変態の冒険者合宿⑤ ~ハリアブルー編~
合宿終わりです
それから合宿の間は特に重大な依頼は回ってこなかった。
まあそもそもこの世界はモンスターの発生はそこまでで、実際に被害として現れることは少ない。
かてて加えて、この国には"騎士"も存在する。
立ち位置的には日本の警察と自衛隊を合わせたようなものだが、時には冒険者と同じくモンスターの討伐を担当することもある。
そんなわけで、俺たち冒険者の仕事は基本的に市民からの細かな依頼だ。
「おはよう、じゃ。良く眠れたか?」
ギルド入口のドアを開けると、リアルのじゃロリ受付のベルトートが俺たちを迎え入れた。
相変わらずカウンターギリギリの背丈のせいで、こちらからは顔しか見えない。
「おかげさまでな。中々いいホテルだったし」
「そうか、それは結構なことじゃ。……それでサラ、もう出発するのか?」
今日は、俺たちがこのハリアブルーにやって来てから十日目。
つまり合宿最終日なのである。
俺たちは今日でここを出て、十日ぶりにケルティック学院へと帰るのだ。
「ええ。世話になったわね」
「なに、毎年のことじゃろ。
それに、今年のお前の教え子たちは随分と見込みがありそうじゃ」
「でしょ? ふふ~ん、今年は中々の卵を見つけたのよ」
サラは自慢げに胸を張ってみせた。
まあ、期待されるのは悪いもんじゃない。
「……さて、お前さんたち、十日間ご苦労じゃった。
正直言って期待以上の働きを見せてくれてこちらとしても楽しかった。
個人的にも、お前さんたちが本格的に冒険者として活躍できる日を心待ちにしているぞ」
ベルトートは俺たちに向き直って言う。
今回の合宿を通して、俺としても、冒険者の仕事はやっていてかなりやりがいがあるように思えた。
一概に市民からの小さな依頼といっても、簡単なお使い系から、初日のような体力と時間を消耗するような依頼まで多岐に渡る。
それに一番やりがいを感じるのは、依頼してきた市民と直接コンタクトを取れることだ。
この都市には実に様々な人がいる。依頼を請ける中でそんな依頼者たちの内面に触れられることが何よりもやりがいを感じる時だと俺は思う。
「私たちとしても、貴重な経験を十日間もさせてもらえてとても有意義だった。ありがとう」
「そうだね。僕たちがこれから冒険者として生きていくために必要なことをいくつも学んだ気がする」
「うむ。それは何よりじゃ。……っと、一つ忘れとった」
ベルトートは何かを思い出したかのように手をポンと叩いた。
「実はな、初日に言った、活躍次第ではお前さんたちに任せる大仕事のことなのじゃが……」
そういえばそんな話もあったっけな。
結局何もなかったようだけど。
「あれな、お前さんたちが初日に請けた緊急の討伐依頼……それがその大仕事の予定だったんじゃよ」
「そ、それってつまり……」
「うむ。こちらから頼むまでもなく、お前さんたちが自分で請けると判断して、見事達成してみせたということじゃ。
これをキャリベルから聞かされた時は驚いたぞ」
「そうよ、私もベルトートからの又聞きだけど、聞いた時はすっごい驚いたんだから」
ベルトートとサラが揃ってこちらを見る。
まさかあの依頼が大仕事ってやつだったのか……。
「でもそれなら、何でいままで言わなかったんだ?」
「まだキャリベルからの報告がなかったんじゃよ。
それでつい昨日、彼女から報告があったというわけじゃ」
遅れたのはエルキッシュに掛かっていた誤解を解いていたからなのだろうか、と勝手に妄想してみる。
「お前さんたちはそういったところでもわしらを驚かせてくれた。実に見所のある若者じゃ。
この大仕事の報酬のカルムじゃがな、今回は特別にお前さんたちに直接渡すことにするぞ。大切に使うがええ」
ホホホ、と朗らかに笑うベルトート。
すると、
「ま、そういうわけで。
多分あんたたち忘れてるかもしれないけど、トリスたちとの勝負、勝てると思うわよ」
仕切り直すように、そうサラが言った。
トリス……? どっかで聞いた名前……
あっ!
