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竜の到来 6

 レストたちが土産を持ち、ハーウェイの部屋に入ると、見知らぬ男がハーウェイに剣を向けていた。

「何者だ?」

 レストは持っていた箱を放し、魔法で剣を顕現した。

 男がレストの問いかけに反応しようとした隙を逃さず、レストは踏み込んだ。

 男を無力化するべく、武器を持つ腕を一閃する。

 鈍い金属音が部屋に響いた。

 レストはそのまま男を抜き、ハーウェイを守るように剣を構え男の前に立つ。

 眉間にしわを寄せ、男をにらむ。

 ルリがハッと驚き、息をのむ。

 レストが腕を切り落とすつもりで攻撃したのに、男は無傷だった。

「人ごときでは我が身体にかすり傷一つつけられんよ」

 男はその場を支配するような声で、朗々と言った。

「ルリ、クロト」

 レストがほうけている二人に声をかける。

 ルークはすでに細い長剣を両手に二本持ち、臨戦態勢をとっていた。

「姫から離れろ」

 レストが落ち着いた低い声で言う。

「これが姫だと?」

 男が驚く。

「これとは?」

 レストが険のある声で返す。

「いや、すまない」

 ここにきて男が武器を捨てた。

 片ひざをつき、頭を垂れる。

「私はフォメノ国第二王子のサウだ。今までの無礼を詫びたい」

 先ほどの調子とは打って変わって声から威圧感がなくなった。

 レストは緊張を解かず、問う。

「なぜ姫に剣を向けた?」

「アーグラフに嵌められたのだと思ってな」

 サウが苦々しく答える。

「なぜ?」

「今日、姫と直接顔を合わせることになっていて、この部屋に来るように言われていたのだが、入ると神獣が召喚されるトラップ部屋に誘導されたのだと思ったのだ。

 疑って悪かった」

「姫を神獣と間違えたのか」

「そうだ」

 そこまで聞いてレストは剣を下ろした。

「姫のことについて何も聞かされてなかったんですか?」

 レストはまだこの男の言うことを完全に信じたわけではなかった。

 しかし、男の言っていることは筋が通っていたので口調をいくぶんか和らげた。

「見るもの全てを凍らせるという力と外見の特徴を大雑把に…

 目隠しをしていて、身体は細め、髪は金髪だとは聞いていた。

 しかし、神獣なら外見を自由に変えられると聞くし、姫の力がここまで強いとは…」

 サウはハーウェイの持つ力が大きすぎて、ハーウェイの姿をした神獣のいる部屋に連れて行かれ、暗殺されるのだと思ったのだ。

 神獣とはアーグラフの者だけが使える召喚魔法で召喚された魔獣である。

 呼ぶときに多大なリスクをともなうがその力は絶大だ。

 レストは男が本物のサウであると判断し、頭を下げた。

 今度はレストが無礼を謝罪した。

 やっと場の緊張が少し解け、クロト、ルーク、ルリの三人がレストに近づく。

 五人に向かってサウが口を開く。

「改めて、自己紹介する。フォメノ第二王子のサウだ。君たちは?」

 レストがハーウェイに小声で話しかける。

