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雨の夜

 「それ、頂いていいかな?」僕が隕石だか隕鉄だかを河原に捨てようとしていると、唐突に男の声が掛かった。振り向くと小糠雨が降る宵闇の中で人影が立っていた。蒸し暑い空気の中で男は、マントらしいものを羽織っていた。いや、ポンチョなのだろうか?

 「これですか?」僕は、2重にしたレジ袋に入れたものを差し出した。

 「さよう」男はうなずいいて近づいてきた。河沿いに続く土手のサイクリングロードの街灯の灯りを背負っているせいで、男の表情は読み取れなかった。ただ、男が羽織っているのは、黒っぽい外套だった。大きすぎるのか、裾がやたらに広がっているように見えた。

 「ただの石ですけど?」

 「そうじゃないだろ?上から落ちてきたものだ」男は、上を見上げた。僕もつられて首を曲げたが、そこは雲で満たされた天蓋が広がっているだけだ。

 「まぁ、上からっていえばそうでしょうね」お月さんが捨ててきた以上そういうことになるだろう、しかしなんでこの男はそんな事を知っているのだろうと思うと、そいつが

なにやら危険人物な様に思えた。それに、目が慣れてくれば男は髪の毛をポマードか何かで固め、まるで昔のモノクロ映画に出てくる悪役の英国紳士みたいだ。細く青白い顔と言えば、それはかの有名なドラキュラ…それもクリストファー・リーによく似ている感じだった。僕は無意識に一歩後退した。そして男は一歩踏み出した。

 「私はこういうものでね」男は間合いを詰めてから名刺を差し出した。僕は袋を持っていない手でついついそれを受け取ってしまった。文字が蛍光していた。錬金術師と書かれている。その下に名前がある部分にはどこか異国の文字、一番下には見慣れた数字の羅列があった。電話番号だ、しかも固定電話のだ。

 「錬金術師?」思わず何かの間違いではないかと読み直した

 「そう、もっとも貴方が思っているようなものじゃあない」男は、静かな声で言った。静かで優しく力のこもった声だ。しかし、悪役はこういう口調で話しかけてこなかったか?

 「あるものは、放浪者とも呼ぶがね…今はあちこちで向いて色々な鉱物や隕石とやらを集めている。」男は、細い指を自分の前で組んだ。

 「そ…そうなのですか」まだ声がきちんとでない状態だった。優しそうな声を出してもやっぱり不気味な見た目は変わりない

 「隕石の事は、上にいる奴から聞いたのさ、今夜あたり君がここに捨てに来るだろうってね」

 「え?」僕は思わず唾をのみこんだ。「上って…」

 「そう、今は見えないが極楽とんぼな奴」男は上を指した。「多元宇宙を覗いた者は、ひとそれぞれ見え方は違うが一個の人格として奴を見るものさ」

 「多元宇宙って」僕はいきなり出た大風呂敷かと思った。

 「そう、宇宙創世記にできた爆発の泡の一つがここさ、俺はその泡を幾つも巡っている。そしてお前さんは、量子コンピュータの世界にダイブしてそこを見てしまったんじゃないのかい?」男は、自分の首の後ろをポンポンと叩いてみせた。僕は名刺を持ったまま手を自分の首の後ろに触れた。見えないようにしてはいるが、そこには使い物にならないコネクタが埋め込まれている。

 「別に君の過去には興味はない」男は手を伸ばした。「それをいただきたいだけだ。なんなら、そのままここに捨てて家に帰っても構わない、私はそれを拾って帰るだけだしな。」

 「何にするんです?こんなもの」

 「まずは、成分を調べる。何かに使えそうなら、精錬する。それだけさ」

僕の重く濡れた髪から滴が落ちた。さっさと捨てて家に帰るつもりでいたから傘も持たず出たので、いくら小雨と言っても今はもうしっぽり濡れてしまった。

 「何に使おうと知ったことじゃあない」もうここに立っているのに嫌気がさしてきた。僕は袋を差し出した。男はそれを受け取った。

 「今度はお月さんには、あんたの所に直接送るように言っておくよ」濡れた名刺はぶよぶよになってきた。

 「うちは、捨てる場所が無いんでな、石は分別できないのさ」

 「それはうちも一緒だ」と言ったが、男はもう背を向けていた。

 「ちょっと!」と言ったが男はどんどん進んでしまった。

溜息をついてしばらくすると、何かのエンジンがかかる音がした。

 

 それから、僕が石を捨てに家を出るたび、錬金術師が現れた。そしてしばらく後、僕のアパートの部屋の前に、ゴミ袋が置かれていた。頼むと書かれた紙と錬金術師の名刺とどうやら石を加工した残滓のようなものが袋に一杯詰められていた。


 「もう、どいつもこいつも俺んちはゴミ捨て場じゃあないってば…」ボヤキながら、僕はそれを部屋の中に持ち運んだ。さすがに人目のある昼間に捨てにゆくわけにはいかないだろうとおもったからだ。


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