変態の杞憂
エレカvsミレイ軍団
最初の佳境。
そして次の日。俺たちの作戦の結果が出る日。
同時に、パーティメンバーを集められる最後の日でもある。
既に生徒はほとんど帰宅していて、いまは魔術の研究で居残っているという二年生以上が第一学舎にちらほらいる程度だ。
そんな中で俺とアレンは、昨日エレカと戦った場所でもある本学舎裏に来ていた。
何故こんなところに来ているかといえば、教室を出たエレカを追ってきたらここだった、というわけである。我ながら完璧なスニーキングだったぜ……。
俺たちは壁に隠れる形で、睨み合っている女生徒たちを見守る。
「あんた、こんなとこにあたしたちを呼び付けて何をするつもりかしら?
まさか、アレを取り返そうっての?」
学舎裏の学舎寄りに集まる五人の女生徒グループのリーダー、ミレイが挑発的に言った。
すれば、
「もちろんだ。私にとっても大切なものだからな」
ミレイたちとは逆位置、学院の塀を背にする言われた側の女生徒エレカは、ミレイの挑発に涼しげな表情を崩さず言い返す。
「上等よ、五人相手に勝てるとでも?」
言葉に、ミレイ以外の四人の女生徒たちはそれぞれ得物を取り出す。
エレカも、腰の鞘からレイピア――昨日アレンが渡した新品を取り出した。
学舎裏という暗い中でも、エレカの持つレイピアは特別な輝きを放っているようにも思えた。
極限まで細くなった白銀の剣身に、金色に塗られた半球型の鎬と、握り部分は黒で染められている。
「取り返せるものなら――――取り返してみなよっ!」
それを合図に、まずは前衛武器を持った二人が駆け出す。一人は身の丈ほどもある大槍ランス、もう一人はシンプルな直剣ブロードソードを構えて、エレカとの距離を詰める。
しだいブロードソードを持った女生徒は自身の間合いに入ると、すかさず得物を振り下ろした。
「甘いな。敵を全体で捉えすぎている。
剣類を扱うなら、もっと線でものを見ることだ」
エレカは、自分の頭上で振られるブロードソードの横腹を、見もせずにレイピアで受け止めた。
その光景に、俺は目を疑った。
何せ、振り下ろされた剣を受け止めているという構図なのにも関わらず、エレカのレイピアは相手の剣を真正面から受け止めるのではなく、刃の横腹を押し返すようにして受け止めているのだから。
しかし一度彼女と対峙した俺なら分かる。
あの防御法は、レイピアという特殊な剣を知り尽くしているからこそなのだと。
そしてブロードソードとレイピアが密接した状態から、エレカは自身のレイピアを、相手の剣の身に沿ってスムーズな動作で振り下ろした。
シャンッと金属音が響く。
振り下ろされたレイピアは剣の鎬に直撃し、更なる音を立てた。
「きゃっ!」
女生徒の手からブロードソードが落ちる。
カランカランと、学舎裏に響く乾いた音。
「痛い……! この女……、なんて力なの!」
「特に力は入れていない。
力だけで振り回していてはこの武器を扱うことなど不可能だからな」
エレカは挑発げに言う。
剣を落とされた女生徒は手首を抑えながらエレカを睨んだ。
「相手は一人じゃないのよっ!」
別の女生徒が武器を振り上げる。
今度の武器はランスだ。
先ほどのブロードソードとは違い、ランスはエレカの持つレイピアと比べて丈が長い。ランス使いの女生徒はそれを活かし、間合いの外から攻撃を仕掛けようとしてきている。
しかし、
「間合いが広い武器は時として自分の首を絞める……覚えておけ」
エレカは腰を低くし、バスタードソードを持った女生徒に向かって左斜め前に跳躍した。
女生徒はそれを追うように、自身の身体の左側に構えた槍を、自分から見て右側に来たエレカに向かって突き出した。
