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変態の作戦

新キャラアレン君。

頭の回転が早くていい子です。

 次の日。午前の授業が終了した昼休み中のこと。

 食堂で早めに昼食を済ませた俺は、改めてメンバーとなったアレンとともに学院内のとある店に出向いていた。

 食堂がある第二学舎を出てその隣、この煌びやかな学院には少し似つかわしくない古風な店構えの建物がある。

 中に入ると、既に数人の制服姿の生徒が入店していた。

 皆それぞれ真剣な眼差しで店内を見渡している。


「うおお、すげえ!」


 店内は、床に設置されたショーケースや壁に至るまで、店の中のあらゆる場所に剣や槍、斧や杖などの武器が揃えられていた。

 そう、ここは学院の生徒が足を運ぶ武器屋なのだ。

 男子にはたまらない空間である。


「セツヤ。はしゃぐのはいいけど、目的忘れないでよ?」

「わーってるって!」


 アレンがはあ、と肩を落とした。


 ――俺たちがここに来た目的、それは、"エレカの新しい武器を用意するため"である。


「アレン、どれがいいんだ?」


 目の前のショーケースに飾られているのは、様々な種類の剣だ。


 俺の持っている至極スタンダードな直剣ブロードソードや、身がかなり太く長さも俺の身長以上はあるのではという大剣バスタードソード、かと思えばそれとは真逆に剣身が細長い細剣レイピアもあれば、刃が半円形のように歪に曲がったショテルのような曲剣や曲刀などと呼ばれる代物まである。


 品揃えはかなり豊富だ。


「確かアントマーさんはレイピア使いだったよね?」


 俺の横でショーケースの中身をまじまじと見ながら言うアレン。


 ……そうだ、確かにエレカは入学試験の時、糸のように細い剣を使用していた。レイピアってやつだな。


「それなら……これがいいんじゃないかな?」


 そう言ってアレンが指を差したのは、細剣に分類されながらもまるで木の枝のように細く、少し力を入れるだけで折れてしまうんじゃないかと思える程の剣だった。

 エレカの剣、確かにこれくらいの細さだったかもしれない。


「お、お前さんいい目してんな」


 そう言って豪快に笑ったのはこの店の主、エリオードだ。

 全身が筋肉で覆われてるような体格の持ち主で、その姿はまさに武器屋の店主といった感じである。


「この剣、そんなにいいものなのか?」


 武器の目利きはさすがにできない俺はエリオードに聞く。


「ああ、つい最近入ったばかりの新種でな。

 どうもクリムゼル西方のアーズピック鉱山で採れた新しい鉱物を使っているらしい」

「へえ……」


 鉱物一つでそんなに変わるものなのだろうか?

 素人の俺が見ただけではいいものかどうかの判断なんてつかない。

 ただ、その剣身はとても美しく見えた。


 まあ、武器屋の店主も推してるくらいだしいいものなのには違いないのだろう。


「じゃあこれ、一つください」

「あいよ」


 エリオードはそう言って、ショーケースから指名したレイピアを布に包んで取り出してくれた。


「お前さん、今年の試験優秀者だろ?

