変態の冒険者合宿② ~ハリアブルー編~
初依頼です。
俺たちが最初に請けた依頼は、『飼い猫の捜索』だった。
「……いきなり出鼻をくじかれた感満載なんだが?」
詳細が書かれた依頼書をじっと見つめて言う。
いやだってさ、本来『冒険者』の仕事って言えば、未踏破の遺跡とか行ってでっかいモンスター倒したり、謎の道具を運ぶ仕事を請け負う中で謎の集団に襲われるとかじゃん。じゃん?
何だよ、『飼い猫の捜索』って。これ俺が思い描いてた冒険者の仕事と違う!
「お主らがケリスのお墨付きとはいえ、まだまだ新米じゃ。
最初はその程度の依頼から請けていくのが妥当じゃろうて」
カウンターの奥でからからと笑うベルトート。
くっそ……ちょっとちっこくてのじゃ子でロリBBAで可愛いからっていい気になりやがって……!
「ベルトートさんの言う通り、僕たちはまだ新米なんだ。高望みはいけないと思うけど」
「気を落とすなセツヤ。これだって立派な冒険者の仕事だぞ」
アレンとエレカに宥められた。
何か納得いかねえ。
「お主らが本当にできる者だと判断できたら、討伐依頼も回してやる。
退屈したくないならそれなりの結果を出すのじゃな」
「ま、ベルの言う通りよ。
冒険者は信頼が命。小さなことからコツコツと、ってね。
あ、ちなみにあたしはあんたたちを直接手助けすることはできないから、そこんとこよろしくね」
……ちくしょう、ぜってーでかい仕事をやれるようになってやる。
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今回の依頼主は、ハリアブルーの居住区に住む主婦だ。
詳細だけで読み取れる情報としては、依頼内容が飼い猫の捜索であることと、依頼主の住んでいる住所。
「すいませーん」
詳細に書いてあった住所に着くと、一軒の家があった。
俺は早速ノックをしてから声をかける。
「はい、どなたー?」
ドアを開けて出てきたのは、四十代後半かというくらいの恰幅のよい女性だった。
おそらくこの女性が、依頼主の主婦だろう。
「あのー、俺たち飼い猫の捜索依頼を受けてきた……」
言って名前を聞こうとしたところで、女性は俺に顔をぐいっと近づけてきた。
俺の頬に手を添えて非常に嬉しそうな表情をする。
「あら~、可愛い坊やだこと!
もしかしてあなたたちが私のミーシャちゃんを探しに?」
「そうですけど……、ちょ、ちかっ……」
顔をこんなに近づけて欲しいのはあんたみたいなおばさんじゃない!
近づけて欲しいのは、俺の姉みたいな美しくも可愛さを残す若くて素晴らしい女性なのに!
あ、でも瀬名みたいな女性が現れたら俺の自我が保てなくなるからダメだわ。
そんなことを考えていると、俺の顔を掴みながら、依頼主の女性は困ったように首をかしげた。
「う~ん、でも、困ったのよね~」
「ど、どうしたんですか?」
「心当たりのある場所はもうあらかた探しちゃったのよ」
「でも依頼を取り消してないってことは、その心当たりが全て外れたってことか……」
女性によれば、飼い猫のミーシャは好奇心が旺盛で普段から外に出ていってしまうことがあるという。
いつもなら少しすれば勝手に戻ってくるのだが、今回は何時になっても戻ってこないのでギルドに依頼を出したそうだ。
「だから、私もミーシャちゃんがどこに行ったか全く検討がつかないのよね~」
「ふむ……」
それは面倒くさいな。最悪、女性が探した以外の場所をしらみつぶしに探さなくてならなくなる。
このハリアブルーという都市はクリムガル主要都市の一つなだけあって、さすがに広大である。たった一匹の猫をしらみつぶしで探すなど無謀に近い。
すると、エレカが何かを思いついたように声を上げた。
「それなら、この都市の人間を使えばいいのではないのか?」
この都市の人間を使う?
一体どういうことだ。
「都市中の人間に猫探しさせれば、嫌でも見つかるだろう?」
それはつまり、市民を総動員して猫探しをするということか?
