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やぶからし

 春先の事、家路を急ぐ僕の手は沢山のヤブカラシの穂先を握っていた。途中、こいつは一体なんで雑草なぞ大事に毟って来たのだろうと不思議な視線を向けてくる人もいたが、人は人こっちには、それなりに事情があって採取をしていたのである。


 帰宅してヤブカラシの先端部分を大きな鍋で茹でた。赤い新芽がお湯の中で緑色に変わる有様はまるで海草を思い出させてなんとも不思議だ。湯がいたヤブガラシは、水に一晩漬けて灰汁が抜けるのを待つ。僕のお腹がグーと鳴った。


 今夜のおかずは、秋刀魚の蒲焼きのカンズメが一つだけ、それが最後の缶詰で、冷蔵庫も懐も限りなく空である。窓をしっかりしめようとしたところへ、さらさらと黄色い光が流れ込んできてお月さんが、間一髪セーフと両手を塁審さながら広げてみせた。

「今日はなんにもないよ」僕は言った。

「いやいや、そこには美味そうなカンズメがあるじゃないか」と酒壜をどんと床においた

「これ一個でどうやって飲むんだい?」

「コノワタや、塩雲丹を味わうかのように爪楊枝でちょっと口に入れては」とお月さんは爪楊枝でゴマ粒ほど具をつついて口にいれてすーっと酒を流し込んだ

「ちびちび」とな・・


 そんな飲み方をするとろくなことはない、案の定翌日僕は近頃通いだしたバイト先に休みの連絡をいれる羽目になった。朝から体調が悪くて、ええ、熱もちょっとあるみたいです。

 二日酔いから立ち直ったのは午後も遅くになってからだった。バイト先には、飯を食えば二日酔いが治ると自称する奴がいたが、僕はとてもそんな芸当なんかできない。しかし吐き気がようやく治まっただけで、頭の中はまだ痛みが残っていた。それでも一応気分転換となにかお腹に入れても大丈夫そうな物を探して陽のあるうちに散歩に出た。


 お月さんが、ようやく昇り始めてから僕は、なけなしのご飯を炊いて、ヤブカラシを

細かく切って包丁で丁寧に叩いた。やがて、それはメカブのように粘りをだしてきた。一見すると蕨を同じように処理をしたときの感じに似ている。

 これに、味噌をいれて味付けをしてあつあつごはんにでもかければ一応おかずにはなる何も無くなっても、ごはんに味噌だけでも食べる事は可能だし。


 そして、しんみりとご飯と、ヤブカラシのたたきだけを並べたのが僕の食卓。そして、いつもやってくる来客。

「ほほう、びんぼうかずらでやっているね」お月さんは、酒をもってきた

「こんな有様だからさ、肴はないよ」僕は、言った。「それに貧乏かずらってなにさ」

「お前さんが食っているものさ・・藪をからして野山が荒れるから貧乏になるってね・・」

「まぁ、知識が深いことで。」

「そりゃそうさ、一体何年人の営みを眺めてきたと思っているんだい」

お月さんは、僕のおかずをちょいとつまんで肴にした。

「まぁ、悪くはない味付けだね。まだえぐみが残っているけど、それは野趣って言い方もあるしね」

「嫌なら食うなよ」僕は、なけなしのおかずを横取りされた不幸を感じていた。

「嫌じゃないさ」お月さんは赤い顔で答えた。

「むしろこんなのが好きだね」

「あ、そう…」僕は僕でごはんをかきこんだこのままおかずを取られてなるものか、そう、今は貧乏なのさ、楽しくもないし辛いことばかり、こんなんが好きさというお月さんが憎く思えた。

「昔の人はそりゃ何でも食べたのさ」お月さんは言った。


 昔、昔だなぁとお月さんは懐かしむように言った。夜な夜な自分を愛でている小さな島に住む独りの女性にお月さんは恋をしたそうな。そして何時も互いを見られるように晴れの日を多くしたのだそうだ。

 でも、それで、その島が旱魃に見舞わうことになってしまった。そこで、お月さんはあちこちの雲に頼み込んで雨を降らせに来てもらったけど。既に時遅く、作物は枯れ果て島の人々は空腹に耐え切れずに、適切な処理をしないまま蘇鉄の実を食べてしまった。島に雨が降った頃には、その女性も多くの島の人々も死に絶えたあとだった。


 お月さんは、夜になると時々島のその女性のお墓に行くのだそうな、本当はいつも見ていたいけれど、そうすると旱魃になってしまうので日中の暑い時期に沢山の雨を降らせて、夜だけは晴れにしてもらったのだそうな


 散歩に間にとった、ヒルガオの新芽をお月さんが目ざとく見つけた。

「おいおい、何時までこんな生活が続くんだ?」

「明後日にお金が入るまで・・」僕は、ため息をついた。

「こんな時だってあるさ」



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