スノーマン
バン
ハーウェイの部屋の扉が乱暴に開かれる。
「誰ですか?」
ハーウェイが鋭く牽制の声を上げ、目隠しの包帯を引き剥がす。
「僕だ」
「なんだ。あなたね」
肩の力を抜く。
「ハーウェイ。時間がない一緒に来てくれ」
「そんなに急いでどうしたの?」
ハーウェイが目を開ける。
そこで動きが止まった。
「もしかしてその雪の塊って…」
「雪の塊って酷いな」
「その通り、シュンだよ」
シュンが間延びした返しをし、レストがハーウェイの言葉を先取った。
「シュン。どうしてそんなになってしまったの?」
「今日は雨が降っていたんだ」
「お姉ちゃんは今日外に出なかったの?」
「私はレストに連れて行ってもらえない限りこの部屋から出られないわ。
普段は目隠しを外せないし。
窓もついてないから天気もわからないの」
ハーウェイが自嘲気味に言う。
「そうなんだ」
シュンが声のトーンを落とす。
「さあ、行くぞ」
「ちょっと待って、勝手に外に出て大丈夫なの?」
「大丈夫か、大丈夫でないかと言われると大丈夫ではないが時間がない」
レストがハーウェイを左腕に座らせ、右手にシュンを載せている。
「さあ、しっかり掴まって」
そのまま部屋を出て行こうとする。
「わわ、ちょっと待って、目隠しは?」
「しなくていい。
決して周りを見ようとしちゃだめだよ。
僕だけを見ていて」
「わかったわ」
ハーウェイがうなずくとすぐにレストは部屋から出て行った。
「それでどこに向かってるのかしら?」
レストがなけなしの魔力を振り絞って町を北へ疾走する。
「北の森」
「えっ?」
「シュンが明日まではいられないんだと」
「そう…」
「それにクロトがちゃんと送ってやらないと迷いそうだと言っていた」
「どういう意味かな?」
口がどこかもわからない雪だるまが口を挟む。
「そのままの意味だ」
短く答え大きくジャンプし、緑の中にダイブする。
そのまま少しすると開けた場所が見えた。
そこまでくるとレストは立ち止まり、陣の描かれた紙を取り出した。
魔力を込め、光を開けた場所に放った。
シュンがレストを見る。
「もしかして見つかったの?」
シュンが震える声で聞く。
レストは黙って開けた場所へ歩いて行った。
木々が生えている場所を抜け、魔法の光で照らされた場所には二メートルくらいの小さな木があった。
「すまない。
僕たちの力では君の探すクリスマスツリーを見つけることができなかった」
レストがシュンを地面に置く。
「だから、私たちでクリスマスツリーを作ったの。
あなたと一緒にクリスマスを祝えればいいなって」
小さな木には靴下やトナカイやサンタの形を模したした小さな飾りや鈴が飾られており、頂には星が載せられていた。
「そっか」
シュンがハーウェイの作ったクリスマスツリーを見上げる。
「気に入らなかったかしら?
