表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/48

竜の到来 5

中庭にて

 レストたちがハーウェイの部屋へ戻る途中、城の中庭でクロトが仁王立ちしていた。

 太陽はもうそれほど高くなかった。

 代わりに空にはかろうじて球状と分かるほど大量の水が蓄えられていた。

『あーら、お帰りなさい。帰りが遅くなればなるほど大きくなっていたところよ』

「ク、クロちゃんまだ怒ってるの?」

『いーえ、怒ってないわ』

 明らかにご機嫌斜めな様子だ。

 いつ頭上の水が落ちてきてもおかしくない雰囲気だったのでルリは早々にカードを切った。

「クロちゃん、栗のロールケーキ買って来たよ」

 クロトがそれを聞いた瞬間、頭上に溜まっていた大量の水が一瞬で空気に霧散した。

 レストが右手に持っていた箱を前に出す。

 クロトが歩いてレストのところまで行く。

 レストからケーキの箱を受け取り、中を確認する。

『ルリ、ちゃんと分かってるわね』

「クロちゃんのことだもん。ばっちりだよ」

 ルリがあまりない胸を張る。

『ところで、その箱は何かしら?』

 クロトがルリの持っている箱を指差す。

 何か不穏な空気を感じ取り、ルリはケーキの箱を両腕でしっかりと抱え直す。

「これ?これはわたしのだよ。何?」

 ルリの挙動がおかしい。

 クロトはそれを見てニヤリと笑った。

 直後に浮遊の魔法を発動し、ルリから箱を取り上げた。

 中身を確認すると、いちごのショートケーキが一ピース入っていた。

『ふーん、おいしそうね』

 クロトがわざとらしい台詞を書く。

「クロちゃん返して」

 ルリが悲痛な面持ちでクロトに懇願する。

 ルリとクロトの間には絶望的なまでに実力の差が広がっているのでルリは魔法を使って取り返そうとはしない。

『そうね…』

 クロトが何か思案している。

 こういう場合大抵ろくな提案をされた試しがないので、ルリはもうすでにその 大きな瞳に涙をため始めた。

『いちごを含めて半分頂戴』

「だめだよ、だってこれは…」

 と叫んだところでハッと何かに気づき、後ろを振り向いた。

 レストと目が合う。

 クロトと会話を始めてからぼうっと突っ立っていたレストが初めて気にかけられ何事かと問う。

「どうした?」

「いや、何でもないよ」

 とルリが取り繕う。

 すばやくクロトを振り返る。

 クロトがニヤニヤ笑いながら、

『だってこれは何かしら?一体何だというのかしら?このショートケーキにどんな秘密が隠されているというの?』

 クロトが芝居がかった動きをする。

「クロちゃん、もう止めてよ」

 声が震える。

『いいわ。あなたがさっきまで大事そうに抱えていたこのケーキの秘密を大声で叫べば返してあげる』

 クロトの瞳には嗜虐的な色がありありと出ていた。

 ルリがレストをチラ見し、顔を背ける。

 クロトに向き直る。

 ルリの顔が耳まで朱に染まっていた。

 ルリは赤面しながらも真剣な顔をし、すっと息を吸い込んだ。

 そして、ギュッと目をつむり、

「そのケーキはレストに買ってもらったものだから返してください」

 ルリは叫んだ。

 中庭は静寂に包まれている。

 うつむいていたルリが顔を上げると、クロトがレストを見ていた。

『今のやり取り聞いてた?』

 レストがうなずき、ルリの方を向く。

「また買ってやるから今回は諦めて半分渡したらどうだ?」

『そういうこと聞いてるんじゃないんだけどな…』

 クロトが呆れた顔をする。

 レストが首を傾げる。

「はあ?」

『まあ、いいわ』

 クロトは切り替えが早いようだ。

 レストの左手の箱を指差す。

『それもルリのと同じなんでしょ?』

「ああ」

『私としてはあなたの持ってるケーキを半分分けてくれたらそれでもいいのだけれど』

「これか?これはハーウェイのだからだめだな」

 言った瞬間、レスト目がけて大量の水が滝のように流れ落ちる。

 水は数十秒間流れ続けた。

 流れ終わったあと、そこにはうつ伏せに倒れたレストの姿が…

『ケーキだけは守ってあげたわ。感謝なさい』

 レストからは見えない場所にスラスラと書き、文字は伝わることなく消えた。

 クロトはルリの方へ向かい、ケーキの箱を手渡した。

『あれだけ鈍いと大変ね』

「ほんと困るよ」

 ルリが怒って言った。

 二人は倒れているレストを蔑んだ目で見ていた。

 レストが起き上がる。

「ハーウェイのところへ行こうか」

 服を乾かす魔法をかけ、何事もなかったかのように言った。

 文句を言おうと二人の顔を見た瞬間に今は何を言ってもムダなことを知っていた。

 ちょうどその時、ルークがやってきた。

「こっぴどくやられたな」

 やたら同情的に接してくるルークに対し、レストも何かを察した。

「お前もな」

 ハーウェイの部屋へ向かおうとしていたクロトが振り向く。

『何かしら?』

「何でもない」

 ルークとレスト、二人の声が重なる。

『そう』

 それだけ書いてクロトは背を向けた。

「はあ」

 ルークとレストは同時にため息をついた。

 四人はハーウェイの部屋へ歩き始めた。


 レストとルリが買い物をしていた時間に遡る。

 ある異国の男が城の中を歩いていると中庭が見える場所に出た。

 中庭は巨大な水の塊で覆われ始めていた。

 どうやら中庭の中心に立つ女一人で水を維持しているようだった。

 自国にそんな芸当の出来る者がいないので、男は何が始まるのかと興味を引かれ成り行きを見守ることにする。

 水の量がだんだん増えていく。

 少しして、二人の男女がやってきた。

 水を一気に消したことに驚いた。

 しかし、二人の女が箱の取り合いを始め、それが明らかに遊んでいると分かり、興味が失せた。

「平和だな、この国は」

 と言って城の中に入っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