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白い花

冬の最中でも白い花を咲かせる木がある。こんな時期にと思うが、それはゆっくりと時間をかけて一つの甘い実を実らせる。涙の形をした雌黄色の枇杷を


 灰色の雲の下、僕のアパートの陰にあたる部分に生えている枇杷の木の下に少女を連れた。和服姿の女性が立って木を見上げていた。見ればそこには、寒い季節には不似合いな白い花が咲きほこっていた。陰に植えられえている木というだけでなく実が成っても小さくて種ばかり、その上鳥達が先に食い尽くしてしまうので、気にもかけられない存在なのだ。それを、じっと見上げている。


 彼女は軽く会釈をすると、「すこしお伺いしますが」と声をかけてきた、澄んだ声、アーモンドのような目に細い眉、そして透けてしまいそうな白い顔。

「はい?」僕は、道でも訊いてくるのかなと思った。

「この木は、何時からここにあるのでしょう?」

「さぁ、僕がここに越してきた時にはもうありましたから」変な事を訊くものだと思っていると

「おや?」と僕の後ろで大家さんの声がした。

「みっちゃんじゃないかい?」女性の白い顔がぱっと開くように笑みをみせた

「あら、堰さん?」

「ああ、やっぱりみっちゃんじゃないか」大家さんは、干した大根を持ちながら僕の横にやってきた。

「久々だねぇ、綺麗になっちゃって」僕は、門外漢になりそうだったのでそろりとその場を離れようとした。

「これこれ、お前さん」と大家さんは僕に声をかけた。

「部屋を整理しておきな」

「え?」

「この人は昔あんたの部屋に住んでいたのさ。まぁちょっと覗くかもしれないからさ」

「いえ、今日はこの木を見にきたのですよ」彼女は、枇杷の木を見上げながら言って微笑んだ


「そういや、あんた達が他所に移ってから勝手にこれが生えてきたんだよ」大家さんも木を見上げた。まぁ切ってしまうつもりだったのだけど、なんかいじらしくてね。「まぁ、すくすくと育ったもんだ」

「やっぱり、そうでしたか」彼女は、くすりと笑った。

「引っ越す前に、私とお兄ちゃんでここに枇杷の種を埋めておいたんです」

「枇杷の種は、やたらに捨てるもんじゃないというけど、だれかが食べて捨て置いたとおもったらみっちゃんだったのかい。そういや、お兄ちゃんはどうした?」

「あれかあ、連絡が取れたためしがないのです」

「そうかい」大家さんは、苦虫をつぶしたような顔をした。彼女の顔からも笑みが消えた。

冷たい冬の風が枇杷の葉をゆらした。

「ここじゃ、寒いし家に来てお茶でも飲まないかい」大家さんは、大根を持ちながら腕をさすった「積もる話もあるだろうし」

「よろしいのですか?」と彼女は、答えた。「何言ってんだい、家の雄介も喜ぶよ。なんたって初恋の相手だっていうからねぇ」

大家さんはがははと笑った。

「まぁ、そうだったんですか?」

「こんな別嬪になっているのを見ると悔しがるよ」


「お嬢ちゃんの名前はなんというの?」と大家さんは身をかがめると、ずっと女性の後ろに隠れている女の子に言った

「あきちゃんっていうの」と女の子は、女性の手を握って後ろに隠れたまま答えた

「まぁ、お母さん似の可愛い子だねぇ」と彼女と少女を見比べてた。

「あきちゃんは、ぷりんは好きかな?」

「うん」と少女は答えた。

「じゃあ、婆の作った美味しいプリンをあげようなぁ」大家さんは、そういって身を

起こすと、彼女に目配せをした

「あ、少しまってください」と彼女はそう言うと木向かって手を合わせた。さわわと葉が鳴った。

「お兄ちゃんも、同じ枇杷の実からとった種をどこか、身近な所に植えているはずなんです。身を硬く寄せ合っている兄弟の種だから、きっと育っても、木同志が互いに連絡は取っているから、その木に伝言をお願いすれば、きっとその想いは兄弟の木を通じて伝わる筈だと」彼女は、再度手を合わせた。

「ああ、きっと伝わるとおもうよ」大家さんは言って、さぁ、寒いし家に入ろうって二人を促した。


「あの、部屋の掃除は?」僕は、大家さんに訊いた

「あんたの汚い部屋を見てもしょうがないよ」大家さんは、そそくさと家に向かって歩いた。冬の風が、また葉を揺らした。


「ふうん枇杷の実でねぇ」と僕の汚い部屋で一杯やりながらお月さんが言った。「本当にやったんだその兄妹」

「知っているのかい?」と僕は炬燵で丸くなりながら訊いた

「それ、俺が教えたんだ」とお月さんが言った。「河川敷で泣いている兄妹がいたから、どうしたんだと訊いたら親が離婚して離れ離れになるとか言っててねまぁ、仕方なく知恵を授けてあげたんだ」

えへんと彼は、咳払いをして熱燗に口をつけた

「そうか、来たんだ。」

「何をお願いしたのだろうね?」僕は言った

「やっぱり、再会したいというのが一番大きな願いだろうね」お月さんが頷いた。

外では風が強く吹き渡っていた。

「でもなぁ植えるならもっと美味しい枇杷にして欲しかったなあの枇杷。本当に食べるところ無いんだよ」僕は、昨年の春にその実を食べたことがあったが小さくて種だらけだったのだ、ただそれでも枇杷らしく甘い実ではあったけど。

「何言っているんだい?」お月さんが言った

「小さくても、家族の絆が硬く結ばれていますようにとあの両親ともども、そう願った結果なんだよ。あの実の種の様に強く身を寄せ合っていたいと思った。その結果があの実さ、実際、離婚というか無理やり引き離されただけにそういう思いが強いのだろうね」


そして、翌日一人の男が、枇杷の木の下で子供の手を引いて花を見上げていた。

「お伺いしますが」と男は僕に尋ねてきた


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