閑話っぽいやつ
中途半端な長さなので閑話扱い
合宿が始まって三日ほど経ったある夜。
俺はホテルの外へと呼び出されていた。
呼び出し人は誰かといえば、エレカである。
外は既に闇に包まれていて、月明かりだけが歩く俺の足元を照らす。
「どうした? 急に呼び出したりなんかして」
俺は指定場所である倉庫区画に着くと、呼び出した張本人であるエレカにまずその問いを投げかけた。
「セツヤ、私はこれからお前にとある魔術を教えたいと思う」
こちらに背を向ける形で待ち構えていたエレカは、振り向きざまにそう口を開いた。
とある魔術……?
インデ○クス的な匂いがプンプンするぜ。
「これからあの学院で生き残るためには、何らかの形で他の者と違う強さを備える必要がある。この魔術は、お前にその違う強さを与えてくれるに違いない。
……勿論習得はそれなりに難しい。
だが、この私が教えるんだ。必ず習得させてみせるさ」
……相変わらず凄まじい自信だこと。
ま、教えてもらう側からしちゃ自信ある方がありがたいけどな。
「分かった。とりあえず、その魔術ってのがどんなのか教えてくれないか?」
「うむ」
エレカが俺に教えようとしていた魔術とは、端的に言えば身体能力を強化する魔術だそうだ。
例えば、腕や脚、胴や頭といった風に部分的に強化をすることも可能であれば、
下半身、上半身、もしくは全身といった大雑把な範囲でも強化が可能である。
ただし、強化する範囲が広がれば広がるほどにその発動難易度は増していく。
当然といえば当然でもあるが。
「ちなみにこの強化魔術は、現存するどの種類の魔術にも属さない」
エレカは一通りの説明を終えると、俺にそう言った。
……つまり、属性魔術でも無ければ治癒魔術の範囲にも入らないってことか?
「……何でそんな魔術をお前は知ってるんだよ?」
当然学院で習ったこともなければ、周りの奴らからこんな魔術があるなんてことも一切聞いたことがない。
学院側が知り得ないようなことを、どうしてこの少女は知っているのか?
しかし少女は俺に疑問に対しあっさりと、そしてさも当然だと言うように答えた。
「私の家に代々伝わってきたものだからだ」
……魔術を代々継いできた家系だと?
この世界じゃ魔術は一般的にあまり知れ渡っておらず、学ぼうと思わない限り習得は不可能なはずだ。
そんな魔術を、エレカの家系は代々受け継いできたというのか?
一体、彼女の家は…………
しかし俺がその疑問を呈する前に、エレカは目を瞑り、ゆっくりと話を始めた。
「私はな、お前に感謝しているんだ。
お前は今回請けた猫の捜索時、私が犯した失態をカバーしてくれた。
それにミレイたちの件も、お前は率先して動いてくれた。
さらに言ってしまえば、最初に出会って、そこからパーティを組んで学院に入学できたのも、お前がいなければできなかったことだ」
「…………」
う、うーん……残念なことに俺としちゃ実感ないんだよなあ。
だって、猫の時はその後のモンスター討伐でお釣りが来るほどの事してもらってるし、
ミレイの時は、俺がエレカにレイピアを替えさせるためとはいえわざと壊したし、
最初だって、結局試験のバトルロイヤルでおんぶに抱っこだったわけだし。
やっぱり俺がエレカに何かをしてやった、って実感は湧かない。
しかし、それでもエレカは言葉を続けた。
「何度でも言うが、私は、お前に感謝している。
私たちはまだ出会って間もないが、それでもこれだけ多くのことをしてもらった。その恩返しとして、私はお前にこの魔術を教えたい」
……どうして、彼女はここまでするのだろう。
いくら考えてもわからない。恩を返すならどう考えてもこっちなのに。
エレカは真っ直ぐ俺を見据える。
その碧眼の双眸はあまりにも澄んでいて、そのまま瞳の奥に引きずられてしまいそうなほどだ。
夜の闇をものともしない強い眼差し。
自信に満ち溢れた迷いのない眼差し。
何が彼女をここまでさせるのか、いつしか俺はそれを知りたくてたまらなくなっていた。
「……分かった」
そして俺は、無意識にそう答えていた。