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 熱風は地面を焦がし続け表面は陶器の貫入状の模様に覆われている。時折より強い風が吹くと砂塵が舞い上がり、あちこちに、つむじ風が立ち上がっては何処へともなく去ってしまう。その風に煽られても、この乾燥した大地に根付いた大きな草は、ひしゃげて縮れた葉を一つも動かさない。

 その葉を、一人の男が掴み引きちぎり口の中に放りこんだ、ひび割れた唇に鋭い葉の一部が当たり血がにじみ出た。それでも、男は咀嚼を続けた。目が地平線を追う。何もない、何処まで行っても何もない。見渡す限り、赤茶けた土と、ひしゃげた草しか見えない。

「逃げられるんだ」男は独り言を呟いた。

「ここまでくれば逃げられるって言ったじゃないか」上空をヘリコプターが、甲高い音を立てながら飛んで来た。男は、あわてて荷物を腹に抱えるようにして自分が食べた草の傍に寄り添って身を丸めた。指が震える。寒い訳ではないが勝手に指先が震えていた。その振るえが全身に伝わってゆくようだ。癖なのか右手首につけた腕輪を左手で回す。音が遠ざかりそして消えても、振るえはなかなか収まらなかった。

 ようやく、立ち上がりそして膝の土を払って歩きだす。男は、荷物の中から一枚の紙を取り出した。何も書いていない様に見える程に、書いてあるものが少なく、井戸と書かれた○印とその脇に×がある他には方位を示した矢印だけ。それだけの情報なら紙も要らないだろうにと思いながら結局は時折この紙を眺めている。


 その井戸は夕方には見つかった。何もない場所だけに遠めにそれらしいものが見つかり辿りついてみれば一つの枯れ井戸だった。あとは、この傍に待ち合わせ場所がある筈なのだ。その場所で待っていれば3日に一回の割合で通る何者かが拾ってくれる筈なのだ。しかし、それがトラックで来るのか、動物に乗ってくるのかは分からないただ、待てと言われただけだった。

 腕輪・・龍の文様がついた腕輪を見せれば、連れていってくれる筈なのだ。ほんの僅かしか残っていない水筒の水を味わう様に飲む。男は厚手の毛布で体を包んで、日没から明け方に続く寒さに耐える準備をした。疲れから睡魔はたちどころに襲ってきた。


 突然、どすんという音がして目を覚ますと、青白い月光に照らされて一枚のドアがその枠と一緒に乾いた大地に墓標のように立っていた。眠い眼をこすりながら、もう一度じっと見つめる。毛布からそっと身を出すと寒さが服の縫い目からじわりと染み込んでくる。 そっとその扉に近づき周りを回る。ぐるりと回っても唯の扉に過ぎない。ドアをノブに手を置き回してそっと、開いてみたが、その向こうの景色が変わって見えるわけでもない閉めて、そっと鍵穴から向こうを覗いても同じ、反対に回って同じ事を繰り返してみたが、そこにドアがあるということを除けば、何も変わらない。男は、ドアを開けてそこを通ってみた。そこは、やはり乾いた見慣れた大地だった。


 やがて、だみ声が大きく響きながら近づいて来たので、男は井戸の陰に隠れた。やって来たのは、大きな髭面の男と3人の痩せこけた男達だった。

「歩け!さっさと歩きやがれ。」大男は、棒のようなもので3人の男達の背中を打っていた。

「てめぇらの様な輩はさっさと向こうに行ってしまえ」

痩せこけた男たちは、打たれながらも歩き続け、背を丸め、俯いていた。

「人殺し、盗人、火付け・・お前らなぞ居なくてみなせいせいする」一行は、やがてドアの前に来た。

大男は、ドアを手前に開いて一人の男の首根っこをむんずと掴んでそのドアの前に立たせた。

「人殺しよう、てめぇ向こうでは少しは役に立てよなぁ」と言いいその背中を大きな足で蹴りつけた。人殺しと呼ばれた男は、ドアをくぐったが、その向こうには姿を現さなかった。

 井戸の蔭で男は、はっと目を見張った。あれが・・あれが・・逃げる方法なのか?

「盗人ぉ」と言ってまた一人を捕まえる。

「向こうじゃ、人のものを盗るんじゃねぇぞ、人に施しをしやがれ」そして両手で頭の上まで持ち上げてドアの中に放り込んだ、やはりドアの向こうには現れない。最後の痩せこけた男は、突然来た方向に走りだした。

「逃がすか、ばかもの」

大男の反応はすばやく、たちどころに追いついて逃げた男の首を掴かみ、ドアの前に引きずってきた。、

「なぁ、向こうじゃ火なんて使えなくなるんだ安心だろう、そんな悪い手癖も直るってもんだ」そして、首を掴んだままドアに放り込んだ


「終わりぃ」と大男が、ドアのノブに手をかけた時に彼は井戸の蔭から飛び出した。

「何者だ」大男はぎろりと彼をにらんだ。

「おれも、俺も向こうに行かせてくれ!!」彼は腕輪を大男に見せながら叫んだ

「ち!、これでお仕舞いと思えば未だいたか」大男は、彼の背中を太い腕で押してドアの向こうに押しやった。


 朝日が上がる頃、井戸の周りには草以外のものは無く夜露が降りた草草は、その僅かな恵みを葉の上に溜め込みそっと乾いた地面に落とした。それが、やがて根から吸われるのだろう。

 大地が振動し、葉は次々と露を地面に落とした。エンジン音と共に土煙を上げて一台のトラックがやってきて井戸の前に止まった。

「居ないなぁ・・」助手席の男が、周りを見回しながら呟いた

「この広い砂漠の中で、この場所を見つけるだけでも困難だろうに」運転手が、ハンドルに顔を埋めて言った

「眠いよ」

「ちょっと、周りを見てくる」助手席の男は、ドアをあけて未だうすら寒さの残る空気を吸った。井戸の周りをめぐると毛布とザックが置いてあった。誰かが忘れたか、盗賊にでも襲われてしまったのだろうと彼は思った。

「おーい」と彼は、大声を出した。

「おーい」と今度は反対向きに声を響かせた。

「うるせいなぁ」とドライバーは、顔をあげてクラクションを3度響かせた。暫くしても、誰も現れなかった。助手席に男が戻ると、ドライバーがクラッチをつないだ。

「また3日後かい、疲れるねぇ」

「いや、もういいだろう」助手席の男は手にしたザックを膝の上においてポンポンと叩いた。

「来ない気がする」掌についた砂をズボンで拭って彼は進行方向をみた。

「奴さんは、何をしたんだい?借金か?」ドライバーは、片手で運転をしながらもう片方の手で煙草の箱を探した。

「いや、単に国外脱出をしたかったようだな、なんでも妻子が向こうにいるらしい」

「まぁ、愛妻家なもんだ。俺なら、こっちで愛人の一人でもこしらえるけどね」トラックは、ギアをあげた。窓から、つぶれた煙草の箱が放り投げられた。


砂漠の草が露を朝日に光らせる。「あの露、涙みたいだな」助手席の男が呟いた。

トラックがつけた轍の傍に生えた草の葉陰で、龍の文様が入った腕輪がきらりと光った。

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