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涸澤村(1)

 「涸澤村?」僕は、肉を焼きながら聞き返した。天気が良いというので、箒乗り、バイオリン弾き、錬金術師に発明家がBBQをやろうぜと集まってきたものの、僕は作る一方で彼らは食べる一方、その上大家の奥さんまでが肉持参でやってきて混ぜてというので、僕はほとんど素面のまま、ヤケクソになって肉や茄子やビーマンを焼き続けていた。道を尋ねたのは、一人の老年の男で白い半袖のジャケットに白い半ズボン、そして帆布できでたリュックを背負ったいでたちであり、何よりもそれに不釣合いな菅笠を被っていた。

 こりゃまた変な奴と思いながら、そんな村あったかなと考えてみたが、この辺りにはそんな地名に思い当たりは無かった。

 「この付近には心当たりはないですが・・・」と答えながら僕は、ちらりと大家さんの奥さんを見た。何故かバイオリン弾きが口を出そうとしてまた引っ込んだ。

 「そんなのとっくの昔に無くなったよ」奥さんは赤い顔をしながら大声で答えた。男は、奥さんの答えに興味を示したようで、僕の傍を離れ奥さんの近くにやってきた。

 「あの、なにか知っているのでしょうか?」

 「んーとね、今この辺りの地主さんでね、郷土史みたいのを今編纂しているのよ・・・で、たしか明治の最初かなそんな時期にそんな名前の村が、近くにあったらしいってことが何かに書いてあったのよねぇ」

 「どの辺りにあったか教えて貰えませんか?」

 「それが分からないのよ。ただ、そういう村があったということが、何かに書いてあったのだけど・・・よかったらあなた明日ならまた会合を開くから来ない?私も酔ってしまって思い出そうにもダメみたいだし」

 「よろしいのですか?」

 「いいよ、いいよ、土手に入る手前の交番の横に、公民館があるから、そこにお昼頃に来ればみんな居るからね」奥さんは、真っ赤な顔で頷いた。明日まで覚えていれば御の字って感じだ。

男性は、満足げな表情を浮かべるとお辞儀をして去って行った。

 「変だな」と僕はふと思った

 「ああ、変な匂いがする。」と錬金術師が箸でBBQコンロを指して言った。見事に肉が焦げていた。

 「ばか者」と錬金術士は箸で僕の頭をポンと叩いた

 「考える暇があるなら、肉を見ろ肉を」僕は、新たな肉を網の上に乗せた。

 「でも、変だよ。涸澤なんて名前」

 「お前が考える問題じゃない」錬金術師は僕を睨む様に言った。

 「だって、澤なんて、山近くの村なら分かるけどさ、こんな平野になんで澤なんかあるのだろうね」僕は、錬金術師の言う事を聞かずに続けた。

 「涸澤村と言えば」と箒乗りがふと何かを思い出した様にいった。

 「あの事件があった場所かな?」

 「え、何か知っているの?」僕は、肉をひっくり返してから箒乗りに訊いた。

 「噂だけだ、訊くならこの黒服のおっさんに訊くべきだな」箒乗りは、日本酒をグラスで煽ってからそれを持った手を錬金術師に向けた。僕は錬金術師を見た。彼は、迷ったような顔をしてから、涸澤村の場所を訊いた男の遠ざかって行く背中を目を細めてみた。

