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涸澤村(5)

 「本命登場」バイオリン弾きは力を失った様に再び座り込んだ。目の前の機械は細長い胴体に、移動用と思われる8脚の太い足の他に作業用らしい細い金属の触手を沢山持っていた。確かにそれはブリーフィングで目標とされた機械ではあったが、大きな細長い胴体には、世界共通ともいわれる赤い十字のマークがついていた。

 八色も違う機械の登場に諦めきったように、また噴水の脇に座り込んでしまった。しかも見るからに凶悪な機械の毒蜘蛛といった感じだ。

 「怪我はありませんか?」機械は、言った。

 「言葉を話すのか?」八色は驚いた様に機械を見つめた。しかし、機械は何も答えない。

 「どうやら応急手当をする移動救急機械みたいだ」バイオリン弾きは、八色に言った。

 「驚かせやがって、じゃあ用はなさそうだ。」八色は再び立ち上がって進もうとしたが、機械の触手がその前を塞いだ。

 「・・・」

 「いい感じです。貴方には悪意が少ない。」機械は、言った。そして同じ触手をバイオリン弾きの方にも向けた。

 「あなたは今、殺意を持っていてダメです」そして一本の細い針を持った触手がすすと伸ばして二人の前にかざした。

 「これは、不死の薬です」

 「するとやはりお前が、以前この街を崩壊させた人間を作った機械か」バイオリン弾きは戸惑いながら訊いた。

 「はい、しかしあれは人選ミスでした。」機械は答えた。

 「ミス?」バイオリン弾きは、頭を傾げた。どこからと無く出てくる声はそれに対してゆっくりと声を発した。朗読するような、柔らかい音の流れだった。

 「はい、当時。ここの空間の時間の流れと外の空間の時間の流れの差異の為に一つの取引がここの時間で、子、孫にまで及ぶことがありました。そこで、考え出されたのが、この不死の薬です。しかし、臨床試験で病に冒され隔離されていた放浪者を使ったのが失敗でした。被験者は閉じ込められ隔離され、そして差別にもあっていました。被験者は、街中の人々に対して憎しみと強い殺意を常々抱いていたのです。その男を被験者に選んだのは、当時のこの街の議会でした。万が一の失敗を恐れて、人としてみなしていなかった彼を選んだのです。彼なら病気であるし、死の一歩手前であったからです。人体実験に使われる事を彼は拒否しました。しかし、それは実施され、そして薬は見事にその働きを実証してみました。しかし彼は、自分自身の体の新たな生理機能を活かして、復讐を企てそれを僅かな間に実行したのです。それが、あの悲劇の一夜の出来事だったのです。但し不死という意味では実験は成功でした。当初は、この薬剤による暴力化も考えられましたが、私の生理学的なシュミュレーションでは、その可能性はありませんでした。従って、適切な人に投与する分には問題が無いのです」


 「で?俺達にそれを?」

 「そうです、しかし私の動力も残り少ないのです。そして、この薬剤の投与は優先度が高くプログラムされているのです」すばやく、触手は動き八色の首筋に突き刺さりすぐさま抜き取られた。

 「いたっ」八色は、一歩遅れてうめき声をあげた。

 「これを受け取ってください」機械は一つの箱を差し出した。

 「なんだ」八色はそれを受け取った。

 「注入したナノマシンの活動を維持する薬品です、1000年分あります。100年に一度服用してください、止めればそこで、ナノマシンは活動を止めて貴方は普通の体に戻り、以後は通常に加齢します。今注入したマシンは約100年有効です。」

 「100年、そんなに生き続けるのか?」と驚きの顔を隠せない八色の前で突然機械の脚が折れるようにして胴体が地面に落ちた。

 「おい、説明は無いのか?」と声を荒げる八色の声に機械は微動ともしなかった。


 二人は、乾いた河床に戻って来た。草も木も無い、礫ばかりが遠くまで続きその果ては見えない。八色を彼の世界に戻すべく来たものの、ふと思えば、自分の身の振り方を考えていなかった。