「ハーウェイ」

「何ですか?」

 ハーウェイが何か用でもあるのかとレストに返す。

「君が最初に自己紹介しないと」

「ああ、すみません」

 ハーウェイが慌てて周りをキョロキョロ見る。

「落ち着いて、向こうだよ」

 そう言ってレストはハーウェイの体を無理なくサウの方へ向けた。

「アーグラフ第一王女のハーウェイです。初めまして」

 ハーウェイはお辞儀した。

 十年前、ハーウェイはある事件を起こし、王族としての権利を剥奪されていた。

 それから六年後、アーバニティとアーグラフの戦争があった。

 そこで戦果を上げたハーウェイはアーグラフの英雄として祭り上げられていた。

 また、王の一人娘であり、王きっての自分の子に王位を継がせたいという思いのもと、ハーウェイは王女として戻ってきた。

 しかし、未だ事件のことを引きずり、ハーウェイの王位継承に反対する貴族も多かった。

 そういう貴族を黙らせるという目的も今回の政略結婚にはあった。

 他国の王族と結婚することは、他国がハーウェイをアーグラフの時期女王として認めたことになる。

 今までは他国もハーウェイを恐れていたからアーグラフの貴族はハーウェイの王位継承に堂々と反対できていたが、こうなると表立って反対することが難しくなる。

 ハーウェイがそれ以上何も喋ろうとしない。

 空気を読んでレストが挨拶する。

「僕は騎士長のレストです。姫の護衛をやっています」

「君が。私の国でも先の戦争で敵国アーバニティに大きな打撃を与えた英雄と聞いている」

 レストが顔をしかめる。

「戦果を上げたのではないのか?」

 レストの反応に疑問を持ち、サウが聞く。

 普通、兵士や騎士なら戦場での活躍を得意げに語るものだからだ。

「いえ、あの戦争ではこちらも大きな痛手を受けました。それに戦争を終わらせたのはハーウェイですから」

「彼女がいくら凄かろうと君の活躍がなくなるわけではないぞ」

「はあ…」

 レストは微妙な雰囲気をどうにかしようとして失敗した。

 レストもサウも納得のいかない顔をしている。

 サウは気を取り直してルークを向く。

「そちらは?」

 ルークが待ってましたとばかりに口を開く。

「この国一の剣士ルークだ。よろしく」

 相手に手を差し出す。

 初対面の時期殿下に対し実にフレンドリーに接する。

 サウは面食らった。

「その手は傷でも負っているのか?」

 ルークは右腕を指の先からひじの上まで包帯でぐるぐる巻きにしていた。

「気になります?外しましょうか?」

「いや、いい」

 サウはぎこちないながらもルークと握手をした。

「君のことは聞いたことがなかったのだが、彼よりも強いのか」

 サウがレストを見る。

「いんや、レストと同率一番です」

 ルリとクロトが悲しい目でルークを見る。

「お、お前ら、俺がレストに敵わないと思ってるな。俺だってなレストが深い傷を負っている状態だったり、毒を飲んで目が見えなくなってたり、身体が痺れてたり、幻覚をみせられてたり、呪われてたりしたら勝てるんだぞ」

