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南天「

 老人は、しばしの間河川敷を住処としていた。何処に庵を構えているのは分からないが、藪の中に入り込めば、彼に似た境遇の人々も住んでいるので、案外そんな人の好意に甘えているのだろか。

 僕は、老人の描く絵が気に入ってしまい、時折彼の近くに行っては、自分で作ったパンとかをあげていた。丁度クリスマスもやってくる頃に、オレンジピールやレーズンを混ぜ込んだ、パネトーネの生地を沢山仕込みすぎてしまい、余った生地をマフィン型に入れて焼いたものを3個、老人の定位置となっているハゼの木の下に持って行った。案の定彼はすえた匂いを放ちながら、食事の準備に取り掛かろうとしていた。

 後ろから見ると、地面に上に長い間使っていると思われる劣化したビニールシートを敷き、何かの木の枝を箸おきにして箸を置き、そして雑多な食べ物が入った折詰めを前にして天を一度仰いだ。雲は厚く、今にも雪になりそうな気配が漂っていた。こんにちわと、言うと老人は振り向いてにっこりと笑みをもらした。

「悪いが、今日は絵は描いていないのでね」

「余ったから食べて」と僕は、袋に入れたパンをそっと老人のビニールシートの上に投げるように置いた。

「なんだい?」と老人は、その袋を手にとって中のパンを取り出した。そしてちょっと噛んでみせた。

「ああ、甘くて美味しいね。君が作ったのかい?」僕は頷いた。

「蝋燭はできたの?」僕は一番知りたかったことを聞いた。

「なんで知っている?」老人はやや険しい目をした。

「ハゼの実を採っているから」僕はうそぶいて、言ってはまずかったかなと思った。

「そうか、よく知っているね」そして老人は、懐から一本の小さくて不細工な蝋燭を取り出した。

「これがそうだよ」と僕に良く見せてからまた懐にしまいこんだ。

「雪になりそうだ。家がある者は屋根の下に戻った方がいい」そして、小さく白いものがはらはらとおりてきた。

「どの家にも雪は積もるものだ」ふと老人は言った。

「あのお宅にも降っているのだろうか」老人は一度手を合わせると、残飯のような食べ物を食べ始めた。雪は、静かに降る。子供達の歓声が灰色の空に響いた。

 僕は、黙って老人の傍を離れると、色彩の少ない景色の中をゆっくりと漂うように散歩をした。家々の周りで輝く電飾も、センリョウ、マンリョウの赤い実もビールの空き缶も、草むらに倒れた錆びた自転車も、道路脇で放置されたナンバープレートの無い車もみんな白いもので覆われつつあった。


 再びハゼの傍に戻ってくると、しっとりと濡れた紙の上に雪のかたまりが置かれてあった。よく見ればそれば雪で作った兎で目には南天の実が耳にはその葉が二枚使われていた。

 そっと両手で雪のウサギを包む様にして持ち上げようとするとまるで生き物のように掌を逃れてひと時の雪原の中に逃げていった。僕は呆然として自分の掌を見つめた。

「彼は死神さ」と箒乗りがふらりと僕の後ろで言った

「え、終身刑の老人って聞いたけど」僕は言った。息が白く吹き出る

「命を奪い続けるのが仕事だからね。刑を受けつつまた命を奪い・・そして、ささやかな償いをこの季節にし続けるんだ」彼女は、厚手のマントを翻して後ろを向いた

「さぁ、お前さんは家に帰った方がいい」

「ウサギは、何処に行ったのかな?」僕はまた白い河川敷の周りを見渡していた。

「雪のウサギかい?」背を向けたまま彼女は言った

「南天は、難を転づると言ってね、彼が命を奪ったお宅の陽の当たらない場所に行ったのさ」

「優しい人なんだ」

「ああ、しかし職務には忠実しすぎるほどさ」僕は老人が残した紙をそっと手にとった。絵にはナンテンが描かれていた。そして「貴方の終の棲家でまた」

と一筆認められていた。次に遇うとすれば、どうやら僕の末期の時らしい。



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