 いや、今まで通りなんとかなるさ。そう思い直して上流があった方を見る。たぶんそちらの方に八色の世界への隠された扉がある筈だからだった。

 この川の始まりも終わりもこの宇宙のものではない。別の宇宙で始まり、そしてここを通過してまた別の宇宙に流れ込んで行くそんな川だった。

 黙ったまま、佇んでいると、堤防の上を大きな半球型の機械が列を成して進んで行くのが見えた。或る者は、あれに殺されまた或る者は逃げ帰ったかもしれない、彼は決して心を開く事の無かった同胞達に微かながら冥福を祈った。部隊が入って来た扉は既に閉まる時間を過ぎていた。どうしたものかと言う思いはあったが、反面少なくても、差別する連中はもう居ないのだという気楽な気分がどこからとなく自分の中に漂っているのが分かった。出口はゆっくりと探せばいい。彼は、八色に声をかけた。

 「さて、ここでお別れだ。多少時間がかかるだろうが道はこの辺りで見つける事ができる筈だ」しかし、八色は唐突にカーッドキーを取り出して彼に差し出した。

 「なぁ、悪いがもと来た世界に戻るつもりがないなら、これを受け取ってくれないか?」

 「何故だい?帰らないつもりか」彼は、そのカードに罠でもあるかのように思えた。そんな彼の不安を悟ってか、八色は答えた。

 「こんな体で元の国に戻っても居る場所が無い気がするんだ。ならば、もっと旅をして沢山の物事を見てみたいのさ」

 「鍵を使って戻ってからでも、そんな事できるだろう?」

 「出来ないことはないが、涸澤村を見つけたって置手紙をして来てしまってね。本当に見つけるとは思わなかったのさ、だから、そこで戻ってしまえば、たぶん自慢げにべらべらとここの事を自慢げに話してしまいそうなんだよ、だったらこのままの勢いで先に進みたいんだ。止まってしまえば、休んでしまう、休んでしまうと寝てしまう・・そして夢は夢のままになっちまって、ここに戻らないまま、過去に想いを抱き続けたまま無為に長い人生を送ってしまいそうなんだよ」

 「旅を生業とする私がそんな事を言われるとは思っても見なかったよ。しかし、それだけじゃないだろ?」

 「旅を続けたいというのが、一つ。そして、これを親父に渡して欲しいと言うのが一つの理由さ」と八色は一眼レフを入れた鞄を持ち上げて彼の足元に置いた。

 「生きている内に、逢えないと思うと、それはそれで辛くてさ、俺は俺の道で頑張っているとだけ伝えてくれないか?どの道、多くの世界を見るには、フィルムが少なすぎるし、その分しっかり見て旅をしたいしね、カメラがあると、それに頼って、ついつい自分の目で感じようとしなくなってしまうのも嫌だし」

 「親父さんの住所は?」彼はキーを見ながら言った。

 「さぁ、親父もふらふらしているのが好きでねでも、きっとこの涸れた川の向こうにやってくると思うよ。俺に似た男だから直ぐに分かるさ」

 「何時になることやら」バイオリン弾きはキーを受け取った。

 「多分、俺の国の河の河川敷に出ると思うよ。でもそれから、あんたはどうするんだい?」

 「私の一族や支援をする奴の場所は把握しているから大丈夫さ」彼は、にやりと笑ってみせたが実際は不安だった。

 「ふぅん、あるいは、あの骨董屋のオヤジかな?」

 「いや、そのオヤジは誰かに頼まれてそれを渡す様に指示を受けたのだろうね、餌は多いほどいいからさ。」

 「餌か・・・俺もあの機械の中身の姿が分かっていれば、ぶん殴ってやるのにな、でも今は、面白いものをもらえて逆に感謝ってところだ」

 「八色さんは、どうやって抜け道を探すのだい?昔聞いた事があるから、見つけ方でも教えてやろうか?」

 バイオリン弾きは、八色がそれを簡単に見つけることは、できないだろうと踏んでいた。

 「いや、なんだろう。きっとあの注射のせいだろうな空間のゆがみというか、穴のようなものが見えるんだ」八色は、自分の目を指して言った。その瞳は黒い色ではなく、カレイドスコープのように不思議な色が寄せ集まっていた。