「サラ教官。悪いが私はしっかりと覚えているぞ」
「僕だって覚えていますよ。一応この十日間それを意識しながら活動しましたから」
う、そういえばこの二人は合宿前からトリスの提案に乗り気だったからな……。
ここで今更覚えてなかったなんて言えんぞ……
「お、俺だって……」
と言いかけると、サラが素早く俺に「あんたは、忘れてたわよね?」と言わんばかりの目配せをしてきた。
……はい。
「……そう、覚えてるならいいけど。
まああっちはあのレオさんがいるからこっちよりハードなスケジュールになってるとは思うけど、あんたたちがこれだけのことをそれも頼まれるまでもなくやっちゃうとねえ……」
サラが気の毒そうに言う。
何だ……あのレオって教官はそんなにやばいのか……?
確かに見た目鎧着ててゴツイし何か厳しそうではあったけど……。
で、できればあんまりお世話になりたくないぞ。
「な~に怯えたような顔してんのよっ。
心配しなくてもあたしたち技術教官が直接生徒の指導に当たることはこの合宿以外滅多に無いわ。
あるとしても来年の学内ランキング戦での戦闘監督役と、卒業試験の時くらいかしら」
俺の背中を叩きながら言うサラ。
学内ランキング戦?
これまたどっかで聞き覚えがあるような……
「学内ランキング戦……確か、学内の生徒たちが個人もしくはパーティ実力を競うというものだったか?」
エレカが確認するように問うと、サラは首肯した。
「ええ。細かく言えば、モンスターとかと戦うための戦闘能力はもちろん、
冒険者としての依頼遂行能力も加味して、学院に勤務する教官全員で評価を付けるというものよ」
そうか、思い出したぞ。
確か、以前ミレイが言っていたやつだ。
二年の学内ランキング戦までエレカをどうとかって。
「最初の頃はただ評価を付けてただけなんだけど、それじゃつまらないからってランキング形式にして張り出したりし始めたのよ。
それで、学内ランキング戦なんて呼ばれてるわけ」
なるほど。
確かにランキングとすれば、いま自分たちがどういった立ち位置にいてどのくらいの技量を持っているのかが分かるし、上を見ることで向上心の増幅にも繋がるわけか。
「一つ質問いいか?」
「ええ、いいわよ」
俺はサラの会話の切れ目を狙って、自分の中で浮かび上がってきた疑問を投げてみた。
「さっき、個人もしくはパーティでと言ったが、個人かパーティかによって評価基準が変わったりするのか?」
「もちろん。パーティより個人でランキング上位にいればそれだけ優秀だってことだし、かと言ってパーティを組んでの上位でもそれは団結力や連携力があると判断される。
まあ、いずれにしてもこなした依頼の種類や数、後は生徒同士で戦った時の勝ち負け等で考慮されるわ」
俺の問いに答えたサラは、さらに言葉を続けた。
「例年多いのはやっぱりパーティね。個人でランキング戦に参加する生徒はほとんどいないわ。個人で参加するのは相当腕に自信がある生徒か、後は群れるのが嫌いな生徒ね。
……まったく。群れるのが嫌いって言ってても、将来冒険者になってしまえば嫌でもパーティを組むことの方が多いのに……」
はあ、と重い溜め息。
サラにも、これまでの教官生活の中で思う所があるのだろう。
「そうか。つまり安定を取るならおとなしくパーティを組めということだな。無駄な意地を張らずに」
「そういうこと。ちなみにパーティメンバー集めは早めにしておいた方がいいわよ。大体みんなこの合宿で組んだメンバーに一人や二人くらい増やしてくるから。ただでさえあんたたちは三人って少ないんだから、せめてあと一人は欲しいわね。
この合宿が終わると解散するパーティが結構あったりするの。その辺を狙うといいかもね」
あと一人か……。
確かに人数のハンデは痛手だし、何としても集めたいところだ。
「その辺りは帰ってからでも話せるだろう」
エレカが言った。
「……ま、それもそうだな」
それから俺たちは、改めてベルトートに別れの挨拶をしてからギルドを出た。
……ちなみに、俺が帰りの馬車で再び酔わされたのは言うまでもない。