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変態の冒険者合宿③ ~ハリアブルー編~

猫探しの続きとその後。

 あれからさらに三十分ほど経過した頃。

 俺たちはハリアブルー市内を縫うように、狭い路地を走り回る羽目になっていた。

 何故こんなことになっているかといえば……。


「いたぞ……!」


 エレカが、声を抑えつつも興奮冷めやらぬといった様子で声を上げる。

 そんな彼女の視線の先にいるのは、白く美しい毛並みをした一匹の猫。

 そう、ミーシャである。


「やっと追いついたか……」

「でもここからだよ」


 俺たちは少し離れたところから追跡する。

 ミーシャは背後の俺たちに気付いた様子もなく、とてとてと路地を歩いていた。

 じりじり、じりじりとミーシャとの距離を詰める。

 残り十五メートル……十メートル……五メートル……!


「ミャア!」


 いよいよその白い毛に手が触れるといったところで、ミーシャは唐突に鳴き声を上げ出した。

 そして、勢いよく駆け出す。

 何かと思って先を見れば、そこにはキラキラと輝く石が落ちていた。


「ミャア~」


 ミーシャは石をしげしげと見つめる。

 光るものが好き……どうやら、その通りのようだ。

 石を前足で蹴ってみたり、周りをぐるぐると回ってみたり、口に咥えてみたりと、存分に光る石を堪能しているようだ。

 すると、エレカとアレンが俺に目配せをしてきた。

 俺は一つ頷き、自分がミーシャを捕まえてみるという意思を伝える。


「よし、頼むからそのままでいてくれよ……!」


 俺は慎重に歩を進める。

 路地は狭く静かな上に、周囲に人の姿はない。

 ここで俺が物音でも立てようものなら、たちまち逃げられてしまうだろう。

 そうなれば、再びミーシャを果てまで追わなくてはならなくなる。

 既に捜索を始めてから四時間近く経とうとしている。俺たちの集中力も限界だ。

 このチャンスを上手く使わないと、次捕まえられるのはいつになるか分かったもんじゃない。


「ミャア~、ミャミャア~」


 ミーシャはまだ石に夢中だ。

 俺との距離は、再び十五メートルとなった。

 残り十五メートル……十メートル……五メートル……二メートル…………


「ミャアッ!?」


 しかし突然、ミーシャが俺の存在に気付き振り向いた。

 そして、逃げるように慌てて駆け出す。


「な、何でバレた!?」


 俺はミーシャに手が届く範囲に入るまで物音一つ立てなかったはずだ。

 それなのに、ミーシャには気付かれた。

 動物的本能が、捕らえようとする俺の心を感じ取りでもしたのか……?


