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変態の冒険者合宿④ ~ハリアブルー編~

キャリベルから請けた依頼を解決します。

 ルッケンバウル樹海。

例のモンスターが出現するという森は、ハリアブルーを出て少し東に行ったところに存在している。

 ハリアブルーからそこまで離れていないため、行きで使用した馬車を使う必要はなかった。

 と俺たちが森に向かう途中、切り裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。


「セツヤ、森の方からだ」

「ああ」


 悲鳴は俺たちが向かおうとしていた森の方から聞こえた。

 まさか、例のモンスターに襲われたのか……?


「あ、あれは……!」


 森の入口近くまで行くと、一人の女性の背姿が見えた。

女性は腰を抜かしたように地面に座り込み、肩を震わせている。

 そして、その視線の先には……、


『グゴオオオオオオオ』


 声にならない、重く響く重低音のような雄叫びを上げる巨大生物の姿があった。

頭部に三本の大きなツノを生やし、その体躯はゆうに五メートルを超えている。

身体は黄銅色の皮膚に覆われ、身体を支える四本の足は一歩踏み出すだけで地面に大きな凹みを作ってしまいそうだ。


「何で、森の外に……!?」


キャリベルから聞いた、あのモンスターに嫌というほど酷似している。

 だが彼女の話では、森の中に出現するだろうという話だったはず。

 おそらく、森の中に突発的なマナ溜まりが発生してしまったのだと。


「セツヤ、色々言う前に助けるぞ」


 そう言い捨て、エレカはレイピアを素早く抜きモンスターに突撃した。

 

『グゴオオ……』


 モンスターが、突進してくるエレカに気付いた。

 その身を震わせ、応戦態勢に入る。

 エレカは右手に持ったレイピアを地面と水平に構えると、身を左にひねり、空気を抉るように神速の突きを繰り出った。


 しかし、その一撃はモンスターの硬い皮膚に受け止められた。


「ちっ、やはり強化魔術無しではこの程度か……ふっ」

『グゴオアッ!』

「さて、それならば次は……っ」


 エレカは渋い顔をしながらも、華麗にモンスターの攻撃を避け続ける。

 その姿はまさに『蝶のように舞い、鉢のように刺す』を体現していた。

 モハメドさんもびっくりだよ。


「セツヤ、僕たちはあのお姉さんを助けるよっ」


 おっと、そうだった。

危うくエレカの戦いぶりにみとれるところだった。

 俺とアレンは地面にへたり込む女性に駆け寄って声を掛けた。


「も、もしかして助けに……?」


 女性は恐怖を顔に貼り付けたような表情をしていた。

 戦うための力はおろか、魔術さえもよく知らない一般人ならば無理はないだろう。


「モンスターはあの女が倒しますよ。だから、あなたは俺たちと一緒に避難を……」

「だ、だめです!」


 言葉を遮るように、女性は悲痛な叫びを上げた。

 どうしてだ?

まさか、ここから離れたくない理由でもあるのか?


