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竜の到来 1

「姫が結婚するんだって?」

 ルークか勢い込んで部屋に入ってくる。

 咳き込みながら尋ねる。

 ここは城の一室、この国の姫の部屋。

 太陽はとっくに真上を通り過ぎていた。

 部屋の中にはすでに四人の人がいた。ルークがこの部屋に来たことにより、中の人数は五人に増える。

 その中のとんがり耳の女、クロトが呆れ顔で中空に文字を書く。

『ええ、いまさら?』

「逆にええだよ。みんなもう知ってたのか?」

 ルーク以外の三人がうなずく。

「俺にも教えろよ」

 自分だけ情報が遅かったことに泣きそうになりながら震える声で頼む。

「今まで寝てたから知らないんだよ」

 この部屋で一番小さな少女、ルリが突っ込む。

 ルークはそれをするりと流し、普段の調子に戻して、

「それにしてもとうとう結婚か。おいレスト、随分ゴール決めるまで長かったんじゃないのこのやろう」

 思いっきり下世話に青年へ話しかける。

 ルリがチラリとレストを見る。

 レストは考え事をしていたのだろうか、視線に全く気づく様子もなく、ルークの質問にもワンテンポ遅れた。

「んあ?えっと、僕?」

「そうだよ、お前だよ。で、式はいつだ?」

「半年後」

「いや~、めでたいめでたい。騎士長殿と結婚するなら姫にも大きな後ろ盾ができる。町の民の支持も得られるだろうし、何より王のお許しが出たんだろう?これで王位までの道も半分決まったようなものじゃないか」

 ルークは上機嫌でよく喋る口を動かす。

 しかし、クロトとルリは浮かない顔をしている。

 それを見たルークは訝しげな顔をする。

 レストが言いにくそうに言葉を濁しながら答える。

「あー、僕じゃないんだ」

 間が空く。

「はぁ?」

 どうやらレストが言ったことを飲み込めていないようだ。

 レストは続けた。

「だから、結婚するのは僕じゃない」

「からかってんのか?お前じゃなかったら誰が姫と結婚するんだよ」

「フォメノ国の王子」

「はぁ~?何でそんな今まで交流のない国の王子と姫が結婚するんだ?この国に フォメノの王子の顔なんて知ってるやついね―ぞ」

「僕も知らないし、ハーウェイも知らないよ」

「そんな誰とも知らないようなのと姫が結婚するんだぞ。お前それでいいのか?」

「私がそう決めました」

 この部屋の主であるハーウェイが答える。

 ハーウェイはベッドの上に座っていて、真っ白で簡素なドレスを着ていた。

 ドレスの上からでも分かるくらい病的なほど痩せていて、その肌は白かった。

 一番目を引くのはハーウェイの頭を包帯でぐるぐる巻いた目隠しだった。

「私がこの結婚を決めました。おかしかったでしょうか?」

「単刀直入に聞こうなぜ?」

「アーバニティが三ヶ月前にフォメノを攻めたという噂はご存知ですか?」

「ああ、まさか、ほんとに?」

「ええ、そのまさかです。三ヶ月前アーバニティはどうやら本当にフォメノに侵攻したそうです。

 フォメノはとても閉鎖的な国でほとんどその内情が把握できていませんでした。

 しかし今回、フォメノ側から接触があり、起きたことの詳細を知ることが出来ました。どうやらアーバニティは新兵器の開発に成功したようです。フォメノはどうにかアーバニティを退けたようですが、これにより大打撃を受けたようです。少なくとも次に同じだけの戦力で攻められると耐えたれないと思われるほどの。

 そこで向こうから提案がありました。フォメノ国第二王子のサウを私の婿として差し出す代わりに、アーバニティが侵攻してきた場合の共同戦線とフォメノ国の復興支援を求めてきたのです」

 ルークが多すぎる情報量に目を白黒させている。

「そんなんの初耳だぞ…」

「すみません。今日まで話すなと口止めされていたので」

 ハーウェイが申し訳なさそうに言う。

 その間にルークは情報を噛み砕き、内容についての質問をする。

「アーバニティの開発した兵器はどんなものだったんだ?」

「防壁の魔法を破れる起動砲台とのことです」

「嫌なものを作るね」

 ルークが苦笑する。

 ルークは少し間をおき、考え、別の質問をする。

「えーっと、要するにサウは人質のようなものってことでいいのか?」

「形式上はそうなりますね」

「フォメノも自国がやばいときに随分と強気だな」

「おそらく向こうは私たち、アーグラフの事情を知っているのでしょう。

 私は、その、色々と特殊ですから」

 そう言ってハーウェイは弱弱しく苦笑を浮かべる。

 少し嫌な沈黙が流れ、それを取り繕うようにハーウェイが口を開く。

「それにわが国にとっても有益なことです。アーバニティの軍を撤退させられるほどの力を持つ国と同盟を結ぶことが出来るなんてとても心強いです。

 アーバニティがまた不審な動きをしているようですし…」

 ハーウェイたちの国アーグラフは東の国境をアーバニティ、西をアズールと接する国である。

 大国であるアズール、アーバニティと比べるといくらか国力が弱い。

 しかし、この二大国の属国となる小国が多い中、独立を保てる力のある数少ない中堅国である。

 そして、フォメノはアーバニティの北に位置する独立国であった。

 ハーウェイとサウの婚約によりそれなりに力のある独立国同士の同盟が結ばれようとしていた。

『二国はどんな反応を?』

 クロトが魔法で中に文字を書く。

 ルーク以外の三人は朝一番にハーウェイから話を聞き、色々語っていたが、まだ気になることがあったようだ。

 クロトは今声を出して話すことが出来ない。

 ハーウェイは目隠しをしていて目が見えないので代わりにルークが質問する。

「この同盟についてアズールとアーバニティから何か反応があったか」

「それが…」

 ハーウェイの声が真剣さを帯びる。

「アズール側は特に気にしている様子ではありませんでした。

 どうやら自分たちの脅威になりうるのはアーバニティだけだと思っているようです。

 しかし、アーバニティ側とは話し合いの席に着くことさえ出来なくなってしまったようです。

 また戦争になるのでしょうか?

 やはりあの時、互いに歩み寄ろうとする道は閉ざされてしまったのでしょうか」

 レストがベットの上、ハーウェイの右隣に座る。

「それは君が考えても仕方ないよ」

 レストは優しくハーウェイの後ろ髪を左手ですく。

 ハーウェイの金色の長髪がサラサラとレストの手のひらからこぼれる。

 ハーウェイが右手を胸の高さまで上げる。

 今度はレストの右手がハーウェイの右手をギュッと握る。

 そうしている間も左手は休まず頭をなでる。

「ありがとう」

 そう言ってハーウェイはレストの左肩に頭をのせた。


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