「はあ…」

 サウがどん引きした。

 このタイミングで何とかしなければとルリが前へ出た。

「私はルリ、衛生兵です。

 こちらがクロト、半エルフです」

 二人が丁寧に頭を下げる。

「何か困ったことや頼みたいことがあったら何でも言って下さい」

「よろしく頼む」

「はい、あとクロトは言葉を喋れないので筆談を使います。気を悪くしないで下さい」

「わかった。それでは早速、古城を見に行きたいのだか」

「古城ですか?」

 ルリが少し驚いた顔をする。

「どうかしたのか?」

「あそこを見たいという方は珍しいので。」

「やはり、重要な施設なのか?」

「いえ、あそこにあるのは王家のガラクタです」

 サウが目を見開く。

 ルークがすかさずルリに横槍をいれた。

「アレをガラクタ呼ばわりだと?」

 冗談でも何でもなくルークの顔が驚愕に染まっていた。

「うん、紛れもなくガラクタだよ。何にも使えないし」

 ルークに対して言っているので言葉遣いがぞんざいだ。

「ふ、お前は男心を何にも分かっていない。そんなんだから意中の相手からいまだに振り向いてもらえずチビスケ扱いされるのだよ」

「レストはチビスケなんて言わない」

「おっ、意中の相手がレストだと俺がいつ言った?」

 ルリは目いっぱいきつくルークをにらんだが、涙目になっていて迫力に欠けていた。

『こら、ルークダメじゃない。ルリが意中の相手を振りかえらすことが出来ないのはルリのせいじゃないわ。むしろルリは良くやってるわ。

 問題があるのは相手のほうね』

 そう言ってクロトはレストをねめつけた。今日はクロトの虫の居所が悪いらしい。

「はあ…」

 いつのまにかルリもレストをにらんでいる。

 レストは二人の視線から逃れるようサウに向き直った。

「今日はもう遅いので古城へは明日の正午に案内するということでよろしいですか?」

「あ、逃げた」

「逃げたな」

『へたれ』

「ああ、頼む」

「それでは明日の正午にまたこの部屋に来てください」

「わかった。私もそろそろ他のところへ挨拶に行かなければならないので」

 サウがハーウェイの部屋から出て行った。


 数秒して、

「馬鹿じゃないのかな?」

 ルリがルークに対して辛らつな口調で話しかけた。

「何が?」

「レストと同率一番ですとか、あんな嘘つくものじゃないよ」

「ふ、俺がレストより強いってことを近いうちに証明してやろう」

 ルークが自信満々に言う。

「それじゃあ今度朝の鍛錬で手合わせ願おう」

 レストが真面目に答える。

「ヒッ、まじ勘弁して下さい」

 ルークが即行頭を下げた。

『最悪』

 ルークの行動は完全にクロトの機嫌を損ねたようだ。

『男なら当たって砕きなさい』

 クロトは部屋から出て行ってしまった。

「クロト。ちょっと行ってくる」

 ルークも出て行く。

「それにしてもあの王子様かっこよかったね」

 ルリが何事もなかったかのようにレストとハーウェイに話しかける。

「かっこよかったですか?」

 目隠しをしたハーウェイが容姿について確認する。

「ああ、それにかなり強い、剣が通らなかったからな」

「あっ、さっきは助けていただきありがとうございます」

 ハーウェイが思い出したようにお礼を言った。

「自分の仕事をしたまでだ。そうだお土産忘れていた。はい」

 レストはケーキの箱をハーウェイに渡した。

「ありがとうございます。中身はなんですか?」

「いちごのショートケーキだ。好きだったろ?」

「はい」

 ハーウェイが嬉しそうな顔をして勢いよくうなずく。

「それじゃあ僕たちも用があるから、また後で」

 ルリとレストは部屋から出た。


その日の夜、ハーウェイの部屋にて

 コンコンと部屋をノックする音が聞こえる。

「どうぞ」

 部屋の主であるハーウェイが入室の許可を出す。

 レストが入ってきた。

「お風呂はもう入ったの?」

「はい」

 ハーウェイは寝巻きに着替え、テーブルに向かって座っていた。

 レストが魔法で蜀台に火をつける。

 目隠しをしたハーウェイには必要なかったのだろう。

 真っ暗だった部屋がほのかに明るくなる。

「ケーキ美味しかった?」

 レストが歩きながら喋る。

「はい」

 ハーウェイの真後ろにまでくる。

 ハーウェイは紐で三つ編みを編んでいた。

 レストがイスの背もたれから少しだけ高いハーウェイの肩に両肘を置いた。

 レスト自身の両肩に手を置き、腕を交差させたあたりに顎を置いた。

 ハーウェイが緊張して身を固くしているがレストはそんなことに気づかない。

「いい匂いがする。香水をつけているの?」

 ハーウェイは誰に見られているわけでもないが恥ずかしさのあまりうつむいてしまった。

「…はい」

 レストがそのまま間を空けてから切り出した。

「サウのことなんだけど、出会いの形は最悪になってしまったけど、嫌いにはならないでほしい。きっと向こうにも悪気はなかったと思うんだ。」

