竜の到来 3
レストたち三人は城の中庭を疾走していた。
「ルーク、なんてことしてくれたんだ?」
少し強めの口調でレストが詰問する。
「仕方ないだろ、チビスケが避けたから」
ルークはひょうひょうと流す。
「チビスケじゃない」
ルリが噛み付く。
「ルリ、そもそもなんで僕を狙ったんだ?」
「ニブチンさんにはきっついお灸をすえないとね」
「わけわからんぞ?」
ルリはムッときて早口にまくし立てた。
「じゃあ、レストは他の女の子がつらそうにしててもあんな風に髪をなでたり、手をつないだりするんだね?」
「さあ、女性の友達はそんなにいないからな」
「少なくとも私にはしないよね?」
「なんでお前にそんなことせにゃならん?」
「ぐっ」
ルリが言葉に詰まった。
そんな二人を見て、ルークがゲラゲラ笑う。
「笑うな」
ルリが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「おい、叫ぶな。クロトに位置が割れるぞ」
とレストがたしなめる。
ちょうどその時、無数の水の塊が空から降ってきた。
「ちっ、もう追いつかれたか」
レストが舌打ちした。
ルリが水の軌道を変えるために防壁の魔法を放つ。
水の球が透明な三角屋根の上を流れ、三人の左右に落ちる。
追撃来る前にどうにか中庭を抜ける。
丘の上に建つ城から北を向くと、緑にのまれた古城が見える。古城まで続く森林に三人は飛び込んだ。
全力で走っていたわけではない。
レストは加速の魔法を使っていたが二人ほど速く走れないルリをおぶっていたし、ルークは魔法なしでレストと並走していた。
それでもクロトからどうにか逃げ切れると思っていたレストだが考えを変えた。
このままでは捕まるのも時間の問題だと判断し、
「分かれるぞ」
とルークに言った。
「o.k.」
「上手くやれよ」
「そっちもな」
ルリが会話に入る。
「じゃあ、私が三つ数えたら左右に飛んでね」
「頼む」
とレスト。
「行くよ」
レストとルークはより強い魔法を使うために魔方陣を足元に展開させる。
「三」
二人が魔方陣に魔力を込める。
「二」
魔方陣が活性化し金色に輝く。ルリがレストに魔法の効果を高める補助魔法を使う。
「一」
二人が左右に弾丸のように弾け飛んだ。
クロトは追跡している相手が二手に分かれたのを感じた。
片方の速度が自身の出せる最高速度を超えているのを確認し、それがルークだと確信した。
クロトは自分の顔に水をかけたルークを先に追うことにする。
ルークは凄まじい数の水球の洗礼を受けながら、木々の間をかけている。
クロトは自分より足の速いルークを追い詰めるため、気配をよく読み、ルークの位置を念入りに確認する。
次にクロトは水球を投げ、ルークの走行ルートを妨害し、円弧を描くように走らせ、自身は斜めの方向へ真っ直ぐ走った。
二人の距離は近づいていた。
ルークは雨のように降り注ぐ水球を踊るように避ける。
ルリのように防壁を作って避けるようなことはしない。
防壁を張ることはできるが持続性が短く、続けて張れないのだ。
今は防ぐのが水なので関係ないが、実践では耐久性も心許ない。
人によって使う魔法に得意不得意がある。
ルークは自分の最も得意な加速の魔法ただ一つを選択する。
どれだけクロトに差を詰められようとその他の選択肢は一切選ばなかった。
ルークは加速する。
ただただ水球を回避し、前へ足を進める。
いつまで続くか分からない単調作業を永遠と繰り返し続けた。
しかし、永遠と思われた反復作業にも終わりがきていた。
ふと気づくとルークの隣にクロトがいた。
クロトは楽しげにルークを真似た動きをし、踊っている。
ルークはそれに気づくと足を止め笑った。
「俺の完敗だ」
もうすでに汗で全身びしょびしょの体に容赦なく無数の水球が降り落ちる。
「相変わらず容赦ねーな」
ルークが苦笑いする。
クロトは天使のように優しい笑みを浮かべたまま水球をルークの顔面に投げつける。
「ちょ…」
もう一回投げつける。
「もう、水飲ん…ブハッ」
もう一回投げつける。
「ひゃめ…」
投げつける。
「だ、だれ…」
投げつける。
「たすけ…」
投げつける…
ルークが水攻めから開放されたのは息も絶え絶えとなってからであった。
すっかり疲れて大の字になって寝転んでいるルークに中に書いた文字を見せる。
『あーら、やっと私好みの男になってきたようね』
(ヒッ、鬼)
クロトが手のひらに水の球を作る。
「サッセンしたー」
ルークがすかさず土下座して謝る。
『でも、まだまだよ。もっと強くなってもらわなきゃ困るわ』
クロトが真剣な目をしていた。
ルークがその目を見て、一回視線を手元に向ける。
もう一度顔を上げる。
頭をかきながらも、しっかりとクロトの目を見据え、
「まあ、頑張るよ」
そう言った。
クロトは今度は優しく笑って、控えめに恥ずかしそうに、コクリとうなずいた。




