表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/48

スノーマン

「離せ」

 雪だるまが枝で作られた腕と足をジタバタと動かし、レストの拘束から逃れようとする。

「暴れるな、崩れるぞ」

 レストが軽く脅す。

 雪だるまはとたんに大人しくなった。

 レストがハーウェイの前に雪だるまを連れて行く。

「連れてきた」

「どこにいるのかしら?」

 レストがハーウェイの手を取り、雪だるまの頭の上に載せる。

「冷たい。

 ただの雪の塊のようね。

 ちょっと話してみてくれないかしら」

 ハーウェイが雪だるまの頭を撫でながら、優しく話しかけた。

「その前に僕を降ろしてくれないか?

 体と頭がとれてしまいそうだよ」

「レスト、降ろしなさい」

「しかし」

 レストがハーウェイの指示に迷うと、雪だるまがハーウェイの後押しをする。

「よし、約束しよう、もう逃げないよ」

「わかった」

 レストが雪だるまを地面に降ろす。

 雪だるまは自分の体が崩れていないことを確認する。

「自分たちの作ったものをずいぶんと乱暴に扱うじゃないか」

 恨みがましい視線を二人に向ける。

「それで、あなたはなんなの?」

 ハーウェイが面白いことが起きてたまらないといった感じで雪だるまに話しかける。

「僕?僕はお姉ちゃんたちの作った雪だるまだよ」

「どうして話せるし、動けるの?」

「僕はこの町に住んでいた子供でね。

 ずっと昔に死んでしまったんだ。

 僕には死ぬ前にやりたいことがあってね。

 死んだあと魂だけで町を彷徨っていたところを精霊が保護してくれたんだ。

 精霊は僕のことを気に入ってくれてね。

 僕の願いが叶うように働いてくれたのさ。

 それで、精霊が時期を見て自分の気に入った器に僕の魂を入れてくれたんだ」

 ここで雪だるまは一息ついた。

「そうだ、お姉ちゃん。

 お姉ちゃんの作った雪だるまはブサイクなんかじゃないよ。

 ほんとに醜かったら精霊は気に入らないからね」

「そう、よかった」

 ハーウェイの顔に安堵の笑みが広がる。

「お姉ちゃんはハーウェイって言うの。

 あなた、名前は?」

「うーん。思い出せない。

 もう生きてた頃のことをほとんど忘れてしまったんだ。

 雪だるまって呼んで」

「ダメよ。

 あなたのことを雪だるまって呼んだら、他の雪だるまと区別がつかないじゃない。

 作ってあげた私が名付けてあげる」

「おい、よせ、止めろ」

 レストが慌てて止める。

「どうしたの?」

 普段落ち着いているレストが慌てているのをハーウェイは不思議に思った。

「雪だるまに名前を付けようとするんじゃない」

「あなたが私を止めようとするなんて珍しい。

 どうして?」

「どうしてって…

 雪だるまは…解ける」

 レストが苦りきった表情でハーウェイから目をそらす。

「意味がわからないわ。

 そんなことは当たり前でしょう?

 名付けていけない理由にはならないわ」

 ハーウェイにはレストの表情が見えていないが、レストの調子がいつもと違うので何かに気づいた。

「あなたもしかして…」

 ハーウェイがニヤニヤ笑いをする。

 レストがしまったという顔をする。

「雪だるまに名前を付けたことがあるのね?」

 レストは色々諦めて、ため息をついた。

 バレてしまったらしょうがないと、ちゃんと理由を話すことにした。

「ああ、ずっと昔のことだ。

 まだ僕が子供の頃、雪がたくさん降った年があった。

 僕は大きな雪だるまを作って、名前を付けた。

 その年は寒かったから春ごろまで雪が残ってて、長い間一緒に過ごした雪だるまが解けてしまった時は泣いて悲しんだよ」

「意外ね。

 あなたが子供の頃にそんなことをしてたなんて。

 ところであなたはその雪だるまになんて名前を付けたのかしら?

