居候
風呂に入りながら、ぼーっとしていると、開けっ放しのドアの向こうを誰かが歩いているような姿が目じり越しに垣間見えた気がした。お月さんでも来たのかなと思って、風呂から上がって見れば誰もいない。
そのまま半裸状態でテレビを見ていると、台所で人の気配がしたが、やはり誰も居ない。よく分からないがこの部屋に僕以外の誰かが居るという雰囲気がここ暫く続いている。
「ああ、それはきっとお憑きさんを招き入れたのだよ」とお月さんは言った。
「お月さんは、あんたでしょ」と僕が言うと。
「いやいや、憑き物の憑きさ、ちょっとした幽霊だよ」としゃあしゃあとお月さんは言ってのけた。
「憑かれたの俺?」と僕が訊くとお月さんは、まぁそうだねと頷いた。
「除霊とかできないのかな?」憑かれて嬉しい奴なんて居ない
「別にしなくても構わないよ」とお月さんは言った。どうせ他人事と思って傍観しているのが見え見えである。
「特に悪さとかする訳でないもの、まぁちょっと気味が悪いかもしれないけれど、その程度だから慣れだよ慣れ」特にその最後の言葉に妙に力を込めてみせた。
「ふーん、本当に悪さしないの?」
「まぁ、空気みたいなものさ」お月さんは、珍しく煙草を吹かしていて、輪をふーっと噴出した。この姿を見せている時は、おおよそ本物の月の地上でも噴煙が上がっている可能性が高い。
「まぁ、この辺りは昔から洪水とかで死人が多く出たからね、それなりに成仏できない霊も多いと思うよ、それが、猫とか来訪してきた友達に憑いてきてね、まぁお上がんなさいとか言って入れてしまうと、霊は自分が招かれたと思って喜んで家に住みちゃうの、まぁ住み着くだけで、家の中をうろついたりするぐらいの事しかしないのさ。ただ、見つかって出て行けと言われるのが一番怖がるからさ、だからこそこそして隠れているのさ。ま、以外にも臆病で可愛そうな幽霊だと思った方がいいかな」
「なんとか出て行ったりしてくれないのかなぁ」でも、向こうはこっちを見ているわけで、僕がこっそりあんなことや、こんなことをやっているのを見られていると思うと怖い半分、恥ずかしい半分である。
「どうかなぁ、霊はアンタがいずれ死んで成仏する時についでに連れていって欲しいだけなんだ。それだけに結構しつこいよ、でも悪さはしないし、アンタには普通に成仏して欲しいから、おかしな死に方だけはしないように力が無い割りにはしっかりお前さんを守ったりしているからね、特に追い払う必要はないさ、小さい守護霊とでも思えばいいさ」
「でも、そう言われても気持ち悪いよ、視界の微妙に見えるか見えないかの所でうろうろするしさ」僕は、ふっと後ろを振り向いたが、そこに何が居る訳ではない。
「こそこそしているからね」とお月さんは言った。「彼らは近くに居たいが、見つかりたくもないのさ、まぁ少しでも減らしたいのなら先ずは、部屋を片付けるんだね。」お月さんは整理整頓が成っていない部屋を見回した。
「狭くて、暗くて、じめじめしたところが隠れやすくて結構好きだったりするからさ」
「やれるものならやっている」僕だって何度も部屋の掃除や整理をしたことがある。
「じゃあ、仲良く共同生活しないと」お月さんは、冷たく言い放った
「ダニに、ゴキに、ショウジョウバエ・・・その上幽霊までもか」僕は、がっくりと肩を落とした。
「大丈夫、大丈夫、賑やかと思えばなんとかなるさ」賑やかななのは、お月さんだけで十分なのですけどと言いたいのをじっと我慢をした。
お月さんが僕を励ましてから去って行った後、静かになった部屋でのんびりと寛いでいると、僕の視界のぎりぎりの世界の中でこそこそと動き回る連中が居た。しかもどうも増えたようだ。
その間に、招き入れたといえば・・・僕は、空にぽっかり浮かんでいるお月さんをじっと見つめた。