しかし、エレカの跳躍速度は尋常ではなかった。
「っ!?」
女生徒が突き出した高速の槍すらも余裕ですり抜け、懐に潜り込んだ。
慌てて突き出した槍を引き戻し、懐のエレカに向けようと構え直す。
だが、既に遅い。
女生徒を見上げる形になったエレカは、レイピアを下から突き上げた。
ビュン! という効果音が適切なほど、エレカの突きは神速だった。
突き上げられたレイピアは女生徒本人を直接狙わず、構え直した女生徒の手と手の間を縫うようにして柄に命中した。
「間合いが広いということはそれだけで利点となるが、
それを分かっている相手なら、懐に潜り込めば小回りが利き辛いということも分かっている。
次にやる時までには、速さを鍛えておくんだな」
「ひっ!」
怯えるように悲鳴を上げた女生徒。エレカを見るその目は、畏怖の対象を見るような目だった。
同時に、持っていた槍も落とす。
槍は地面に着地した途端、突かれた箇所である柄から二つに折れた。
これで五人のうち二人は戦闘不可能。見れば、いま倒された女生徒二人に命令を出したミレイが、ギリリと歯を噛み締め、息を荒くし、憎しみに染まった表情でエレカを睨み付けていた。
普段は少し口が乱暴なだけで、見た目は相当レベルが高い。
エレカほどとはいかないものの、均整の取れた顔立ちに、スカイブルーの長い髪が映える。
しかしいまだけは、エレカを憎悪に満ち溢れた目で睨みつけ、その綺麗に整った顔立ちも台無しだ。
……あのミレイって奴、普通にしてればちゃんと可愛いのになぁ。おっぱいも大きいし。
さて、俺がミレイに対する誰も聞いていない評価を付けたところで、エレカが再び挑発する。
「どうした、かかってこないのか?
ふん、どうせお前のような群がらなければ強さを証明できない奴はいつまで経っても強くなれは……」
おいおいエレカさん、さすがにちょっと言い過ぎじゃないですかね?
大切なもの奪われて腹が立つのは分かるけど相手女の子だよ?
勘違いしてるかもだけど、世の中の女の子全員が君みたいに逞しいわけじゃないんだよ?
「アントマー……。いい加減に、しなさいよ……!」
そんな中、怒りをこらえるような、震えた声が一つ響いた。
その声は決して大きいものではないのに、そこに含まれた怒気が大きさを膨張させているような気さえさせる。
「ミレイは、あんたが入学試験であんなことをしなければっ!」
そう叫んだ碧髪の女生徒……クリシーは、怨恨のこもった表情でエレカに向かって突進した。
彼女の持つ武器は、杖。明らか近接戦闘向きでない武器だ。しかし彼女はそれを振るいエレカに突進する。
エレカはレイピアの先端を使って、突進して振るってきたクリシーの杖を、まるで小指の先で受け止めるように難なく防ぐ。
「ミレイは、本来こんなことをする子じゃない!
あんたが……あんたが、ミレイのお兄さんを試験であんな目に合わせなければっ! こんなことにはならなかったんだ……!!」
試験、あんな目、お兄さん。この三つのワードが俺とエレカの頭を同時に駆け巡る。
――そして、互いに一つの答えにたどり着いた。
「まさか、お前、あの時の奴の妹……!?」
エレカは驚愕の目でミレイを見やった。
入学試験の終盤。エレカに立ちはだかった二人の受験者。
その内の一人が、エレカの魔術による電撃で酷い目に遭っている。
まさか……、その受験者の妹だっていうのか……?
「ミレイはお兄さんを慕ってた……! 大好きだった! 一緒にこの学院に入るのが夢だった!
でもそんなお兄さんが、自分と同い年の奴にやられる姿を見たミレイの気持ちを、あなたは分かってやれるっていうの!?