 私がこの子に付ける名前の参考にさせてほしいのだけれど」

「あー、それは教えられない」

「どうして?」

「恥ずかしいから」

「もったいぶらないで教えなさいよ。

 余計に気になるじゃない」

 レストは黙っている。

「ねえ。

 あなたはなんて名前を付けたのよ?

 教えないと町中に不死の騎士は子供の頃に雪だるまに名前をつけていたかもしれないと噂を流すわ」

「うわあ、名前を付けていたって断定しては流さないんだね」

「もちろんよ。

 断定したら尾ひれはひれが付きにくいじゃない。

 そういう噂はえてして広まりにくいもの。

 あなたの腹が痛まないじゃない」

「意地が悪い」

「今日一日私に秘密で一緒のマフラーをしていたあなたに言われたくないわ。

 そうよ、今日のことをチャラにしてあげるから。教えてよ」

 ハーウェイはいつの間にか意地になって、昔レストが雪だるまに付けた名前を聞き出そうとしていた。

「嫌だ、それは…言えない」

 レストが口をもごもご動かす。

「いつものあなたらしくないわ」

 ハーウェイがイライラしだす。

「いいわ」

 これ以上問い詰めても何も教えてはもらえそうにないのでハーウェイは妥協点を探ることにした。

「なら名前に関係する何かヒントを頂戴」

「絶対笑わない?」

「約束するわ」

 レストが渋りながらもそれならと答える。

「昔…好だった女の子の名前を付けた」

 ハーウェイがハッと口を手で覆う。

「あなたにもそんなピュアな頃があったのね」

 ハーウェイがクスクス笑い出す。

「だから言うのが嫌だったんだ」

 レストが渋い顔をする。

「ごめんなさい。

 でも決してあなたを馬鹿にしてなんかしていないわ。

 ただ今まで知らなかったあなたのことを知ることができて嬉しいの」

「ハーウェイ?」

 レストが訝しげに呼びかける。

「君、泣いてる?」

 ハーウェイの目隠しが涙を吸って滲んでいた。

「どうしたの?」

 レストはどうしてハーウェイが泣いているのかわからずアタフタとする。

「ごめんなさい。

 無理だってわかってるけど、子供の頃泣いていたあなたのそばにいれなかったことが悲しくて」

 目隠しの包帯が吸いきれなくなった水滴が頬を伝う。

 もうレストには昔作った雪だるまの名前なんてどうでもよくなっていた。

 そんなことより目の前で泣いている少女のことで頭がいっぱいだった。

 でもさっきから怒って、驚いて、笑って、泣き始めた、彼女に何をしてやれば涙を止められるのか考えてもわからなかった。

 だからとりあえず思考を放棄して、少女に抱きついた。

「昔のことなんてどうでもいい。

 今から一緒にいればいいだろ」

 と言ってぎゅーっと抱きしめた。

「あの…イチャついてるところ悪いんだけど」

 雪だるまが絶妙なタイミングで話しかけた。

 二人が体をバッと離す。

「僕そろそろ行っていいかな?