「大丈夫だよ。私もわかってる」

「すまない。余計な心配だったね。それじゃあ始めようか」

 レストがハーウェイから離れる。

 ハーウェイがベッドへ歩いていく。

 ここは彼女の部屋なので目の見える人と同じように行動することが出来ていた。

 レストは本棚に向かい本を一冊、イスを一脚取ってベッドのほうへ向かう。

 イスをベッドの隣に下ろし、腰をかける。

 ベッドにはすでにハーウェイが横になって、左手を伸ばしてきていた。

 レストが右手でその手を取り、告げる。

「今日が最後だよ。いいね」

「わかってるわ」

「それじゃあ今日読む本は―」

 レストが本のタイトルを読み、本の朗読が始まった。


 レストが本を読み終わる。

 握っていたハーウェイの左手を放し、席を立つ。

 イスと本を元の場所に戻し、

「おやすみ。ハーウェイ」

 そう言って蜀台の明かりを消し、部屋から出て行った。

「今までありがとう」

 もう誰にも声の届かない部屋でハーウェイがつぶやいた。

 その表情は暗闇に隠れてよく見えなかった。


次の日の昼

 レスト、クロト、ルリ、ルークの四人とサウが古城の扉の前まで来ていた。

「警備の兵はいないのか?」

「ここに守るべきものはありませんよ」

 とルリ。

 それを聞いたサウが信じられないという顔をしている。

「なんかおかしなこと言ったかな?」

 ルリが横目でサウを見ながらレストに尋ねる。

「大丈夫だと思うが」

 ルリがほっと胸をなでおろす。

 ルークが扉を開けた。

 五人が古城の中に入る。

 古城の中は大きな正方形をしていて、その中心に十メートルを超す西洋鎧を来たゴーレムが横たわっていた。

「あれは?」

「あれが王家に代々伝わる宝、俗称がイシュヴァルト。いつ誰が何のために、どうやってこれを作り、ここに置いたのが全くわからない代物です。最も古い記録では七百年前からここにあり、その間一度も使われたことがありません。この古城自体どのように作られたのかさっぱりです。

 ゴーレムのようですが、ゴーレムなら術者が魔力の供給を辞めると土に返りますし、そもそもこんな複雑な造形はとれないはずです。

 それに胸におかしな穴が空いているんですよ。

 見ます?」

 ルリが聞く。

「出来るのか?」

「はい、もちろん。レストお願いします」

「それではついてきて下さい」

 ルリから頼まれたレストがサウに声をかけ、古城の中心へ向かう。

 サウがレストについていく。

 レストがイシュヴァルトに触れる。

 イシュヴァルトは長年動かされていなかったせいでその手や足に植物が絡みついていた。その中であまり植物の茂っていない胸の部分が開いた。

 サウは中を覗き込んだ。

「これは…、アーバニティの機械に似てるな」

「そうですね」

「入っても?」

「いいですよ。中のものを勝手にいじってもらってもかまいません。起動までは出来るのですが動かないので」

 レストが許可を出し、サウが中に入っていく。

「これは?」

 サウが取り付けられている板を指差し、レストに聞く。

「すみません。イシュヴァルトに関してわかってることってほとんどないんですよ。とりあえずその板はイシュヴァルトを起動させると呼んだことのない文字が浮かび上がって、止めると文字が消えてしまいます。ちなみにこのゴーレムがイシュヴァルトと呼ばれるようになったのはそこの板に書かれている文字を私たちが使っている文字で無理やり読んだためです」

 サウがガチャガチャと中に付いているボタンやらレバーやらをいじる。

「気が済んだらイシュヴァルトに触れて閉じろと念じてください。そうすると穴が閉じるので」

 レストはそう言ってイシュヴァルトから距離を置いている三人の方へ歩いていった。

「動かせそうか?」

 ルークがワクワクした様子で聞いてくる。

「無理だろうな」

 レストが無感動に返す。

「せめて動かせたらなあ。ガラクタなんて言われることもないんだろうに」

 ルークは昨日のルリの発言を気にしているようだ。

 いつも茶化されているルリがここぞとばかりにそれ見たことかという顔をルークに向けていた。

 サウがイシュヴァルトから出てきた。

「ダメだったか…」

 ルークのテンションがあからさまに下がる。

 イシュヴァルトに触れ胸の穴を閉じて、レストたちの方へやってきた。

「本当に動かないんだな」

 とサウ。

「ええ、これからはいつでも何度でも挑戦していいですよ。

 でも今日はもう帰りませんか?」

 レストが提案し、四人が出口へ向かう。

 古城から出ようとした時、サウが一度だけイシュヴァルトの方を振り返った。

 その時、古城の奥でキラリと何かが光った。

「どうかしました?」

 ルリが聞く。

「いや、なんでもない」

 と何も見なかった振りをして外に出た。

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