梅雨のあとさき
雨が上がった。しかし、深夜でしかも未だ雲が厚く空を覆っていて街灯の届かない河原は、ぬばまたの闇の中に沈んでいる。
そんな闇の中に、青白い明かりがポツン、ポツンと浮かび上がっている。あるものは動き、あるものは、点いたり消えたりしている。
鬱陶しい長雨のために暑苦しい部屋に閉じ込められっぱなしの日々に飽き、この鬱屈した気分をなんとかするために、多少湿気に満ちていても開放的な気分を味わいたいという衝動的な思いで、外に出て土手の上に上がった矢先にそんな光景が目に留まった。
それは人魂の様にも見えなくも無い、そしてこの辺り一帯は、幾度とない洪水のため、昔から多くの人々が亡くなり、それを供養する為なのか、小さい社や地蔵を草むらの中に見かける事もあるのだ。こんな程よい暗がりで湿った晩には何が出ても不思議では無いかもしれない。
湿気で重くなった空気の中を水量を増した河の音がごうごうと伝わる。かつてその河の餌食になった人々が、自分を死に至らしめた記憶を思い起こしふらふらと彷徨っているのだろうか。しかし不思議と踵を返そうかという思いは無かった、むしろ好奇心の様なものが足をそこに留め、目は自発的にそれらの明かりの周りを見ることに夢中になっていた。
やがて闇に慣れてきた僕の目は、木々の葉を捕らえ、薄の揺れる葉を見、地上を緩歩する猫の姿を見た。
そして、その明かりの傍には、人々が俯きながら、あるいは立ち止まり、あるいはゆっくりと歩きながら各々携帯電話でメールを打っている姿があった。
「携帯のディスプレイの明かりだったのだよね、あの光は明るすぎて周りが暗いと明かりしか見えなくなるんだ」と僕がその光景が如何に不気味であったかを話し終えるとお月さんは、いやいやそれだけじゃないとと言った。
その手には、きんきんに冷やしたビール入りのコップが握られている。
「よく見れば、そのメールを打っている人の背後にはだいたい、誰かが後ろから覗き込んでいるのさ」それは、不気味というか気持ち悪い光景だ。
「気がつかないのかね」そういう覗き趣味の奴だってこの世にはいるだろうしと思い。僕は首を傾げた
「いや、地縛霊だからね、そう簡単には気づかないだろう」お月さんは事も無げに言った。
それは想像するだけでも恐ろしい。せっせと恋人に宛てた熱いメールの文章を創作しているというのにその肩越しに見えない幽鬼の顔が、じっとその文章を読みながらおどろおどろしい顔に笑みを浮かべていると思うと背筋が寒くなりそうだ。
「憑り付いたりするのかな?」そればかりは、勘弁願いたいところだ、僕も暑い部屋を逃れて外に携帯電話を持ち出す事だってあるのだから
「さぁ、霊のその時の気分だろう、別れ話とか遺言を打ちたくなったら危ないな」お月さんは、ふと僕をみた。
「まぁ、お前さんは大丈夫さ」
「どうして?」と訊くと
「文章が下手だから霊は読んでも直ぐに何処かに行ってしまうからな」とお月さんは、笑いながら冷奴をペロリと食べてしまった。