 話は学院長から聞いてるぜ。ほらよ、持って行きな」

「あ、ある意味有名人かよ……」


 そう言えば、食堂のおばちゃんとかも言ってたっけな。

 『今年の一年生ちゃんはとっても優秀な子がたくさん入学したんですってねぇ~! 皆あなたみたいに可愛くてハンサムなのかしら♡』って。

 いやいや、俺はマダムには興味ないんでね。


 そして、


「――うお、軽っ」


 エリオードから差し出されたレイピアを持った途端、あまりの軽さで逆に落としそうになってしまった。

 金属を使っているはずなのに、それを感じさせない空気のような量感。

 こんなに軽いと逆に使い辛くないか心配になってくる。


「どうだ、びっくりするだろ? まるで羽毛みたいな軽さなんだよこれが。

 俺も最初にサンプルを持った時はお前さんみたいに落としそうになっちまったよ」


 ガハハ、と豪快に笑うエリオード。

 羽毛、ね。確かに言われてみればそのくらい軽いかもな。


 その後俺たちは店を出て、そのまま教室へと戻った。





 そして放課後。

 俺は教室を出るところだったエレカを引き止め、そのままとある場所へと連れ込んだ。


「全く、どうしたんだ? こんなところに連れ出して」


 ここは本学舎の裏側、陽があまり差さず、ついでに言うと人も来ないようなところだ。

 だが人が来ないといっても全くというわけじゃない。それに今夜は俺が夕飯を作る番だ。下手な取り繕いなどせず、早速本題を切り出すことにする。


「いきなりだが、ここで俺と戦ってもらう」

「な、何を言い出すんだ……?」


 エレカが、驚愕に目を見開く。

 まあそれも当然か。いきなり戦え、なんて言われたらな。

 でもお前には、俺と戦ってもらわなくちゃいけない。


「学院内での戦闘は禁止されているはずだぞ?」

「分かってる。だからあえてこんなところに呼んだんだ」

「し、しかし何故……」

「悪いが理由は話せない。……人が来る前に、さっさと始めるぞ!」


 俺は腰の鞘に収まっている剣を抜き出し、地を蹴って力強く踏み込んだ。


「――くっ!」


 エレカも一拍遅れて、得物であるレイピアを引き抜く。

 その間に俺はエレカとの距離を一気に詰めていた。


 しかし遅れたとは言え、さすがに反応速度に差がある。俺が踏み込んで出した一閃は、エレカのレイピアによって最小限の力で受け流された。


(やはり俺とエレカには差がありすぎるな)


 こっちの世界の俺は身体能力が向上しているわけでもなく、前の世界での安城刹也準拠だ。だから、本来なら到底エレカになんて敵うはずもない。


 だが……


「何故、お前と戦わなくてはならんのだ!」


 戦いの最中、エレカが叫びにも似た声を上げる。

 一歩、そしてまた一歩と、エレカが後ろに下がっていく。

 俺はそれを追従するように足を踏み出し、剣を振る手を休ませない。


「はぁっはぁ、それは……言えないっ」


 俺は息を切らしながら再び一閃。フォームすらままなっていない俺の攻撃を、エレカは確実に"受け流して"くる。

 レイピアという剣の性質上、俺のフォームすら定まりきっていない一撃でも、他の剣と同様に"受け止めて"しまうと、武器にダメージが入るのだろう。エレカはそれを考慮して、"受け流す"という防御法を取っている。やはり、戦いに慣れているのだ。


 しかし、彼女は受け流した後反撃してくることはなかった。

 まるで、俺を傷付けることを拒むように。


 そしてエレカが防戦一方のまま、時間は過ぎていく。


(何とか……一瞬だけでもスキを見つけられれば……!)


 俺は慣れない戦いの中、必死に頭を回転させる。

 人気のない暗い場所で、地を踏みしめる音と剣戟だけがこだまする。


 ほんの一秒……いや、一秒もいらない。刹那の時間だけでいいんだ。それだけ何とか作れれば……。


「くそっ! 私は嫌だぞ、こんな戦い!」


 絶えず攻め続ける俺を跳ね除けるようにして、エレカが一旦飛び退いた。

 俺はそれをも逃さぬように、追って地を踏み蹴ろうと構える。


 ――その瞬間、


「きゃっ――」


 エレカがらしくない声を上げながら、背後にあった石に踵をつまづかせたのだ。その影響で身体が後方にぐらつく。

 しかしそれはエレカにとってさしたる問題ではなかった。一瞬だけ体勢を立て直す時間が必要なだけで、この程度で転ぶような鍛え方をしていない。


 だが――俺にとっては好機だった。


「い……まだあっ!」


 俺は、いままでで一番の力を右足に込める。踏切足にした右足をぐっと曲げ、渾身の力で地を踏み蹴る。


「はや――いっ!?」


 風を切るようにエレカの前に踏み込んだ俺は、構えた剣を一気に振り抜く。

 宙に描かれる銀の剣閃。

 その一閃は、エレカの持つレイピアに直撃した。


(手応えありだ!)


 パキンッ!


「なっ!?」


 俺による渾身の一閃を受けたエレカのレイピアは……その剣身を真っ二つに折った。

 乾いた音を立て、レイピアが空中分解する。それを確認し、俺はそれ以上の攻撃を止めた。


「はぁっ、はぁっ……んくっ、はぁっ……」


 肩を使って必死に息を整える。


 つ、疲れた……。戦闘ってこんな疲れるもんなのかよ……。

 アニメとかだと平然と剣振ったり激しく動き回ったりしてるのに……。

 これが、二次と三次の差というやつかっ……。


「でも、これで……っ!」


 今回、俺とアレンが立てた作戦は達成された。

 "エレカの剣を使用不可能状態にさせる"という作戦を。


「遅れてごめんセツヤ! そっちは順調に……!?」


 遅れてやってきたアレンは、肩で息をする俺の姿とエレカのレイピアを見てほっと胸を撫で下ろした。


「よかった……無事やってくれたみたいだね」

「お、お前は確か……?」


 エレカは初対面であるアレンの登場に驚きを隠せない様子だ。

 それに気付いたアレンは、素早く自己紹介をした。


「そうか、アントマーさんと話すのは初めてかな。

 昨日付けでセツヤとパーティを組むことになったアレン・コンカーシュです。よろしく」

「そ、そうだったのか。良かったじゃないかセツヤ、メンバーが集まって…………」

「エレカ……」


 そういうエレカの顔は、どこか悲しげな表情をしていた。

 いや、寂しがっているとも取れるか……?