 さっきお兄ちゃんが言ってたように僕は数日後には解けて消えてしまうんだ。

 その前にやりたいことをやり終えないといけない。

 時間はあまりないんだ」

「生きていたときの記憶がないのにやりたいことは覚えているのか?」

 レストがいつもの調子で聞く。

 ハーウェイはまだ顔を耳まで赤くしてうつむいていた。

「そりゃあ、やり残したことを忘れたら僕は消えてしまうからね」

「それもそうか」

 レストが考えながらしゃべり始める。

「お前は精霊の姿を見たことがあるか?」

「うーん。見たことがあるといえばあるし、ないといえばない」

「じゃあ、人の形をしていたか?」

「いや、雪の粒一つ一つが精霊の形みたいな…

 上手く説明できないや」

「ああ、それは本物だ」

「お兄ちゃん生きているのに精霊を見たことがあるの?」

「いや、ない。

 知り合いにハーフエルフがいてな。

 そいつが大気の中にある風の通り道、一本一本が精霊の形だと言っていた」

 レストが雪だるまをじっと見つめる。

「怪奇ではなさそうだな」

 その言葉にハーウェイがビクッと反応した。

「もし僕が怪奇だったらどうしたの?」

「容赦なく斬るか、ハーウェイの力で消し去っていた」

 雪だるまが再び逃走を図ろうとする。

「大丈夫だ。お前は精霊の導きによって在るものだから消そうとなんてしないよ。

 お前の願いを言ってごらん。

 出来る限り力になろう」

「僕はクリスマスツリーが見たいんだ」

 レストが教会の時計を確認する。

「よし、遅くなってしまったがまだ大丈夫だろう。

 今からツリーのところまで案内してあげよう」

 レストはハーウェイと腕を組み、その後ろを雪だるまが着いて行った。


 ハクアの南側、最も大きな通りの真ん中に立派な木が生えていた。

 木の頂点には大きな星の飾りが付けられ、枝には鈴や、小さな人形や、金や銀色のとげとげとしたものが吊るされており、木の周りには花火を打ち上げるための魔方陣がいくつも描かれていた。

「この町で最も立派なクリスマスツリーだ」

 レストが雪だるまに話しかける。

「うーん」

 雪だるまの反応が悪い。

「どうした?」

「ごめん。

 僕が探してるクリスマスツリーはこれじゃないや」

「ほう、ではどんなツリーを探してるんだ?」

「あのね、僕はもう名前も顔も思い出せないのだけど。

 僕にはパパとママがいてね。

 毎年家族三人、パパとママの作ったツリーの前でクリスマスプレゼントを交換してたんだ。

 僕がどうやって死んでしまったのかは覚えてないのだけど。

 僕が死んでしまったときはちょうどクリスマス前でね。

 生きてるうちにパパとママは僕のためにプレゼントを用意したって教えてくれてたんだ。

 でも結局受け取ることが出来なくてね。プレゼントはもうないだろうからせめて一度だけパパとママの作ったツリーが見たいんだよ」

「プレゼントを毎年もらったことは覚えてるのに家族のことは思い出せないのか」

「ちょっと、レスト!」

「うーん。たぶん僕のやりたいことに関係していることだけ忘れにくいんだろうね。

 とは言っても僕は今、クリスマス前の煌びやかな町しか思い出せないし、もらったプレゼントも熊のぬいぐるみと、そのときの自分には履けなかったぶかぶかのシューズの二つだけしか思い出せないよ。

 そういえば僕はすぐに大きくなるだろうからってパパがサイズの全然違うシューズを買ってきたんだっけ?

 結局履けなかったなあ…」

 雪だるまが寂しそうに町の魔方陣の街灯に照らされていた。

「レスト。私決めたわ。

 この子が消える前に絶対にツリーを探し出してみせる」

「君の思う通りにするといい。

 もちろん、僕も手伝うよ」

 雪だるまが二人の方を向き、礼をする。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。

 手伝ってくれるんだね。

 ありがとう」

「お礼はツリーが見つかってからだ。

 とりあえず僕たちは一度お城に戻らなきゃいけない。

 お前はどうする?」

「僕はもう少し探すことにするよ」

「寝る場所とかは必要なのか?」

「ううん、寝る必要がないかな」

「そうか。

 お前を作った公園に来れるか?」

「うん」

「よし、お前の探すツリーが見つからなかったら、明日の午後二時にそこで待ち合わせよう。

 お前の探すツリーが見つかったらお前は消えてしまうのだろう?」

「うん」

「午後二時までに来なければお前はツリーを見つけられたと判断するぞ。いいな」

「うん。ありがとう」

「じゃあ、また明日」

 レストが手を振って踵を返そうとしたとき、ハーウェイがレストを引き止めた。

「待って、やっぱり名前がないと不便だわ。

 あなたに名前を付けてあげる。

 これからあなたの名前はシュンよ。いいわね」

「シュン。いい名前だね。

 お姉ちゃん、素敵な名前をありがとう」

 出来るだけ早く見つかってほしいと二人は願いながら、その日はシュンと別れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