「セツヤ、急いで! まだ間に合うよ!」


 アレンが鋭く叫んだ。

 前を見ると、地面にはまた光る石が落ちていた。

 その存在に気付いたのか、ミーシャも走る足を緩める。


「セツヤ! 受け取れ!」


 エレかの声。すると、だんだん俺の足が軽くなっていった。

 足に暖かい空気がまとわりつき、身体がまるで綿のような重量感になったようだった。


「サンキュー、二人とも! これで……届いてくれっ!」


 俺は最後に、ミーシャがいままで弄っていた石をミーシャの足元に転がす。

 足元に石がもう一つ転がってくると、ミーシャは二つの石で遊び始めた。


「おりゃぁっ」


 足を踏み蹴り、重さを感じなくなった身体で跳躍。

 そして、前にのめり込むようにして、石で遊ぶ白猫を抱き抱えることに成功した。


「ミャアッ!? ミャアッ!?」


 ミーシャは分けもわからないといった様子で、俺の腕の中で暴れる。

 しかし、捕まえたからにはもう逃がさない。

 身体をしっかりと抱き込む。


「……ふう、やっと終わったか」

「お疲れ様」


 エレカとアレンが寄ってきて、労いの言葉をかけてくれる。

 俺はミーシャを抱き抱えながら、笑顔で言った。


「いや、お前たちこそお疲れ様。

 四時間もかかったけど、まあ、依頼は達成ってことで」

「……ああ、そうだな」


 そう言うエレカの顔は、心の底から嬉しそうだった。

 ――結局、何故彼女がこの依頼にここまで力を入れていたのかはわからないまま。

 でも、普段あまり見せないようなエレカ・アントマーの笑顔を見ていると、そんなことどうでもよくなってしまいそうだった。



 その後俺たちは、無事ミーシャを依頼主の主婦の下へと届けた。

 ミーシャの姿を見た瞬間のあの主婦の顔と言ったら……エレカよりも嬉しそうだったかもしれない。





「あら、もう来たのね」


 店の前に戻ってきた俺たちの姿を見たメイドの女性は、少し驚いたような表情を作った。


「そちらは相変わらず客寄せ中なんですね」


 彼女は俺たちが最初に会った時と同じように、店の前で客寄せをしていた。

 しかしこうしている間にも店に入っていく客の姿は窺えるため、決して客がいないということでは無さそうだが。


「いまが一番の掻き入れ時だからね。お客はいくら来ても困らないのよ」


 そう言って、女性は頭に付けていたカチューシャを取り外した。

 いままで綺麗に纏めていた緑髪が、サラリと流れるように落ちる。


「ほう、中々手入れが行き届いているようだな」

「あらありがとう。

 貴女みたいな綺麗な髪を持っている人に言われると素直に嬉しいわね」


 エレカの言葉に、少し照れたように笑うメイドの女性。

 いやしかし本当に見蕩れるほどの綺麗なロングヘアーである。

 エレカも当然負けてはいないが、このメイドの女性も引けを取らない。


「でも、カチューシャ取ってしまっていいんですか? まだ仕事中なのでは……」

「いいのよ、ちょうど休憩の時間だしね。次の担当に任せるわ」

「それじゃあ、先ほどのお話、聞かせてもらっても?」

「ええ。ここで話すのもなんだし、お店に入りましょうか」


 そう言って、メイドの女性は店の中へと入っていった。

 俺たちもそれに続いて店内へと足を踏み入れる。


 店内は茶色を基調としたレンガで造られた、バーのような雰囲気に仕上げられていた。

 まあ、店名にバーが付いているのだから当然といえば当然なのだが。


「エルキッシュさん、彼らにソフトドリンクを」


 カウンターの奥にいたバーテンダー服の男性は何も言わず頷き、背後の棚から瓶を取り出した。


「とりあえず、あそこに座りましょう」


 指を差したのは、一番奥の角席。ちょうど四人がけの丸テーブルと椅子が用意されてある。

 俺たちはメイドの女性に従いそれぞれ席に着いた。


「中々雰囲気のいいお店ですね」

「でしょう? この店は私が経営しているのよ」

「え、それじゃあここの店主さんなんですか?」


 メイドの女性は頷くと、咳払いを一つしてから言った。


「改めて自己紹介するわね。

 私はこの『バー リンジェルド』のオーナー、キャリベル・アントワールよ」


 キャリベルは柔和な笑みを浮かべながら俺たちを見渡す。

 どうやらこれは、俺たちにも自己紹介を促しているようだ。


「キャリベルさん、ですか。俺はセツヤです。よろしくお願いします」

「私はエレカ・アントマーだ」

「アレン・コンカーシュです」


 それぞれ自己紹介を終えると、キャリベルはその黒い瞳で俺たちを眺めるように見てきた。


「……あなたたちが、あのケルティックの学生かぁ。何か、思った以上に可愛い顔してるのね」


 んー、まあ、俺とアレンはそういう系の顔してるからなあ……


「安心してください。約束は果たします」


 俺が言うと、キャリベルは朗らかに笑った。


「あはは、違うって。別にあなたたちを疑っているわけじゃないわ。

 ただ、素直な感想を述べただけよ。それに……」


 キャリベルはちらりとエレカに視線を送る。


「彼女、かなり強そうだもの。きっと私の依頼も成功できるわよ」

「その俺たちに頼みたい依頼って何ですか?」

「それは――」


 言いかけたところで、横から一つのグラスが差し出された。

 横を見ると、先ほどカウンターでキャリベルにソフトドリンクを注文されたバーテンダーの姿があった。


「ありがとう、エルキッシュさん」


 キャリベルが一言礼を言うと、バーテンダーの男性は静かにその場を去った。

 その背を見ながら、キャリベルは言う。


「もう、相変わらず無愛想なんだから」

「でも、大人の雰囲気っていうのが出てていいと思いますけど」

「あらそう? 私自身じゃないとはいえ、さすがに夫のことを褒められると嬉しくなるわ」

「え、夫?」


 俺はもう一度バーテンダーを見る。

 彼は既にカウンターの奥に戻り、いまはコップを布巾で拭いている。


「彼がまだ冒険者だった頃に出会ったのよ。ちなみに私はその時、ハリアブルー支部でお手伝いとして働いてたわ」

「そうだったんですか。

 でも、冒険者"だった"ってことは……」


 言うと、キャリベルは神妙な面持ちになってこちらに向き直った。


「……今回私があなたたちに依頼するのは、夫の冒険者稼業を途絶えさせたモンスターの討伐よ」

「そ、それって……」

「ええ。平たく言えば、仇討ちってところね」


 キャリベルによれば、夫であるエルキッシュは数年前にそのモンスターの攻撃を受けて、二度と冒険者として復帰できない体にさせられてしまったらしい。

 そしてそのモンスターがいま、このハリアブルー周辺域に出現しているそうだ。


「私もお客さんの話をちらっと耳にしただけだから確かなことは言えないんだけど、どうやら話を聞く限りでは特徴が一致しているのよ」

「その特徴は?」

「紫色に光る大きな三本ヅノと、金色に輝く巨大な体躯。

 そしてその巨躯に似合わない俊敏な動きをする四足歩行のモンスターよ」


 話を聞くだけでも随分と厄介そうなモンスターであることが覗える。


「それと、三本のツノが光った時には最大の注意を払いなさい。

 ……さもなければ、あの人のようになってしまうわ」


 冒険者だったキャリベルの夫エルキッシュを冒険者たりえなくした攻撃。

 それを受けてしまえば、俺たちの冒険者人生は幕を閉じてしまうのだろう。

 そうなれば、俺は初対面の時にエレカに言われたことが現実になってしまう。


「……分かりました。十分に気を付けます」

「その返事は、依頼を請けてくれる、と取っていいのかしら?」


 キャリベルの言葉に、俺はエレカとアレンを見た。

 二人とも、断る気はないようだ。


「……はい、お請けいたします」

「……ありがとう。それじゃあモンスターの出現場所だけど――」


 こちらにはエレカがいるとは言え、戦いの最中何が起きるとも限らない。

 そもそも俺は戦闘に関して初心者な上に、身体能力も低い。ちなみに前の世界で行ってた高校ではクラス中平均以下を常にキープしてた。

 できるだけエレカとアレンの足を引っ張らないように、離れたところから魔術で攻撃するのがよさそうだ。

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