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涸澤村(2)




「僕はその時期、何時も一緒に旅をしていた仲間や家族と離れてちゃんとした教育を受けるために、ある国に住んでいたんだ。それまでは、楽しい流浪の旅暮らしをしていただけに、結構辛かったし、その国の人が僕を見る目も良くなかったよ。しかも丁度兵役を勤める歳を迎えてしまったから、僕も徴兵されてしまってね、あれこれ訓練とか受けていたのさ、それで在る日僕が配属された部隊は、調査のために派兵されることになったのさ」



 彼は、異国人だった。同じ顔、同じ言葉、同じ皮膚の色をしていたとしても、彼は流離人として見られた。その宇宙へと続くゲートの前で、彼に与えられた武器は一本のナイフと小さい銃だけだった。

「危険もないし、税金も払っていないお前にはそれで十分だ。」そう言う隊長と同じ隊の仲間は、ロボットの様な形をしたパワーアシストアーマーの中に収まっていた。彼も一度だけ訓練の一環でそれに乗った事があったが、指の動きから、足の運びまで自由自在にしかも軽やかに動くものだから、とても感銘したことがあった。もし、この機械の乗り手同士が戦った場合、どうなるのだろうという疑問もあったが。


「幽霊屋敷へようこそ」白い髪を乱れさせ、白濁した目で彼らを伺うように眺めた老人は、ところどころ抜け落ちた。歯の間から空気が漏れるような笑い方をして白い壁の脇にある、テンキーを幾つか押した。そのテンキーの上にある赤いボタンがビービーと音を立てながら点滅を繰り返した。

「行って戻って来るタイムリミットは6時間だけだよ」と老人は点滅する赤いボタンを押した。やがて、彼らの目の前にある金属の扉がゆっくりと開きだした。

「言っておくが、あちらからドアは開かないからね。何かあっても扉の解放時間まで生き残ることだよ」老人はふぉふぉふぉと笑った。先頭の機械は前に進みながら、笑い続ける老人の姿を赤く光る機械の目で追っていた。この姿じゃ、何かあったら最初に死ぬのは俺だな、彼は、そう思いながら一番最後にドアをくぐった。

「ほう!剛毅だね。あちら側に行くのに手ぶらかい?」老人は、笑いながら彼を送った。*


 厚いドアをぬけると、正面にあるもう一枚の頑丈そうなドアが行く手を遮り、彼らは立ち止まった。次から次へと入ってゆく大きなパワーアシスト装甲の群れにより先に入ったもの達は、その厚いドアに押し付けられるまでになっていた

 それでも彼らは無言のまま互いの間隔を詰めていった。ただ、生身の彼だけは、最後に僅かな隙間に体を押し込むようにしてかろうじて入ることが出来た。

 その狭い部屋に全員が入ると同時に、入ってきたドアが閉った。機械的な声が、全員のヘッドセットに届いた。

「これより、N130地域への侵入準備を行います」部屋の照明が落とされた。鼓膜が痛い、どうやら加圧をしているようだった。

「ドア外部の探査をしています。暫くお待ちください」

「ドアの周囲100メートルの範囲に動くものがありません」

「内部の生物的汚染は検出されませんでした」

「内部の化学的汚染は検出されませんでした」

「致死的放射能は検出されません。ラドン濃度がやや上昇、しかし全て基準以下です」

「空気の酸素分圧は正常です。気圧は1.1」

「気温18度。湿度60。内部の明かりを弱で点灯しました」

「内部のシステムは正常に動作しています」

「これよりドアの開閉を行います。解放時間は30秒です」


 音も無く正面のドアが開いた。そして暗い部屋の中に外部の明かりが一筋の光となって入ってきた。機械的な声が秒読みを行っていた。「・・・28、27・・・」

 兵士達は、焦る様子もなく列を作ってドアを一定のリズムで通過して行った。バイオリン弾きが最後にそこを抜けたときに丁度タイムアウトになりドアが静かに閉まった。

 そこには夕暮れ間近のような黄昏の明かりが広がっていた。彼らはドアを背にして整列をした。そして振り返った時には既に来た道は音も無く閉ざされていた。ただ、ドアの

痕跡が見えるだけだ。

 足元には、硬い樹脂の割れ目から見たこともないような植物が生えていた。だれかの靴についたまま持ち込まれたものが、たまたまできた割れ目に落ちて発芽したのかもしれない、葉は厚みがあり、白い毛で覆われているのを見るとエアープランツの親戚の様でもあった。

 あたり一面を見回すと、まるで人工の谷間の底に居るような錯覚に陥りそうだった。正面も左右にも大きな障壁が高く聳え立ち、それらは内側に湾曲しながら視界の果てまで続いていた。光源はそのはるか上空で輝いているが恒星の輝きではない、人工的な安っぽい明かりだ。