 「明日、あの男が来てからにしよう」その男の後を追うようにバイオリン弾きもまた何故か男の背中をじっと見ていた。



 翌日、結局例の男は現れなった。僕は、大家の奥さんやらこの辺りに昔から住む錚々たる面々を相手にひたすらお茶を淹れたりしてこき使われていた。

 「さて、今日はお開きにしましょうかね」と学校の先生が、ノートパソコンを閉じてから言った。

 「来ませんでしたね」僕は奥さんの横で小さい声で言った。

 「まぁ、都合が悪かったのでしょうね」

 「あの、何か?」先生は、厚いレンズの眼鏡が下にずり落ちたのを人差し指で持ち上げながら言った。

 「いや、あのね」と奥さんは、先日の事を話したあれだけ酔っていたのに結構覚えていたのが不思議だった。

 「ああ、涸澤村ですか」先生は、再びノートパソコンを開いた。

 「あれは、私達の間でも不思議な存在なのですよ」キーを打ち込む音が響いた。

 「昔、まだこの辺りが開発されていない頃は、いくつかの船宿と商店があったようでしてね、そのいくつかの帳簿などに、涸澤村の話が出てくるのです。しかも、朝に出て夕には商品を仕入れて帰れる程の距離のようなのですが、この辺り一帯にはそのような村があった形跡がないのです。

 その上、隣にあった田代村の記録には、萱原村に涸澤という飛び地ありという不思議な記述まであるのです。萱原村というのが当時のこのあたりの地名のようですね」

 「飛び地ってなんだろう?洪水で無くなったとか?」

 「もしそういう天変地異があったとしても、そういう記録は残るものです。それに飛び地ってどういう意味で使われたのかがまったく不明なのですよ。そして確かにそれはあったらしい、ある旅館にあった日記には涸澤村行きの割符を忘れてモドルという記述もありました。この村に行くには割符が必要だったということかもしれません」

 「同じ地域なのに?」

 「ええ、なにか非常に排他的な村だったのかもしれませんね。」



 「何か分かったかい?」と錬金術師は、酒を飲みながら僕の部屋の中で漫画を読んでいた。

 「ぜんぜん」僕は首を横に振った。

 「余計に分からなくなった」

 「だろうな」錬金術師は、本を閉じた

 「涸澤村なんて、そもそもここには無いのだから」

 「無いって?でも文書には残っていたし」

 「ここには無いと言っただろう?」錬金術師はだるそうに言い放った

 「じゃあ、どこに?」

 「別の宇宙さ、平行宇宙と言ってもいいだろう」

 「・・・」僕は、何も返す言葉が無いまま、彼の近くに座った。

 「これは、ひとつのたとえ話のようなものと思ってくれこの宇宙は今、3つの次元からなる空間と時間とで構成されている。もしこれをぎゅうぎゅうに詰めてゆくとしたらどうなると思う?」

 「ブラックホールかな?」

 「それも有りだ、しかし実際にはさらに11次元の隠れた空間があったとしたらどうだろう?それらの次元は、この宇宙では小さすぎて認識できないが、小さくエネルギーが詰め込まれ、ある程度に凝縮されて小さくなると、その空間に詰め込むことができるとしたら。そして各々の次元はそれぞれエネルギーの重み付けがあるとするんだ。

 つまりは、そろばんの原理だな。最初の空間はこの空間がある程度圧縮されると、ひとつ桁があがり、その分この空間からその分のエネルギーが失われる。2番目の空間は最初の空間が10倍になると一つ桁があがり最初の空間は0に戻る。それを続けてゆくのさ、そして最後の11番目の空間が一杯になって何かの衝撃が起きると、今度はそれが、逆の順序でエネルギーが放出されるとしよう。11番目の空間は10個の10番目の空間を生み、10番目の空間は各々10個の9番目の空間を生む。まさに鼠算式に空間が広がり続ける。

 そして、ここが問題だ。11番目の空間から生まれた10番目の空間は一つの量子と考えられる、まぁそれほどに小さくもあり、まさにとびとびのエネルギーを持つのだからね。さて、分裂時その情報は11番目から受け継ぐと同時に、互いに量子もつれを発生することで、影響しあう事になる。それは、最後のわれわれのこの宇宙まで情報がもつれることになる。その結果、似たような平行宇宙が生まれてしまうのさ・・・」

 「わかんね」と僕は言った。

 「しかし涸澤村は、そういった宇宙創造の過程でできた、宇宙の一種類ってわけなのね」

 「それだけじゃない」

 「そもそも、あの村は租界地だった。交易の為に山間の中に作られた場所だった。この世界を始め多くの世界の人々が行き来していた、しかし、ある日。その中に住む村人の独りが発狂して村人全員を惨殺してしまった。それ以来、村の空間は閉じられ、出入りが出来なくなった」

