一幕・九月の九日
『本日未明、●●市▲▲区の路上で男性が倒れているのを付近の住民が発見し一一九番通報しました。
男性はすぐさま病院に運ばれましたが、間もなく死亡が確認されました。
被害者は付近で金融業を営む冨良久秀さん三十歳。
司法解剖の結果、全身に鋭利な刃物で傷をつけた様な跡があることがわかりました。
警察では遺体の状況などから、先日の○○区女子高生刺殺事件との関連を視野に入れ捜査を進めています。
また、付近では今回の事件と似たような事件が多発していて、未だに犯人が捕まっていないことから、近隣住民の間では不安の声が挙がっています。』
「…切り裂き魔、まだ捕まってないんでしょー?」
「この前の事件、すぐ隣の市だったじゃん!怖いよねー…。」
不穏な噂がそこら中を飛び交い、不安の声が街を覆う。
噂は噂を呼び、話はどんどん膨れ上がっていく。
…それでもどこか人々は他人事だ。
怖がっていたって本当に自分がそんな目に遭うなんてこと、心の底では思っていない。
それが普通。
僕だって……。
…きっと、こんな状況にならなければこれから先もずっとそう思っていたんだろう。
「……っ!!」
目の前に広がる現状。
嗅ぎ慣れない濃厚な鉄臭い匂い。
地面に倒れた…おそらくは人…。
その傍に佇むフードを目深にかぶった小柄な人影。
その手には赤に濡れた鋭いナニカ。
…息ができない。
なのに心臓は五月蠅く鳴り続けている。
……どうして僕は、こんな路地裏に入ってしまったんだ…?
少し考えれば馬鹿なことだって理解できたはずなのに……。
そんな後悔はすでに遅くて…。
フードの人影が俯けていた顔を上げて…。
ゆっくりとこちらに顔を…。
「…何してるのっ⁉早くこっちに来なさいっ!!」
不意に響いたその声と強く引かれた腕が、僕を現実に引き戻し、ずっと止めていた息を吐き出すのと同時に、僕の口から叫び声が上がった。
「…う…うわああぁぁぁっ!?」