ハゼの実
河川敷にある公園で、白い小さな実を沢山小枝にぶらさげている木を見つけた。そこへムクドリがやってきてちょっと食べると声を発して何処かに飛んでいってしまった。
ボロを纏った老人が、籠を担ぎゴミを拾ってはその籠のなかに入れるという仕草を繰り返しながらやってきた。その老人に向かって何人かの子供達が遠巻きに野次を飛ばして、歓声をあげて走り去って行く。
老人は、僕が居るのにも気を止めず、その灰色の実をたわわに実らせた木の下に腰を下ろした。ぼろぼろの服からはすえた匂いが漂っている。彼は、肩から提げた一冊のスケッチブックを外すとそれを膝の上においてちびた鉛筆をその白い紙の上で走らせた。老人の目が木と白い紙の上を往復する。
この場合、走るという表現以外が出来ないほどに、その鉛筆はまたたく間に一つの木を描ききった。そのあまりの速さに、老人の発する匂いで及び腰になった足を僕の目が引き止めた。紙には一本の木が描かれその中の世界は寒々そうに見えた。
老人は、完成した絵をスケッチブックから切り離すとそれを僕に向かって差し出した。何気なく受け取ってしまうと空になった老人の土色をした手のひらがそこで泳いでいた
なるほど、と思ってポケットの中から小銭を出してその掌の中に落としてやると、それを両手で包むようにして頭を下げた。小さなずた袋に小銭をしまいこみ、老人は再び荷物を背負って歩きだした。
スケッチブックには、達筆な字でハゼと書かれているほかに小さくEとだけサインの様に書いてあった。北風が僕が持った小さな一枚の絵を奪いたそうに吹き始めた
「ああ、あの老人のことかい」と錬金術師は言った。最近、例の剣を持って来て依頼彼は前より多く僕の部屋の敷居をまたぐ様になった。何か気になることでもあるようでもあるし、暇そうにも見える。
「彼は、終身刑を全うとしているところさ」
「刑務所ではなくて?」と僕は何故そういった犯罪者がうろついているのが不思議だった。
「陪審員がそう決めたのさ、俺の知ったことじゃない。彼は、精神外科手術で人や自分を傷つけることはできないうえ、自分の犯した犯罪を終生思い出す様に条件付けられているし、ボランティア以外の職も持てないのさ」
「よほど酷い事をしたんだね。でもあの絵は、何か寂しそうだな」
僕は、老人の描いた絵を壁に画鋲で貼り付けていた。
「そうかな、俺には絵はよく分からないがな。」彼は、ゆっくりと酒を飲んだ。
「ハゼが言ってたよ」壁の絵の中に小さくお月さんが現れた。絵もなんとなく夜の風景に変わった様に見えた。
「突拍子もない場所に出るよなぁ」錬金術師が噴出しそうになって言った。
「まぁまぁ、本日は、ちょっと寒いんでね。」とお月さんはポリポリと頭を掻いた。でね・・と続けて。
「皆が冬を無事に越せるように、暖かいものを全部あの実の中に詰め込んで成らせるのだそうだよ、あの老人は、実を集めて木蝋を取り出し、それから蝋燭を作って被害者のお宅にそっと届けているみたいだね」
「それで、その蝋燭ってどうなるの?」
「小さな炎の中に、いろいろな暖かな風景が現れるというね」お月さんは、妙なことばかり詳しい。
「まるで、マッチ売りの少女だね」
「何、それ?」そして妙に疎いところも多い、僕は、この寒空の下であの老人がどうしているのか気になった。誰かが自分を許すまで旅を続けるのだろうか、自分が自分を許せるまで旅を続けるのだろうか?決していっぱいになることの無い底の抜けた壜に後悔の涙が溜まるまで続くのだろうか。