 「なるほど、不思議な目になった見たいだな。」その多くの道が見えるという薬をバイオリン弾きは羨ましく思った。

 「無事を祈っているよ」そう言って彼は、石だらけの河床を歩き出した

 「なぁ」と八色はふとまた声をかけた。

 「この河はどこから来て何処に流れていったのかなぁ」

 「遠い昔は、綺麗な水が異世界から来ていたらしいと聞いた事があるよ。しかし、河川の氾濫とかで、その取水口となる空間の裂け目の場所に水が来なくなったらしいね」

 「俺の国の河なら、さっさと水が来なくなって幸いだ。来ていたら、この街は臭くてそれで終わっていたかもな」

 「いや、またせせらぎが戻る事があるかもしれない」

 「もし、そうならもう一度来てみるさ、バイオリン弾きか・・・どこかでまた逢おうな」

 「ああ、あんたほど長生きはできないがね。そうだな長い人生の慰みにこれでも餞別にやるよ」

彼は、首から下げていた小さな笛を渡した。

 「ふーん」と八色はそれを受け取って吹いてみると草笛のような音が響いた。

 「不思議な音色だな」八色は、それを自分の首に掛けるとありがとうなと一言付け加えた

 「じゃあな」とバイオリン引きは、涸れた河を歩き始めた。

 「ああ、長生きしろよ」後ろから八色の声が聞こえた。




 そして、それが八色を見た最後だった。

「じゃあ、昨日来たのは」僕はバイオリン弾きに訊いた。

「八色の親父さんだった。」バイオリン弾きは頷いた。

「来るのを待って、親父さんに彼の形見を渡したのさ」

「形見か、まぁ二度と会えるかどうか分からんだけに、まぁ仕方ないな」錬金術師が眠そうにあくびをかいた。

「寂しそうに帰って行ったよ。でも彼なりに、生きたのなら、それもいいだろうってね。」


「おやまぁ、こんな時間明かりが点いていると思ったら男ばっかりでむさ苦しいねぇ」と箒乗りが、外の網戸越しに声をかけてきた。

「お開きだよ」と僕は彼女に伝えた

「なんでぇ、酒は無いの?酒」と言いながら、箒をベランダに立てかけると網戸を開けて入って来た。

「無い」と僕はきっぱりと答えた

「嘘ばっかりぃ」言いながら押入れを開けた。そこには、芋焼酎を入れてあるのだ。

「もう・・・勝手にやってな、俺は寝るから」

「まぁまぁ、面白い話があるんだよ」

箒乗りは、口で栓を抜き、ちゃぶ台の上にあった。空のコップに勝手に注いだ。僕達の誰かが使ったコップをそのままである。

「なんだい、面白い話ってのは」と錬金術師が物欲しそうに、彼女の飲む焼酎を見ながら言った。死んだ筈の目がまた爛々をしてきそうな気配だ。

「空の散歩をしていたらね、通り魔殺人があったのさ」

「あー最近なんか騒ぎになっているね」僕は、ぼやーとしながら答えた。

「それがさ、巡回していた警官に発見されて追い詰められた挙句に、ビルから飛び降りたのさ」

「じゃあ、一件落着だね」

「いや、そのまま逃走したんだ。12階のビルの屋上から飛び降りてさ、ありえねぇよなぁしかも余裕たっぷりに草笛なんか吹きやがってさ」僕と錬金術師は、バイオリン弾きを見つめた。

「機械は嘘はつかない、しかし嘘を言う様にプログラムされていればそれは別だな、ただ、ずっと思ったより早く、彼に逢う事になるかも知れないな」独り言の様に言いながらバイオリン弾きがコップに焼酎を注ぐのを僕は黙って見ているだけだった。

「おー飲め、飲め」と箒乗りが愉快そうに声をあげた。


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