 正面には街があった。4本の大きな通りが同じ間隔で奥へと続いていた。その道の両脇には建物が何処までも連なっていた。その建物の何れも窓が割れ、壁が所々崩落した状態だった。見るからにゴーストタウンと言うに相応しい街だ。そして一番右の建物の脇には堤防のような人の背程の高さの構造物が何処までも続いていた。


 風も、音も無い、死んだ空間だなバイオリン弾きは、この静かな空間に音を与えると

したらどのような物が良いだろうかと考えていた。音の無い世界は寂しい、余りにも寂しすぎる。

 

 そこに、隊長の号令がかかり、点呼が行われた13番が彼の番号であり、この隊での氏名だった。彼の番を待つまでもなく、4番が声を上げた

「隊長殿、動くものがあります」

 各々のパワーアシストアーマーには機体毎に個別の特殊機能が追加されていた。4番にはレーダーやら索敵のための装備が充実されていた。探索の様な軽微な作業の場合、全ての機能を満載したマシンを使うには仰々しいために必要最小限の装備にひとつふたつの機能のみ追加しているだけだ。誰かが装備していれば、他のアーマーはその情報さえ共有できればいい。

「4番、データを全員に転送、これより確認をする全員移動を開始。なお13番は待機」

 そのデータさえ彼には受信ができない。彼はヘッドセットから流れる友軍の通信の内容を聞くことしかできないのだ。


 大きな図体の割りには静かにそして迅速に友軍は去って行った。誰も彼の周りに残る者はいない。しばし待つ間に彼は異国のメロディを鼻から漏らし、指先はその音を奏でる弦を爪弾く真似をして過ごした。

 愛しい愛しい貴方

 こんな切ない恋に

 貶めた私を恨まないでください

 たとえ貴方に大切な女性が居ると分かっても

 この想いを断ち切る事ができない・・・


 「静かに待機していろ」隊長の命令が唐突に流れた。彼は、鼻歌を止め、静かに町並みを眺めた。どれも、商店の構えをしている。そして点在するようにホテルもあるようだった。遠い昔、ここには多くの人々が訪れ、物品の取引をして、或いは接待の食事をしたり、飲食をしながら腹蔵をさらけ出すような事をしていたのだろう。 当然賑やかな世界には、彼の仲間も良く呼ばれては、歌を歌い、踊り、そして儚い恋に堕ちていったのかもしれない。

 それを伺わせるように、時折残留思念が人の形をとっては、音もなく行きすぎて行くのが見えた。どの思念もまだ死んだことを分かっていないかもしれない、遠い昔に何があったのか、自分の身に何が降りかかったのかさえもう覚えていないままただ行きすぎてゆくのだろう


 「13号来い」隊長の命令が突然彼を現実に引き戻した。彼は、楽しかったひと時の空想の時間を邪魔された事に反抗でもするかのようにゆっくりと歩いた

 目を古い町並みに向けると、思わず呼ばれて吸い込まれそうになる。廃墟と分かってはいても、どこかに生き残りがいてささやかに生を営んでも可笑しくない感じがした。子供の頃、そんな廃墟の街を訪ねたこともあった。豊かさを見ることが無いがため、貧しいということも分かっていない人々の街だった。



 コンクリートで固められた堤防の上にあがると大小の礫に覆われた河の跡があった。

 そこには、彼同様に身軽な格好をした男が涸れた河底に転がっている石をアーマーに投げつけている姿が見えた。男は叫び声を上げていたが、現在彼が住んでいる世界の言葉ではなかった。

 あの言葉は…と彼は遠い記憶を辿った。乾いた河床に下りて仲間と合流すると、その男の目が自分に向けられているのを感じた。石は男の手に握られたまま、その顔には戸惑いと、安堵の表情が交互に現れていた。どこから来たにしろ多重世界の同じような進化をした人間であることには間違いはない。男は、長く黒い髪を後ろで束ね、細い目をさらに細めて彼を見ていた。

 華奢すぎる体にポケットが多くついたベストを着ていた。そして男の物と思われる四角いバックが河床に置かれていた。


 「放浪しているお前の一族ならあの言葉に聞き覚えはないか?」隊長は、彼に訊いた。

 一瞬その言葉に彼は不快を覚えた。放浪という響きに蔑みの響きを感じたからだ。

 彼は頷いた、そしてその男の言葉の記憶が浮かび上がるとともに、旅の中で彼に楽器を教えていた老婆の言葉も浮かんできた。

 (全ての言葉は、ただの記号じゃあないよ。)嘗て彼に楽器を持たせた老女は言った。(言葉は音を奏で、音は言葉を生み出すのだよ。言葉は音の場でもあるのさ、そして音はそれを生み出す者の故郷、感情、生い立ちを伝えてくれるのだよ)