エレカは「どうだ、素晴らしい案だろう?」と言わんばかりに胸を張っている。
……いやいや、何を言っているんだこいつは。都市中の人間に捜索を手伝わせるって、無理にもほどがあるだろ。
そんなの、この国で一番偉い奴がやったとしても反感買うぞ。
常識ってのが無いのか? この女には。
いや、無いか。
「待って、アントマーさん。
さすがに僕たちがいきなり『猫探しを手伝ってください』って言ったって手伝ってくれる人は少ないよ。
それに、都市中の人間にどうやって言って回るのさ。それこそ、王家だけが持ってる音声拡張器でも無いと」
まったく、アレンの言う通りだ。
それにしても、王家にはそんな代物があるのか。
前の世界で言うところの公共スピーカーみたいな物だろうか。
「しかし、ではどうやって……」
「仕方ないし、しらみつぶしに探すしかないね……」
しらみつぶしか……いまから気が重いなぁ。
「……ま、そういうわけなので、他の情報を教えてくれますか。
例えば、猫の毛色とか、好きなものとか」
「そうねぇ……ミーシャちゃんの特徴って言えば、真っ白で綺麗な毛並みなんだけど……」
女性は少し考えるような仕草を見せると、何かを思いついたように顔を上げた。
「好きなもの……強いて言えばキラキラ光るものと、後はものじゃないんだけど、高い場所とかかしら」
「光るものと、高い場所……ですね、ありがとうございました」
俺は女性の言葉をメモに残しながら反芻する。
光るものと高いところか。とりあえずその辺を意識して探してみよう。
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「見つかんねーよー……もう無理だよー……」
依頼主から情報を得て、改めて猫を探しに歩き初めて既に三時間が経過しようとしていた頃。
猫は一向に見つからず、|(主に俺だけ)へとへとになって来たので、そろそろ休憩を入れようと俺はだだをこねていた。
……おかしいんだよこいつら。何で俺と同じ年齢なのに、全く疲れてる感じしねーんだよ。
疲れろよ、いや疲れろ。
疲れてください。
しかしそんな中、チャンスは唐突に降ってきた。
「あっ!」
最初に声を上げたのはアレンだった。
アレンは前方を指差す。
「あれ……ミーシャじゃないかな?」
見れば確かに、屋根の上を歩く猫の姿が目に入った。
真っ白な毛並みが太陽の光を浴びて煌々と光っている。
「間違いない……!」
依頼主の女性が言っていた情報通りだ。
それに、首に鈴も付けている。
飼い猫である証拠だ。
「でも、屋根の上か……」
猫はいま、屋根の上を悠々と歩いている。
まだこちらに気が付いていないようだが、このままでは捕まえることは難しい。
どうやって捕まえようか考えていたその時、俺の視界の端に光が入り込んだ。
「おい、エレカ何してっ」
光りを放っていたのはエレカだった。
金髪の少女は何かの魔術を発動しようとしている。
「下がっていろ、お前たち。あの程度の高さなら、私一人で届く」
そう言い残し、こちらの反応も待たずにエレカは術式の解読を終えた。
するとたちまちエレカの脚に緑の光がまとわりつく。
それを確認すると、少女は地面を蹴る。同時に、爆発音とも取れる音が響き石畳の地面が割れた。
「うわっ!」
そして、少女は空へと飛び上がった。いや、正確には跳躍したのだ。
どうやら、このまま屋根の上の猫を捕まえるつもりのようだが――
「おい、ダメだ! そんなに音を立てたら……」
いままでこちらに見向きもしなかった猫が、飛んでくるエレカに気付く。
動物は音に敏感だ。
とんでもない速度で飛び上がってくるエレカに驚いた猫は、慌てて駆け出していってしまった。
「待てっ!」
エレカは駆け出した猫を追いかけようと屋根に着地する。
……が、ここで下から鋭い女性の怒号が響いた。
「ちょっと、何やってるの! あなた!」
そう叫んだのは、エレカが着地した建物の下で客寄せをしていたメイド姿の若い女性だった。