 「全員って」

 「総勢1000人余りだ。それを独りで全員殺した。しかもたった一日で」

 「そんな無理だ」

 「普通はね、しかし犯人は殺しても死ななかったそうだよ、ゾンビーではないがな。ただ、特殊な機械が全ての神経筋肉を牛耳っていたようだ。」

 「ようだって?」

 「今は、分からんってことだ。その機械は摘出されると同時に逃げ出し。その空間は被害が広がらないように閉じられた。そして涸澤村は、どの宇宙からも姿を消した」

 「でも、わずかな記録だけはここの様に未だに残っているのだね、でもなんで、あの男は知っていたのかな?」あの男は、確かに探していた。失われた村をだ。

 「さぁな」錬金術師は、そう答えただけだった。「人のことなど知るかよ」

 


 ややあって、ドアをノックする音が聞こえた。誰だろうと開けてみればバイオリン弾きが立っていた。

 「今晩は、一曲どうだい?」声が妙に疲れきっている。

 「今日はいいよ、それより妙にぐったりしているじゃない」

 「まぁね、悪いけどちょっと休ませてくれないか?」そして、ずかすかと汚い部屋に入り込んできた。

 「調べていたのかい?」錬金術師がバイオリン弾きに訊いた。バイオリン弾きは畳の上に横になると直ぐに目を閉じてからそうだと答えた。

 「しかし今は休ませてくれ」

 「なんだろうね?」と僕は錬金術師に訊いた

 「奴の事を俺に訊いても何も出てこないぜ。今は寝かせてやれ、やつなりの事情ってものがあるのさ」そして、僕らは待った。いや正確には、僕らも夜風を部屋に入れながら熟睡したのだ。


 目が覚めたのは未明のことだった。小さな音が、心地よく耳に入ってきたからだった。僕の部屋にあった置物程度の役にしか立たないカンカラ三線がいつの間にか調弦されて

音を奏でていた。

「あ、ごめん起きたかい?」と手を止めたバイオリン弾きに僕は、うんと答えてから身を起こした。

「ああ、俺もだ。」錬金術師も目をこすりながら身を起こした。それからゆっくりとバイオリン弾きを見つめるようにして聞かせてくれと言った。ひとつ間をおいて、バイオリン弾きは弦をポーンとならしてから、口を開いた。

 「俺、あの村に居たんだ。久々に聞いたよあの村の名前をね」

 「涸澤村?」僕は、訊いた。しかしそんな筈はないそんな長い間生きていられる人間が居るというのだろうか。

 「そうさ、その村さ。もっとも私達はそうは呼んでいなかったけどね。あの男、来なかっただろ?」

 「うん、待っていたけど来なかった。」

 「彼は、僕が追い払った」バイオリン弾きは、静かに答えた。蒸し暑い深夜全ての気温を吸い取ってしまうような静かな口調だった

 「あれは、どれほど前だったのかな、僕らは涸澤村の視察に入ったんだ。」

 「でも、閉じられているのでしょ・・・」いや、と錬金術師が横から口を差し出した

 「そう、あの宇宙の空間の次元の一つは閉じた次元だからね。だからと言って入れない訳じゃあない、むしろこの宇宙みたいに、無限遠の次元を持つ負の曲率の世界の方が入り難い、正の曲率なら他の宇宙ともあちこちで接しているかもしれないからね。それより、あの宇宙に調査団が入ったとは知らなかった。」

 「極秘でしたからね、もう僕には関係ないことですけど」彼は、それについては、言うつもりは無いぞとばかりに錬金術師を睨むように見た。

 「だろうな・・・」錬金術師は、当てにはしていないとばかりにそっぽを向いた。


「あれは、何年前になるかな」バイオリン弾きは、そっぽを向いたまま語り始めた




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