すると女性は、


「あのモンスターは、とてつもなく強いんです……! 私は森に野草の採取に来ていて、その際に護衛も雇ったのですが、みんなあのモンスターに……」


 なるほど、護衛に雇った奴らが全員やられたからこの女性はそう言っているのか。

 エレカだけでは決して勝てないと。


 でも、


「それなら、大丈夫ですよ。――ほら」

「え……?」


 俺は女性に、目線でエレカを示した。


「なるほど、こいつの皮膚は繊維が異常に細かい。それが何層も重なって強固な皮膚を作り上げているのか」


 エレカはモンスターの攻撃を綺麗に捌きつつ、且つ、モンスターを実験台としながら、様々な攻撃方法を試していた。

 その姿には、余裕の一言しかない。


「嘘……」

「さ、逃げましょう」


 俺は座り込む女性に手を差し出した。

 女性はいまだ恐怖の色を顔に残すが、そんな中に少しの安堵が見られた気がした。



 それから決着が付いたのは、俺たちが戦闘の余波を受けない距離まで退いてからすぐのこと。

 結局エレカは、硬い皮膚に対してちまちま攻撃を続けるのを嫌がったのか、レイピアに燃え盛る炎を纏わせ、そのまま一突き。


 モンスターは硬い皮膚ごと炭のように丸焦げになっていた。

 ……あれ、そう言えばキャリベルが言っていた危険行動見なかったな。





「そういえば、セツヤ」


 女性をハリアブルーまで送り届け、討伐達成の報告に『バー リンジェルド』へと向かっていた時のこと。

 急に思いだしたかのようにエレカが懐から何かを取り出した。


「あのモンスターを倒した時に落ちていたんだが」


 そう言って見せてきたのは、特に何の装飾も施されていない、実にシンプルな作りの指輪だった。

 俺はそれを見て、一つ思い当たる。


「それ、もしかして結婚指輪とかか?」

「ちょっと見せて」


 アレンがおもむろに指輪を手に取り、内側を覗く。


「……人の名前っぽいのが掘られてるね。えっと……エル……キッシュ。そう書いてあるよ」

「それって……」


 エルキッシュ。

聞いたことがあるどころか、今日聞いた名だ。

 キャリベルの夫の名前である。


「どうしてそれをあのモンスターが?」

「分からないが、とりあえず当事者に直接聞いた方が早いだろうな」





「……もう帰ってきたの?」


 その言葉の意味としては討伐前に聞いたものと同じだが、キャリベルの顔はとんでもないものを見たような顔になっていた。


「まあ……ほとんど彼女一人でやりましたが」


 俺はエレカを示す。

 うん。正真正銘、間違いなく、モンスター討伐は彼女一人の手柄だ。

 俺たちは女性を少し離れた場所まで誘導していたに過ぎないからな。


「そう、なの……。なんていうか……」


 分かる、分かるぞ、キャリベル。

 言いたいことは痛いほど分かる。

 エレカの戦いを一番見てきた俺が言うんだから。


「キャリベルさん、それよりちょっと見て欲しいものがあるんです」

「な、何かしら」

「うむ、これだ」


 エレカはキャリベルに先ほどの指輪を渡した。

 すると指輪を受け取ったキャリベルは、目の色を変えてこっちを見た。


「あなたたち、これをどこで……?」

「倒れたモンスターが落としたそうです。やっぱりそれ、エルキッシュさんのものですか?」

「え、ええ。裏に名前も入っているし、間違いないわ」


 やはりそうだったか。

 しかし、何であのモンスターが持っていたんだろうか。


「この指輪、前に夫が無くしたと言っていたけど……よく考えてみれば、あれはあのモンスターと戦った少し後なのよね……」

「……となれば、モンスターと戦った際に落としたと考えるのが妥当ですね。

ああいった野生動物は光るものに目がないとよく聞きますし」


アレンが言った。

 なるほど。比べちゃなんだが、午前中に請けた猫探しの猫みたいなもんか。


「そう、かもしれないわね……ああ、夫には悪いことをしたわ。後で謝っておかなくちゃ……」


 何だろう、指輪を無くしたことに対して怒ってしまったのだろうか。

 まあ、普通怒るよね。結婚指輪無くしたなんて言われたら。


「あなたたちには仇だけじゃなくて指輪までお世話になったわ。確かケルティックの合宿は十日間よね? もしかしたら間に合わないかもだけど、できるだけその間に何らかのお返しをさせてもらうわ」


 よく知ってるなと思ったが、前に支部で手伝いをしていたと言っていたのを思い出す。

 ということは、あの受付とも当然知り合いってことか。

 もしかしたらサラとも顔見知りだったりするのかも。


「それにしても、やっぱり貴女は強かったのね。是非この目で見てみたかったわ」


 と、キャリベルはエレカを見やった。


「……いや、私などまだまだだ。

この世界には私より強い者など溢れるほどいる」


 エレカはなに食わぬ顔でそう言った。

 いやいや、お前超えるのが溢れるほどいてたまるかよ。


「ふふ、謙遜しなさんな。確かに貴女より強い人はいると思うけど、それでも少数よ。

これでも色んな冒険者を見てきたんだから」


 えっへん、と胸を張るキャリベル。

 緑色の髪がさらりと揺れ、ついでに胸もポヨンと跳ねる。


(うおっ、揺れたぞいま)


 思わず見ていると、そのキャリベルから鋭い一声が飛んだ。


「……あなた、セツヤくんだったかしら?

随分可愛いらしい顔してるけど、やっぱり男の子なのね。はぁ、どうしてこうも男は胸ばっかり……」


 げ、視線に気付かれてたか。

 ……うーむ、女性は男性の胸を見る視線に敏感だと聞くが、どうやら本当らしい。

 誰か、胸を見てても気付かれないような魔術とか開発してくれないかな。


「その点、彼は私の中身を見てくれたわ」


 キャリベルが顔を少し朱に染めながら言う。

 あーはいはい、おのろけは別のところでやってくれ。

 ま、当のエルキッシュはいまいないけどな。


「ま、まあそれはさておき、これからどうする? セツヤ」


 これ以上の展開はまずいと感じたのか、慌てた様子でアレンが俺に話を振ってきた。

俺は少し考えてから、口を開いた。


「そうだな……これ以上何もないなら、一旦ギルドに戻るのもアリだな」

「うむ。ではそうしよう」


 エレカも賛成のようなので、改めてキャリベルに向き直る。


「ではキャリベルさん、俺たちはそろそろ……」

「ええ、今日は本当に世話になったわ。お昼の屋根の件がチャラになるくらいにはね。

 それじゃあ、さっきも言ったけどお返しの方、期待しててね」

「ありがとうございます」


 最後にそう言って、俺たちは『バー リンジェルド』を出た。

 外はそろそろ夕方が間近に迫っていた。

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