見ないで作ったからあまり自信がないのだけれど」
「ううん。
とってもきれいだよ。
それにね。
僕を作ってくれたのは君たち二人なんだよ。
僕はこの町に戻ってきてパパとママの作ったクリスマスツリーを見ることができたんだ」
「素敵なことを言うのね」
「それじゃあ、君のほんとのパパとママが君にできなかったことを僕たちは叶えてあげよう」
レストがそう言って、手のひらにピンクの紙で包装された四角い箱を出した。
「ツリーの前に集まってプレゼント交換をしていたのだろう?」
「ああ、失敗した。
交換するプレゼント用意してなかった」
「大丈夫さ。
もう貰ってあるから」
「ええ?何も渡せてないと思うけど」
「時間さ。
君と短い間だけれど一緒に過ごせた時間。
君が探すツリーを見つけようと町を周った時間。
君が喜びそうなプレゼントを探した時間。
君のためにクリスマスツリーを作った時間。
それらは君がいなければ本来なかったものなんだ。
君と共に過ごせた時間と交換ということで。
だめかな?」
「お兄ちゃんはそれで釣り合うと思うの?」
「多額のおつりがついてくるな」
「あはははは。
わかった。
プレゼントありがとう」
レストがプレゼントをシュンの前に置く。
「はーあ、そろそろお別れだね」
「開けなくていいのか?」
「何が入ってるか僕には分かるからね。
きっと僕が生きていれば一生の宝物になったはずのもの」
レストには雪だるまの表情はもう分からなかったが、ニヤリとした笑みを浮かべた雰囲気が伝わった。
「そうか」
レストは自身の顔を凝視しているハーウェイに目線を合わせた。
ハーウェイがうなずく。
「シュン。
ハーウェイが君をパパとママのところまで送ってくれるって」
レストが雪の塊とプレゼントを掬い上げる。
「ついでにプレゼントも一緒にね」
ハーウェイがウインクをした。
「お別れだ。
君と会えてよかったよ」
レストがハーウェイにシュンとプレゼントを手渡す。
「私も。
もっとあなたとおしゃべりをして。
もっとあなたのことを知りたかったわ」
ハーウェイが目を瞑り、レストが手を引く。
「僕も。
僕を作ってくれたのがお兄ちゃんたちでよかった。
バイバイ、パパ、ママ」
ハーウェイの目が開く。
ふーと息を吹きかけると雪の塊もプレゼントも音もなく細かな銀砂となり、木々の間をすり抜け、夜の空に昇っていった。
「逝ってしまったわね」
「ああ」
「ところでどうしてシュンは私にルリのパーティーに参加してほしかったのかしら?」
ハーウェイが首を傾げる。
「送る前に聞いときなさい」
レストが苦笑いを浮かべる。
「ルリと会ったときにパーティーの誘いを断ったんだ。
その後、シュンに彼女とどんな関係なのか聞かれた。
家族だと答えたら、僕がルリと一緒にクリスマスを過ごすべきだと。
でも僕には君と一緒に過ごすという約束があった。
だから彼は君を連れてパーティーに参加すればいいと言ったんだ」
「そういうことね」
「そう、そういうことだ。
だが君を連れてパーティーに行くことはできない。
彼女は君を許してはいないから」
ハーウェイがため息をついて下を向く。
「もし…」
ハーウェイはうつむいたまま言葉を紡ぐ。
「もしもだよ?」
顔を上げ、レストを見据える。
「もしも、シュンに私とあなたってどういう関係って聞かれてたらなんて答えた?」
「主君とその騎士だ」
何の迷いもなく即答した。
「あはははは、そうだよね」
ハーウェイが困ったなといった感じで笑う。
「ん?どうした?」
「いや、あんまりにも期待通りの答えが返ってきたからおかしくなっちゃって」
レストが眉根を寄せる。
「気を悪くしたのならごめんなさい」
「だんだん冷えてきたし、そろそろ帰ろう」
「ええ、そうしましょう」
「はい」
レストがマントのように羽織っていた黒のタオルをハーウェイにかける。
ハーウェイがレストの首に腕を回し、レストはハーウェイをお姫様抱っこする。
「雨、いつの間にか止んでたんだんな」
「私と外に出たときにはもう降ってなかったわ」
「気づかなかった…」
「あのときのあなた焦ってたから」
ハーウェイがくすくすと笑う。
レストは不思議と笑われたことに対して不快に感じなかった。
「そういえば、どうしてシュンは君との関係を聞かなかったんだろうな?」
「さあ?
質問しようとして忘れてたんじゃない?」
二人とも納得のいかない表情をしていたがシュンはもういない。
いくら考えても答えはもう見つからないのでこのとき疑問に思ったことさえすぐに忘れてしまった。
実際、シュンが二人の関係をどちらにも聞かなかった理由は非常に簡単であった。
初めてレストとハーウェイを見たとき、小さな子供でも二人がどのような関係なのか一目で分かったからである。
レストとルリ、クロトの関係を聞いたのは見ただけでは分からなかったから。
ハーウェイの問いに対するレストの答えはシュンが思っていた関係と違っていたが、二人はそのことに気付かない。
レストは疲れた体に鞭打ってハーウェイを城まで送ると、まっすぐ自分の屋敷へ向かった。
自分の部屋のドアを開け、ベッドに飛び込むとすぐに深い眠りについた。




