたのかもしれない。
「そうだな……とりあえず二人に予定を聞いてみるか」
俺は頷き、渡されたチケットの束を制服のポケットに仕舞った。
さて、二人ともまだ学内にいるといいが。
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「うむ、私は一向に構わんぞ」
二人を探そうと第一学舎に入ろうとしたところで、偶然エレカと鉢合わせた。
ちょうど良かったので早速聞いてみると、二つ返事で答えが返ってきた。
「海など久しく行っていないから楽しみだ」
エレカは楽しげな笑みを浮かべてそう言っていた。
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続いて、寮に向かう途中のアレンを見つけて聞いてみたところ、
「ごめん、僕長期休暇は実家に帰ることにしているんだ」
そう言って、断られてしまった。
まあ普通に考えればそういう奴だっているよな。
実際他にもアレンと同じく、この夏期休暇で実家に帰るって生徒は学院の半分ほどいるらしい。
「あ、でも気にしないで楽しんで来てくれていいからね。どうせなら他の知り合いを誘ってみてもいいんじゃないかな?
せっかくキャリベルさんからもらったチケットが一枚余るのは勿体無いし」
アレン本人がそう言うなら、そうしてみよう。
しかし後誘えると言ったら……
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「海?」
二人のパーティメンバーと食堂で駄弁っていたエリックを見つけて話を振ってみた。
エリックはしばし考える仕草を見せた後、窺うように口を開いた。
「ちなみにさ、他に誰がいるんだ?」
今のところはエレカと俺だけ、ということを伝える。
「ほほ~う?」
エリックは手を顎にやり、再び考え始めた。
ついでにパーティメンバーの顔をちらりと見た。
その視線に気付いてか、パーティの中でも一際威圧感を放つ大男、ゴーサスが険しい顔を見せた。
「やーっ待て待てゴーサス! まだ俺は何も言ってないじゃんかよ!?」
「お前の考えそうなことなどお見通しだ」
「確かに確かに。エリックの考えそうなことなんて大体単純だしな」
ゴーサスの横に座る朱髪の男生徒も頷きながら賛同した。
確か俺やエリックと同じクラスの……ケビン、とかいう名前だった気がする。
「お、お前ら! じゃあ俺がいま何を考えていると思う?」
エリックが半ば興奮気味に言えば、
「「女の子と海で遊びたい、だろ?」」
二人揃って、全く同じことを言った。
一言一句違わずハモったその言葉に、エリックは口が開かない様子である。
……こいつ、分かりやすいからなぁ。
「――確か、セツヤといったか。実は俺たち、この夏期休暇で冒険者の特訓に遠くの都市まで行く予定を立てているんだ。
だから悪いが、このお調子者を外すわけにはいかない。仮にもリーダーなもんでな」
ゴーサスが律儀に頭を下げてきた。
地味に名前を覚えていてくれてたのは嬉しいな。
「ゴ、ゴーサス……そこを何とか! 夏期休暇って二ヶ月近くあるんだぜ? 海に行くだけならほんの数日だろうし、特訓はその後でも……」
「ダメだ。俺たちだけならまだしも、今回の特訓の間で借りる宿の人たちにも迷惑を掛けることになる」
「え、もう宿取っちまったのかよ!?」
「当たり前だろう! どっかの大馬鹿がモタモタしているから、俺が取ることになったんだ!」
「……悪ぃな、セツヤとやら。この二人はいつもこんなんだから許してくれ。
っつーことで、今回ばかりは諦めてくれねえか?」
ケビンが俺に手を合わせながら言ってきた。
まあ、仕方ない。
先に予定があるなら諦めるとするか。
だが、となると……。
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「もう、彼女しか思いつかない……」
エリックがダメだった後、俺は割と必死になりながら、同じクラスの生徒を見つけては片っ端から声をかけ続けた。
何故なら、もう既に日が暮れかけているからである。
アレンから聞いたことでもあるが、一通り自分で回ってみて確信した。
ここの学生は、ダウナート以外の都市から来ていることが多い。
その理由として、ここダウナートでは騎士と冒険者が対立関係にあるが、その他の都市では普通に冒険者は立派な職業だという認識があるからだ。
そして、ダウナート以外から来ている学生はほとんどこの夏期休暇で実家に帰る。
つまり日が暮れるということは、学内はおろか、このダウナート都内にもケルティックの学生がいなくなってしまうということだ。
俺がいままでエレカの横槍をなんとか躱し続けて仲良くなった女生徒たちも、いまや全滅。
もう頼れるのは、彼女しかいない。
どうやら情報によれば、彼女は実家に帰らないらしい。
だからまだ、"俺たちの部屋"にいるはずだ。
「た、ただいまー……」
「あ、おかえりなさいセツヤくん。どうしたの? 今日は遅かったね」
重い手を回して開けたドアの先からは、彼女――俺のルームメイトであるジェシカ・レミアウスがエプロン姿を見せた。
その手には何やら鍋を抱えており、部屋の中からいい香りがした。
「あのー、さ。ジェシカって、ここ出身じゃないんだろ? 実家とかって帰らないのか?」
彼女の持つ鍋には恐らく今日の夕飯が詰まっていることであろう。
しかし妙に様になってるな。
いいお嫁さんになりそう。
「え、えっと……それは……」
ジェシカは中空で目を泳がせた。
何だ? 俺もしかして地雷踏んだ?
「いや、言いたくないなら別にいいんだ」
「うん……ごめんね。でも、何でそんなことを?」
「そ、それは……」
今度は俺が目を泳がせる番になってしまった。
エレカを誘った時はこんなことにならなかったんだが……
まあ、あいつは少し女性とは思えないところがあるからな。
「実はさ、学院長からこんなものをもらったんだ」
事情を知らないジェシカにキャリベルの名を出しても説明がめんどくさくなるだけなので、ここはケリスから貰もらったことにしよう。
俺が差し出した紙の束に、ジェシカは目を丸くした。
「これって……海水浴場のチケットだよね?」
「三人分ある。今のところ俺とエレカが決まってるんだが……」
「もしかして……私に?」
俺は頷く。
「えっと、他の人は誘ってみたりしたのかな……?」
「一応クラスのほとんど全員に声を掛けてはみたんだが、どれも空振りでな。つまり、まあ……ジェシカが最後ってわけなんだけど……」
ジェシカはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「…………二人さえよければ、ご一緒させて欲しいな」
「俺から頼んでるんだ。礼を言うのはこっちだ。ありがとう」
うおお、何か成り行きでジェシカも海に行くことになっちまったぞ……
ジェシカ胸大きいし、水着着たら絶対似合うだろうなあ。
それに休日とか見てても私服のセンスはピカイチみたいだし、選ぶ水着にも期待ができるな。
ああ、誘う前はいきなり同室の女の子を海に誘うなんてだいそれたこと言うの恥ずかしいとか思ってたのに、いざOKが出てしまえば後は楽しむだけだよな。
ぐへへ、いまからが楽しみだぜ……。
「……? セツヤ君、顔変だよ?」
おっと、いけない。
ジェシカの前ではできるだけ紳士安城刹也でいるのだ。
こんな純粋な子を汚く染めてはいけない。
「そ、それより夕飯を食べようぜ。鍋ずっと持ってちゃ重いだろ?」
「えっ? あ、そうだった。忘れてた」
言って、てへへ、と笑うジェシカ。
ああ、可愛いなあ。