 しかしエレカはすぐに表情を元に戻した。


「それよりも、セツヤは何故私になんか勝負を挑んだんだ。

 それに、私のレイピアがこんな簡単に折れてしまうなんて……」


 エレカが、二つに折れたレイピアを拾いながら言う。

 レイピアは、まるで精密機械が折ったのではないかというくらい綺麗に真っ二つに折れていた。


「アントマーさん、これを」

「これは……?」


 アレンは抱えていた布の包みをエレカに渡した。

 受け取ったエレカはわけも分からずその包みを開封する。


「新品の、レイピア……? どうしてこんなものを……?」


 包みの中身を見て戸惑うエレカに、俺はゆっくりと話を始めた。


「……俺がエレカとあの女性徒……ミレイたちとの言い合いを盗み聞きしてた時があっただろ?」

「あ、ああ……?」


 エレカは新品のレイピアを抱えたまま、未だ戸惑ったように頷く。


「あの時お前のペンダントにナイフを向けた奴……つまりミレイの仲間がお前の武器に壊れやすくなる細工をしたんだ。それも気付かれないように、得体の知れない魔術も使ってな。

 それから奴らは、エレカの魔術をも封じるすべを持っているらしい。

 だからエレカがこのまま奴らの下にペンダントを奪い返しに行っても、武器は使えず、魔術も使えず、五人に殴られて終了、というわけだ」

「なっ……!?」


 俺の言葉に、エレカの表情が戸惑いから驚きへと変わった。

 しかしにわかには信じ難い話だから、この反応も仕方ないだろう。


「……お前があの日二階の廊下で俺に取った態度。あれが気に食わなかった。

 だからミレイたちを追いかけて、俺がこの件に関わらざるを得ないような証拠を手に入れて、お前の首を縦に振らせようと考えた」

「それで、こんな無茶を……?」


 驚愕しながらも問いてくるエレカに対し、俺は首を縦に振って肯定した。


 ――お膳立ては、ここまでだな。


 そして俺は頷いた後、再び口を開く。


「……さあ、これで俺をこの件に関わらせてくれ。

 俺はもう、お前に"突き放されたくない"んだ」

「…………っ!」


 俺の心の奥底に眠って出てこなかった言葉。あの時エレカに突き返された時、俺が具現化できなかった言葉。


 "突き放されたくない"。

 俺はいま、彼女(エレカ)に惹かれていた。


 この惹かれているというのは、恋愛感情でも友情によるものでもない。ただ単純な好奇心から来ている。

 この少女の"強さ"に、俺は惹かれているのだ。

 知りたい。何故俺と同じ歳の少女が、こんなにも強い力と意志を秘めているのか。


 それがただ、知りたくなったのだ。


 しかし、


「ふふ、ふふふふっ…………」


 エレカは突然、肩を震わせてこらえるように笑い始めたのだった。


「な、何笑ってやがる!」


 ちくしょう、なんだこの女。

 人がせっかく真摯に話したって言うのによ……。

 これじゃあ話し損じゃねーか。


「ふふ……すまない。まさかいまのこのご時世に、そんなことを言う奴が実際にいるとは思わなくてな…………ふぅ」


 そう言ったエレカはひとしきり笑ったのか、短い溜め息を一つ吐いてから再び口を開いた。


「――これだけのことをされてしまったら、奴らから取り返さなくてはならないな」


 エレカが、はにかみながら言う。その目元は、涙のせいか少し赤くなっていた。その目もまだ少し潤んでいるように見える。


 こいつ、泣くほど笑いやがったのかよ。ゆ、許せねぇ……。


「それじゃあ、俺をこの件に関わらせてくれるんだな」

「……いや、それには及ばない」

「な、何でだ! いま取り返しに行くって……!」


 お、おいおい、それじゃあ話が違うじゃねぇか!

 何だよ、俺の言葉に笑った挙句、その俺はおいてけぼり…………


 すると、怒りに満ちる俺の顔を見てか知らないが、エレカはこう言った。


「――私が、あいつらに負けるとでも思っているのか?」

「……!」


 ――エレカのその表情はとてつもない自信に満ち溢れていて、もはやこの世のなにものにも負ける気はないと、口にせずとも分かるほどだった。

 その表情は、そう……


 ――いつものエレカ・アントマーそのものだ。


 黙っていれば美少女なのに、その自信家なところが間違いなくアダになっている、俺と同い歳の少女。

 いつもどんなことにも自信に満ちていて、どんな相手にも決して怖気付いたりしない少女。

 そんな彼女(エレカ)だからこそ、俺は惹かれたのだ。

 その強さの全てを知りたいと思えたのだ。


「――――任せておけ、全て終わらせてくる」


 そして俺には分かる。

 こういう顔をした時のエレカは、絶対に負けないのだ。

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