よく見ると、着地した建物の看板には『バー リンジェルド』とある。
どうやら、そこで働くメイドのようだ。
「早く降りてきなさいっ!」
女性は怒り心頭、といった様子でエレカに向かって叫ぶ。
「し、しかし……早くしないと猫が……」
「い・い・か・ら・降・り・て・来・な・さ・い?」
「うっ……、分かった」
嫌に笑顔のメイドに圧倒されたエレカは、しぶしぶながら屋根から降りてきた。
あのメイド、目笑ってなかったよな……。
「あなた、ここがどこか分かってる?」
降りてきたエレカの前に立ち塞がったメイドは、腰に手を当て睨みを効かせる。
「この建造物の雰囲気を見るに……宿酒場といったところか?」
エレカは背後の建物に振り返り、少し考えてから言った。
「ええ、その通りよ。いまは絶賛営業中で、中に沢山のお客様がいるわ。
何であなたはそれを分かっていながらあんなことをしたの?」
「わ、私たちは猫を追って……」
「猫を追うことが、店の屋根でドタバタすることの正当化になるとでも思っているの!?」
激昂するメイド。
エレカもあまりの怒りっぷりに気圧され、言いたいことを言えない状態だ。
……これ以上エレカに任せてたらどんなことになるか分かったもんじゃないし、俺が行くしかないか。
「あのー」
「……何? 見ての通りいま取り込み中なんだけど。客じゃないなら後にしてくれる?」
メイドは話し掛けてきた俺に対し、目を吊り上げ、不満の色を全く隠すことなく顔に出してくる。
さっきまで客寄せで見せていた笑顔とは大違いだ。
だが、ここで臆してはいけない。
「そちらの彼女含め俺たち、ここに合宿で来たケルティック学院の学生なんですが、
実はいま、市民の方の依頼で猫をどうしても捕まえなくちゃいけないんです」
「…………へえ、ケルティック学院の」
すると、意外にもメイドの反応は悪くなかった。
吊り上げていた目を少し緩める。
学院の名前に反応したようだ。
「俺のメンバーが迷惑をかけてしまったことは謝罪します。
もし謝罪だけでは足りないというなら、限度はありますが、ケルティック学院の学生として出来る限りのことはやるつもりです」
俺はメイドの女性に向かって頭を下げた。
異世界で前の世界の謝罪方法が通じるとは限らないが、必死な思いさえ届けばきっと許してくれるに違いない。
すると、メイドの女性は一つ溜め息を吐いて、
「……もういいわよ、頭を上げて」
と、半ば諦め混じりにそう言った。
顔を上げると、メイドの女性の表情からは怒りが消えていた。
ここで、改めて彼女の姿をよく見てみる。
背中辺りまで伸びた若葉のような明るい緑の髪を頭に付けた白いカチューシャで纏め、仕事服であるメイド服は彼女の雰囲気に合わせてか、明るめの色が多く使われている。
顔はキリッとした目元に、黒曜の瞳。そして、優しさを思わせる柔らかそうな唇。総じてレベルが高いといえよう。
……日本にもこれくらいのメイドがいればメイドカフェとか行きまくりだったんだけどなぁ。
「……許していただけるんですか」
彼女は「もういい」と言った。
それはエレカの行動を許した、という風に取るのが普通だが、実際はそうでない可能性もままある。
世の中はいつでも非常なのだ。
しかしそんな俺の考えとは裏腹に、メイドの女性は非常に優しい声音で言った。
「代わりにやってほしいことがあるけどね」
「何でしょうか?
俺たちに出来ることであれば、ギルドとしてお受けします」
俺が言うと、メイドの女性は待って、というように手を挙げた。
「内容はまだ言わないわ。そっちも急いでいるんでしょう?
それなら後でもう一度ここに来て。その時に話すわ」
そうだ、俺たちはあの猫を追わなくちゃいけない。
もうさすがに姿は見えないが、駆けて行った方向からある程度の位置は特定できる。
「……分かりました。では、また後で来ます」
「ええ、待っているわ」
こうして俺たちは猫の捜索を続行した。