星々の悲しみ(藤原)
彼は中学生からの友達だった。中学生のころは特別に仲が良かったわけではなかったけれど、地元から少し遠い高校に進学したとき、同じ中学からは彼しかいなかったのだった。それ以来、浅くない関係を保っている。そして彼は今、不登校になっていた。
放課後の帰り道には川原の道を歩く。午後の暖かい時間には過ごしやすいだろうその川原に、彼は毎日のように寝転んでいた。
「おい」
制服姿で寝転んでいる、頭の方から声をかける。
「おう、お前か」
彼は頭を少しだけ動かして僕の方を見やった。
「今日は日が強いからなァ。そんなずっとひなたぼっこして暑くない?」
「いや、全然」
僕は立ったまま、彼は寝転んだまま。こうして話すのは日課になっていた。だいたいの場合、僕は学校の出来事を適当に話し、彼がそれを面白がったり退屈がったりするのだ。
「なァ、お前いつになったら学校に来るん?」
「気が向いたらなァ」
「そんなんでいいの?」
「それなら、なんでお前は学校に行ってるのさ」
「そりゃ俺たちは学生だから当たり前だろ」
「でも、学校で勉強したことって本当に役に立つのかな」
「ひねくれて寝転んでる方が下らんよ」
彼はいわゆる不登校ではあったが、引きこもりの類ではなかった。頭がおかしいといった類でもない。それなのになぜ学校に来ないのか僕には不思議だった。
「お前も来たくなったら来いよ。一緒にサボろうぜ」
「やっぱりサボってたんか」
僕は彼と曖昧な笑みを交わしあい、僕はそのまま立ち去った。
夏休みが終わり少し肌寒くなった。学校が始まったがやはり彼は登校してこない。けれど、帰り道の川原にはいてしかもしっかり制服は冬服に替えていた。
「おう、久しぶり」
「お前か」
首にはマフラーを巻いていて寒そうだった。
「学校始まったよ」
「知ってる。みんな元気だった?」
「まァ、ぼちぼち」
「そうか」
彼の言葉はいつもと違っていた。いつもの斜に構えた口調が、今は少し澄んでいて、心ここにあらずといった感じだった。
「空って綺麗だよなァ」
「え?」
彼の目線の先を辿る。そこには確かに空があったが、それは当然のことだし別段綺麗だとも思わなかった。
「なァ、死ぬってどういうことなんだろうか。すっきりして気持ち良いことなんかな」
「お前、死ぬ気なんか」
「……いや、そういうつもりじゃない」
どこかぼうっとした表情の彼は、まるで薄い透明な膜を通して見ているようで、何を考えているのか全く察することができなかった。
「死んだら魂になって空へ昇る。空が青いのは魂がたくさん浮かんでいるからかな、なんて思ってさ」
「そうなんかねェ」
もしかしたら死に行くかもしれない友人に僕はかけるうまい言葉が見つからなかった。
「僕は死ぬって怖そうだと思うけど」
「それは何で?」
「死ぬって痛いことなんじゃない? 苦しかったりとか。多分そんな綺麗なものじゃないと思う」
「そうか」
会話が途切れるととても静かになった。川の流れる音や風の音もなく、ただ透明な時間だけが流れていく。
「またな」
と彼が曖昧な笑みを浮かべながら言った。僕も笑いかけて
「またな」
と言って別れた。
その日を境に彼を川原で見ることはなくなり、クラスの教師から彼の死を伝えられたのはそれから一週間あとのことだった。
無意識に川原まで来ていた。絶対にここには彼がいないことに気づいたのは辿りついてからだった。今朝のホームルームが終わった後、担任の教師に呼び出されて彼の死を知った。彼は自殺を働いたらしい。なんでも遺書に僕の名前があったらしく、彼の家まで行くことになったのだった。他のクラスメートにはまだ知らせないらしい。知らせないと言っても、教室の彼の席が空なのはもう日常と化していて、彼が死んだからと言ってその日常が変わることがないのは明白だった。
彼が死んだことに、僕は実感が湧かなかった。ただ、川原にいないことには違和感を覚えるのだった。彼は一体どうして自殺をしたのか。僕には理由が全くわからず、もしかしなくとも最後に会った日に僕は何か気付くべきだったはずであり、けれどそれ以前に彼のことや彼の考えていることは、出会った最初から僕にはわかったことは何一つとしてなかったことに気付かされた。
彼がしていたように川原に寝転んで、空を見てみる。思い出せば、彼は僕と話しているときもずっと視線は空を見ていた。彼は最期にこの空を綺麗だと言っていた。その空に、じっと目をこらしても僕には何も見えなかった。