 旅のさなかに出会った音達の中に、その前に居る男の発する音楽もあった。言葉を生むということは歌を生むのに等しい。

 「危害は与えない」彼は、機械の隊列の中から一歩踏み出した。男は一歩下がって訊いた。右手には石が握られたままだ。

 「ここはどこだ?お前らはなんだ?」

 「どこか分からずに来たのか?私達はここに調査をしにきただけだ」彼は、自分を指して名前を言った。

 「私はここで、13号と呼ばれている」

 「俺は、八色 守、やっつの色と書くのさ、でもあんた番号が名前なのか?、いずれにしろ仲間に合えてよかった」

 八色は、右手に持った石を落として彼に向かって手を差し出した。彼は、その手を無視した。

 「仲間だって?」と彼は言った。

 「私は単なる放浪者だ。あんたの世界にも行った事が あるだけのことだ」

 ヘッドセットからは薄ら笑いの声で、餌、餌という言葉が聞き取れた。隊長の声が入り込んで、どうやって来たか聞けと命令した。何処からというのは、意味は無いのだ、むしろ他に通路があるほうが気になるのだろう

 「それより、どうやってここに入り込んだ」彼は、八色に訊いた。

 「俺にも分からない、たしか河川敷を歩いていた筈なのだが、気が付いたらこんな涸れた河原の真ん中だったんだ。ここは何処なんだ、日本なのか?」

 彼は、訊いた内容をマイクに向かって仲間達の言葉で復唱した。続けて訊くべき言葉が隊長から返って来なかった。自分で判断して答えるしかなかった。

 「日本ではない、それどころか地球ですらない。別の次元の世界だ。」男は、ごくりと唾を飲み込み、頭をぐるりと回した。

 「そんな世界が本当にあるのか?それにしてもここは、大きな構造物の中みたいだな」

 「そう、非常に大きいと思う。どれくらいかも不明だなんと言っても閉じている空間だからね」

 「閉じている?」

 「空間が曲がっているから、もしまっすぐ歩いてゆけばまた此所に戻ってくることになるね」

 「戻れるかな?」八色は後ろを振り返った。

 「さぁね」彼は、そっと八色の近くに寄ると、小声でキーを持っていないか?と訊いた。

 「キー?」八色は不思議そうに小声でオウム返しに訊いた

 「そう、カードのようなものだが、持っていないか?」これかい?と八色はそっとプラスチックのカードをポケットから取り出して見せた。

 「古物商のオヤジが面白いものをくれるというから貰ってみれば、つまらんプラスチックの板だったのさこれがキーだっていうのかい?」

 「みたいだな、しかし今はそれを隠しておいたほうがいい、後で出るときにも必要だ」訊かれていないだろうな、彼は、心の中でどきどきしていた。ただ、隊長や仲間には言葉が分からないだろうというのが、救いだ。いずれにしろ、こうしてこそこそ話し声が聞こえれば何かと普通は思うに決まっている。

「どうした」隊長の声がした。やっぱりと彼は思った

「不安がっていたのでなだめていました」彼は、平然と嘘ぶいた

「そうか、男の首筋を確認してくれないかなにか新しい傷のようなものがないか」

「分かりました」彼は、答えると。八色の後ろに回った

「なにかあるのか?」八色は不安そうな声を上げた

「いや、危険な機械に攻撃された跡はないかと思ってね」彼は、答えながら八色の周りを回った。

「それらしい痕跡はありません」彼は答えた。

「ならば、その男を連れて行動しよう。男はお前が保護しろ」そんな馬鹿なと、彼は思った。装甲は無いし、武器も小火器しかないのに、どうやって守れというのだ。彼は沈黙で応えるしかなかった。

「返事は?」隊長は催促をかけてきた。

「わかりました」彼は、おとなしく返事をした。

「どうした?」八色は彼の横について訊いた

「私が貴方の護衛をします。」彼は、答えた。

「護衛?なにか危ないのかい?それとも捕虜かなにかか?ひょっとしたらここは涸澤村じゃないのかい?」八色は、彼の前に塞がるようにして聞いた。

「護衛が付くのは、危険かもしれないということさ。捕虜にするつもりはない、あくまでも安全の確保だそして涸澤村というのは知らない」彼は、つっけどんに答えた。男に腹を立てているのではなかった、隊長の指示に怒りを覚えていた。


 彼は、男を押しやるようにして進んだ。足元の砂利が音を立てた。確かに、過去に逃げ出したという機械が動いていれば危険かも知れない。ブリーフィングで知らされた限りでは、機械は多脚ロボットで、人間を凶暴かつ不死な動物に変える薬を持っているというだけの情報しかない。

 ただ、僅か6時間の調査となると、きっと今回が初めてというわけではないだろう、戻って来る者が居なかったために、今回もまた調査が行われている可能性がある。可能な限り短時間で終えることで、まずは最小限の情報を得るつもりか


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