私のところに泣きながらすがりついてきたミレイの気持ちが、分かるっていうの…………!?」
いつしかクリシーの目には涙が浮かんでいた。
感情が湧き上がり、腕に力が入らないのだろう。それでもクリシーは杖を持つ腕に力を入れることを止めようとしない。
その時。
「――――もういいの。クリシー、やめなさい」
ミレイの声が、優しく響いた。
その声音はとても、とても優しくて、憤怒に染まってしまったクリシーの身体を優しく包み込む。
いままで俺やエレカが見てきた、一つのグループを恐怖で纏める"女王"としての声はそこにはなく、ただ一人の"少女"としての声が、そこには確かにあったのだ。
「で、でもっ!」
それでも、クリシーはミレイの方へと振り向いた。
まだ、怒りの感情を抑えきれていない。
「やめなさいって言ってるの……ね?」
「……っ!」
しかしその瞬間、彼女は見たのだ。
ミレイの、いつも傍で見ていた彼女の柔らかい笑顔を。
女王などではなく、ミレイという名の一人の女の子としての、柔らかい笑顔を。
「……」
そしてクリシーは力を込めていた杖からすっと手を離し、崩れるように座り込んだ。
「……あんたの強さは最初から知ってた。
だって、自分の兄が目の前でやられるのを見てしまったんだから」
ミレイはそう言って、自分の武器に手を掛ける。
いままでミレイは武器を手に取っていなかった。そしていま、その武器を腰の鞘から引き抜いて、エレカに向けている。
シャンッという、まるでガラスが擦れ合うような美しい金属音を奏でて引き抜かれたそれは、剣と呼ぶには糸のようであまりにも細く、そして同時に鋭かった。銀色の半円球の鎬から伸びた透き通るようなスカイブルーの美しい剣身が、学舎裏という薄暗闇の中でその存在を如何なく主張してくる。
そう……ミレイの得物は、エレカと同じレイピアだった。
「この戦いは、あたしがあんたに兄さんの敵を取るため神様が用意してくれた運命のようなものなのかもね」
ミレイのレイピアを持つ手は、わずかばかり震えていた。
それでもミレイはエレカに向けたレイピアを下ろそうとはしない。
「勝てないと分かっていながらも、それでも向かってくるか」
エレカは目を瞑った。直後、彼女の脚元に"三つの小さくて丸い魔法陣"らしきものが一瞬だけ出現、脚元を淡い緑色の光が漂い、すぐさまそれは消えた。
……魔法陣ということは、魔術の発動? いや、それにしては術式を解く時間が規格外に早すぎる。
術式を解いていたとして、瞬きよりも早かった。
その証拠に、俺を除いたこの場にいる誰もが、いまの現象に気付いていない。
まさか、あいつも『解読キャンセル』を…………?
「……その心、忘れるなよ」
次の瞬間、エレカは目にも留まらぬ速さでミレイとの距離を詰めた。
いままでに見たことが無い、圧倒的なスピードだ。
空気が彼女の周りを過ぎ去っていく。
そして、その勢いのまま突きを繰り出した。
――狙った箇所はいままでとは違う、ミレイの胸元。
「くっ!?」
狼狽えながらもミレイは放たれたその神速の突きをかろうじて横に流した。
あまりにも速い速度に剣と剣の接触部分から火花が散る。
――いまの一撃をもし避けていなければ、確実にミレイの胸元を貫いていただろう。
「まだだ」
間髪入れず、エレカは一歩奥に踏み込んだ右足を瞬時に下げ、左足を軸足にしてくるりと右回転した。
そして、今度は別の角度からもう一度突きを放つ。
「うっ!」
しかし、かろうじてだが、ミレイはそれも流してみせる。
素人目でも分かる。エレカのあの突きを流せる時点で、ミレイも相当の手馴れだ。
それを誰よりも理解したエレカは一旦距離を置き、レイピアを下ろす。
――魔術の発動に入ったのだ。実力のあるミレイに対して、最低限の礼儀を払う、ということなのかもしれない。
しかし、エレカが術式を解読し始めるのとほぼ同タイミングで、俺は不審な行動を目にした。
最初の女生徒二人がまず倒れ、その後にクリシーも倒れた。そしていま、ミレイはエレカと交戦している。五人目が、まだ動いていない。そしてそれはいま、動き出していた。
「このままじゃ、ミレイがっ……!」
五人目の女生徒。あの背の低い女生徒、セリアが、青ざめた顔で懐から"何か"を取り出すのが見えた。
そしてそれは恐らく……、
(魔術を使えなくさせるってやつか!)
