変態の悲劇
いやー、風呂に入ると一日の疲れが取れるなぁ。
学校で退屈な授業を聞いて溜まった疲れや、日ごろ運動しないのに自分の趣味のグッズを買い漁るために街を歩きまわったりする疲れとか、
後は、座っていても疲れるよね。寝そべってても疲れる。何をしてても疲れるし、何をしてなくても疲れる。……あれ、もしかして生きる=疲れる?
……悲しい事実を知っちまったよ、俺は。
いや、いつまでもこんなことを考え続けているわけにもいかないな。思考を変えよう。
でも、最近こうやって集中力が途切れるといつも出てくる顔がある。
安城瀬奈。俺より四つ上の姉である。
スタイル抜群、眉目秀麗、文武両道と、まるでアニメの中に出てくるキャラクターのような姉が、俺にはいる。
こんなパーフェクトな姉がいたらさぞ弟は比べられて苦労するだろう。周りはそう思うだろうが、実はそんなことはない。
何せ、血が繋がっていないのだから。
そもそも彼女には安城家の血が通っていないのだ。養子である。
それならば、俺と姉が比較されても何も思わないのは納得いってくれるだろう。
さて、俺は最近、その姉のことが"気になって"しょうがない。
気になるとは、異性としてだ。
意識したのはいつ頃からだろう。多分、三年ほど前からだ。
俺は自分の気持ちを彼女には伝えていない。というより、伝える気はない。理由は二つ。
伝えたところで何が起きるというわけでもないからというのが理由として一つ。もう一つは、現状維持ができれば、永遠にエロゲのようなシチェーションを楽しむことができるから、である。
オタクである俺にとって、後者はとても重要な理由と言える。
……俺は一体風呂で何を考えているのだろうか? よくわからなくなってきた。
ま、まあ、要は俺には四つ歳の離れた姉がいること、そしてその姉に好意を抱いているということだ。
この話はこれくらいにして、さっさと風呂を上がってしまおう。まだ頭しか洗っていないから、次は身体を洗おう。
俺がボディタオルを使って身体を洗っていると、リビングの方から聴き慣れた声が響いた。
「刹――! ――也!」
この声は……
「刹也! 刹也ってばー!」
噂をすれば何とやら。俺の義姉、瀬奈のご登場だ。
家中に響き渡るような大声を出して、俺の名を叫んでいる。
ああ、どれだけ聴いてもこの声も美しい……どうしてこんな憎いほどまでに素晴らしい女性が世に生まれてしまったのだろう。
「刹也ー? どこー?」
どんどん声が近づいてくる。どうやら姉は、俺が風呂に入っているということに気づいていないらしい。
既に身体の三分の二を洗い終えた俺は、後十分程度で風呂から出るだろう。それまでの辛抱だ。少し待っててくれ!
「……なぁんだ、お風呂に入っていたのね?」
どうやら、俺が出る前に気づいたようだ。脱衣所の扉の前で声が止まる。
さ、体を洗い終えるぞ。後は身体の泡を流して少し湯船に浸かったらさっさと出て瀬奈の用事を……
「ちょっと入るねー?」
……は?
俺の頭に浮かんだ疑問符になど当然気付いていない瀬奈は、瞬く間に脱衣所へと侵入してきた。
え? これこのまま風呂まで入ってくんの? 絶対入ってくるよね?
待って待って、さっきまでヤバい事一人で考えてた罰なの? こ、心の準備が……
「刹也、あのね――」
そう言って、扉の取っ手に掛けられる手。まずい、このままでは俺のあらぬ姿が姉に見られてしまう。焦りで心臓がバクバクと暴れる。時の進み具合が酷く遅く感じられるのに、酷く焦っている俺がいる。そんな中で、一つの策を思いついた。
……そうだ、湯船に浸かってしまえば見えないんじゃないか?
そう考えるが早いか、俺は早速、湯船に飛び込むように入水……しようとした。
「うわっ!」
第三者目線から見たら当然。しかし俺の視点から見れば、焦った勢いで失念していてもおかしくないのかもしれない。
俺の身体は、風呂場という小さな空間で半回転していた。足元に広がっていたボディソープで出来た泡に、足を滑らせたのだ。視界がとてつもない勢いで回転。普通に風呂に入っていれば到底起きないような視点が俺の視界に映る。
――死ぬ。直感的にそう感じた。だが、そう感じた時には既に遅かった。
ガンッ!!
重力と自重を合わせて勢いよく打ちつけられた頭蓋骨。勢いに合わせて首も内側に曲がった。ドクドクと、後頭部付近から生暖かくドロドロとしたものが流れ出ている。
朦朧とする意識。もはや自分が自分でないみたいだ。
……遠くで俺の名を呼ぶ声が聴こえる。何やら叫喚に近い声音のようだが、何故だろう……。
ああ、こんなことになるならせめて瀬奈に俺の気持ちを伝えればよかったかな…………。
俺の人生、こんな幕引きか――――
天柳啓介の二作品目となります。
誠心誠意執筆してまいりますので、どうぞ応援のほどよろしくお願いいたします。