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雪の朝

ちょっと怪談風

 雪の中でも、蝋梅は静かに暖かな黄色い花を付ける。蜜蝋を思わせるぽったりとした花びらは、見ているだけでもひと時だけ心を暖かくしてくれる。


 今にも雪が降り出しそうな夕刻、河川敷の土手の傍らで満開の花を咲かせている蝋梅の花を見ている母子連れが見受けられた、母は白いコートに身を包み二人の子供は茶色のジャンパーを着ていた。僕は、いそいそと家に帰る途中で、ちらりと3人の姿を垣間見ただけだった。


 こういう寒い日は煮物が一番のご馳走である。部屋の中をぽかぽかにして、しっかりととった出汁でおでんを煮ていると、妙に外が静かになった。弱火で煮ているおでんから目を離し、台所から部屋に入って窓に手をかけると、ガラスはびっしょりと結露で濡れて

いた。それだけ寒いということだろう窓をあけると、しんしんと細かい雪が降り始めていた

 空気は氷の様に冷たく、息がタバコの煙のようにいつまでも外でたなびいていた。この分だと、夜半の間にかなり積もりそうだった。おでんの具には、米のとぎ汁でしっかりと下茹でをした大根。はんぺん、ちくわ、こんにゃく、揚げもの各種とゆで卵、そして昆布もっと入れたかったけど帰宅途中でなんとか買ったものだけに、こんなものだけだ。

 適度に味が染みてきたところで、お鍋から入れ物に移して、綿入れを羽織って、こたつで一杯・・という多分僕にとってはこの上ない至福な冬の過ごし方の体勢を整えた。


 それをしっかり出来上がりを伺っていたのかお月さんが、のそりとやってきて、何も言わずにこたつの中にもぐりこんで、「うう、さぶい」と丸くなった。

 そりゃ、あんたは一日外で仕事をしているんだから寒かろうがと言うと。

「おちょこと、お皿」と自分からおねだりをしてきた。

「何を食べるの?」と聞くと

「がんも」というから「それは入ってない」と答えたら、「卵とはんぺん」と言ってこたつ板の上に頭を乗せた。

「ふぅあったかい」お月さんは小さい声で呟いた。今宵は、本当に冷えそうだ。暖かくしているつもりでも僅かな隙間風の存在を肌で感じてしまう。程よく色づいた卵と、はんぺんを器にいれて出汁も上からかける、そしてお猪口を一個出してそれをコタツの上においた。お月さんは、おでんの汁を先に啜った。僕は、お酒をちびりと飲んでから、ちくわを口にした、しみこんだ出汁とちくわの味がふわりと広がる。僕達は、特に多くを語ることもなく互いに手酌で静かな雪の積もる晩を過ごしていた。


 お酒が適度に入ってきたところで、お月さんはこう寒いと昔の事を思いだすよと言った。「そりゃ、凄い昔だよ。皆、木と紙で出来たみたいな家に住んでいたから、風も雪も隙間という隙間から入り込んでくるような安普請の家にみんな住んでいてねぇ、そんな中で、一人の子供と知り合いになってね」

「造り酒屋の子供かい?」と僕はちゃちゃを入れた

「いやいやぁ、ひどい貧乏な百姓の倅さ、ちっちゃい家におとう、おかあ、そして、まだ小さな弟と住んでいてね」お月さんは遠くを見ているような感じだった

「その年、秋の収穫が酷い不作でね、ほとんどを年貢に取られてしまうから、布団をとうとう質に入れてしまったんだ。ひと冬さえ何とかしのげばという思いだったんだろうね。でも、その年は今までにない寒い年になったんだ。一枚の布団に一家4人が肌を寄せ合って、一晩、一晩を切り抜けるようなまるで綱渡りをして生きているようだったよ。でもある夜、囲炉裏にくべる薪も炭も切らしてしまってね。その子一人を残して、一家は凍死してしまったんだ。悲惨だったよ。両親がその子を守る様に折り重なってさ」

「昔は、そうだったろうね」僕は、うなづいた。

「朝になって、瀕死の状態のその子を近所の人が見つけてね。まさか貧乏のために凍死したとも言えなくて。隙間から雪女がやってきて取り殺してしまったんだねぇってなんとか慰めていたよ」

「なんか、悲しい話だね」

「ああ、たとえそれが嘘だと分かっていてもそう思わなければ救われなかったものね」お月さんは、お猪口を口にした

「こういう日は、辛い話ばかり思いだしそうだ」雪はしんしんと降りつもる。

「なんでだろうね」

「ああ、なんでだろう」

僕らは、静かに熱燗を二人で飲んだ。


 雪は、一時的に激しく降り積もったが早い朝は晴れ渡った。未だ足跡の付いていない道でも散歩をしようと思い外に出てみいれば、大家さんと鉢合わせをした。

「あんた、いいとこに来たよ。変な車が止まっていてさ、ちょっと気味悪いから一緒にきてくれないかい?」やだなぁと、僕は露骨にそんな表情になったのに違いない。この辺で夜をまたいで止まっている車の中には、抱き合ったカップルが入っているかちょっと怪しい薬でもやってみようかと思い立った若造がよだれを垂らしているかのどっちか位だ。いずれにしろ、この寒さだ燃料電池の燃料をふんだんに使っているには間違いない、しかし大家さんと現場に行ってみると、様子は少し違っているようだった。

 フロントガラスにもサイドガラスにも屋根にもふんだんに雪は積もり、室内を暖める暖房の音が全くしていない。覚悟をきめて手で雪を払うと、中には長い髪の女性が白いコートを着てうつ伏せになっている姿が見えた。その髪の両脇には小さな子供の顔があった。

 身動き一つしない。僕は、後ろでそわそわしている大家さんを振り返り頭を左右に振った。

「警察と救急に電話してください」

こんな時の応急処置の仕方が分からないのがなんとも悔しい思いがしたが、大家さんは、持ってきた携帯電話のキーを叩いた。


 そして雪の降り止んだ朝、町は突然のサイレンで起こされた。日差しを浴びて蝋梅の花に積もった雪は溶け出し。その滴が朝日を浴びてきらりと光った。まるで黄色い花が、輝く涙を流しているように見えた。どんな寒い日でも、人に暖かさを思い出させる花その花がひっそりと泣いた。

 僕が蝋梅の木から離れてふと人の気配で振り向くと、いつの間にか白い和服を着た女性がその花をじっと見ていた。そしてその女性がその暖かな花びらにそっと息を吹きかけると雫が凍りついてしまった。女性はにやりと僕を見て笑うと、霧散するように消えていった。


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