最初にアレを見たときは小さすぎて見えなかったが、この距離なら見える。小さな箱型の道具だ。
アレを発動させては色々と面倒になる。だが、どうやらエレカが気付いた様子もなさそうだ。ここは、何か方法を使ってエレカに知らせなければ……!
しかし俺のそんな考えは杞憂だというように、一つの声が飛んだ。
「やめなさい! いますぐそれを仕舞って」
ミレイの声だ。ミレイは懐から道具を取り出したセリアの方を向くこともなく告げる。
「で、でもこのままじゃミレイが!」
「……お願い、仕舞ってちょうだい」
ミレイの声は、か細く、いまにも消え入りそうな声だった。
エレカとの一対一の戦いに水を差されたくないという彼女の思いが見て取れる。
「……覚悟はいいか、ミレイ」
「ええ、いつでもいいわ」
エレカは既に術式の解読を終了させていた。あのエレカがずいぶんと長く解いていたことから察するに、そうとう高位の魔術なのかもしれない。
「お前には、いまの私の最大限を出してやる」
姿勢を前屈みにして、低く保ち。
そして。
「……行くぞ」
言葉の直後、エレカの足元から空気が爆発するような音が轟く。
その音が聞こえた時にはもう、エレカの姿はない。
……いや、エレカの姿はある。
地面を蹴り、空気が割れたような爆発音と共に、低姿勢で跳躍したのだ。
先ほど見た神速の間合い詰めよりもさらに速い速度でミレイに迫る。
身体中に集まる、風の渦。
それはしだいにエレカの持つレイピアへと収束していく。
そして。
「はぁっ!!!」
大きな一声とともに放たれる、暴風を伴った突き。その突きは空気を穿ち、周囲のあらゆるものを巻き込み吹き飛ばさんとする。
そしてその突きは――――ミレイの眼前で停止した。
「……」
「……」
流れる静寂。誰一人として言葉を発することのできない空間がそこには出来上がっていた。
しかし、いつまでもこの空気が保たれることはない。
――一人の少女の笑い声が、その空気を揺らした。
「ふふふふ……はははははは!」
エレカだ。彼女はミレイに出した突きを止めてレイピアを下ろすと、高らかに笑う。
気持ちいいまでの豪快な笑い声が、学舎裏にこだました。
そして、こう続ける。
「お前は、強い」
エレカはミレイをまっすぐ見据えながら、そう言い放った。
対し言われたミレイは、嬉しそうな顔一つもせず、こう言い返す。
「……その言葉は、あんたに勝った時まで取っておくことにするわ」
言って、ミレイは服のポケットから一つのアクセサリを取り出し、エレカに投げつけた。
それは、クサリに繋がれた金色のペンダントだった。
「あんたたち、帰るわよ!」
ミレイの言葉に、クリシーを初めとする他の女生徒たちは立ち上がる。
そしてエレカに背を向ける形で、ミレイは言う。
「やっぱり、あんたは強い。この学院の生徒の誰よりも。
いいえ、もしかしたら、偉大なる冒険者たちよりも……」
「いくらなんでも、それは買い被り過ぎだな」
ミレイの言葉に、エレカは自嘲気味に笑った。
しかし、ミレイは言う。
「でも…………、
次は負けないから」
「ああ。楽しみにしている」
エレカは楽しそうに、それこそ本当に心の底から楽しみにしているように、笑って返した。
ミレイはエレカの言葉を背中で聞き届けると、まっすぐに歩き出す。
ちゃんと前を向いて、一歩一歩を踏みしめて、歩き出す。
――俺とアレンの横を通り過ぎて行く時にちらりと見た彼女の顔には、純粋無垢な少女の笑みが浮かんでいた。
こうして、エレカとミレイたちの戦いは幕を閉じたのだった。




