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雪隠詰め

 桜か・・ぽちぽちとある記憶の中で、自分にも若い頃があったことを思い出す。新入社員として不安と希望にあふれていた時期だってあった。


 未だ、僕が若い頃の話、小さな僕の会社が、ある大きな会社からソフトウェア開発の受注を受けて、その開発内容についての第一回目の説明会がその大きな会社で開かれた日のことだった。

 僕はまだ新人だったので、先輩の付き添いみたいなようなものだった。だから議事のメモをとったり、ときおりこっそりと音声で重要と思われる箇所を録音したりするだけだった。

 でも、妙に緊張しつづけたせいか、僕に与えられたドリンクをすぐさまに飲み干してしまった。それを見た、相手側の担当が何本か僕に渡してくれたのはいいが、そのあおりをくらって尿意が増す一方だった。

 打ち合わせが終わったときには、爆発寸前とはこのことでポーカーフェイスも決められずに、お手洗いに直行する羽目になった。こんなときに限って朝顔はみな使用中だし僕は、たまらず個室に入った。

 簡単な鍵を閉めると、ガシャリと何か機械的なロックがかかる音がしたが、それにもかかわらず、便器の蓋をあけ便座を上げて、溜りに溜まったものを放出した。

 その時の快楽、なんとも言いがたい。あーというため息が思わず漏れる。まったく人の体にはここまで液体を蓄える力があるとは思いもよらなかった、これがもっと濃縮されて綺麗な水として循環できれば、ここまで苦しまずにすむのになぁと思った。


 さて、ひと段落ついて水を流すレバーを探すとそれがない、便器の周りをぐるりを観察してもない、上を見ても何もぶら下がっていない、それどころかこの個室の構造は一風変わっていて、全ての壁が天井までしっかりつながっているのに気が付いた。これじゃ、僕がここで万が一心臓発作でも起こしたりしても誰も助けられないじゃないか・・

 レバーじゃないとすると、なにかセンサーがあるのだろうと壁づたいに目をこらした、あるのはのっぺりとした水色の壁面だけで、よく見る黒いガラス窓みたいのや、赤いLEDがまったくない、こうなると仕方ない、僕は部外者なんだし知らなくたって当然さ、きっと誰かが気が付いて流してくれるだろう、とドアのロックをつまんだ。

 なんと、びくともしない。嘘だろ?これも何かコツがあるのかなと、ロックに掛ける力の方向をあれこれ変えてみたまったくびくともしない。これぞまことに雪隠詰めというのだろう。


 僕は流れないままの自分の小便と一緒に閉じ込められた。助けを呼ぼうかな、でもなにか恥ずかしい。僕は、あるいはつながって見えるドアの上の壁も何かで外せるのではないかと思った。そこで便座の上に上りよじ登る決心をした。

 そして、便座をおろしたとたんに、ドバーっと水が堰を切ったように流れていった。

センサーは便座の蓋だったのだ。多分おろさない輩が多いからだろう、あるいは?と思って僕は、そっとロックに手をやった。しかし、ロックはかかったままだった。まてよ?大を考慮して、手順を踏まないとだめなのだろうか?

 僕は、まったくもようしてもいない糞を汗をたらしながらひりだした。ちびたのが一個だけ水の中に落ち、僕はお尻を水で荒い、紙で拭き、乾燥させて、立ち上がった

水が勢い良くながれた。それでも、ドアは開かなかった。


 壊すつもりで力の限りやってもびくともしない、まるでこれでは金庫のドアと戦っているようだ。汗だくになり、向こうにだれかいるかもしれない思いで、ドアを叩いた。誰か?誰か居る?応答はない、こんな場所で朽ち果てるのは嫌だ・・

海とか山ならまだしも、トイレで雪隠詰めのままなんて腹が減ってきた。そういや、良くトイレには緊急呼び出し用のボタンだってあるじゃないか・・僕は、それを探してみたがそれさえもない・・

腹がへって、めまいがした。そういや、朝が早くて寝起きで直ぐに家を飛び出したら、朝から何も食べていない。会議は午前に終わる予定だったので、帰社する途中でベルグ・フェルドのランチでも食べようかなと思っていたのだった。安くて美味しいから何時も行列で普段通りに昼休みに会社を出たのでは間に合わないからこの機会にやっと食べられると思ったのに


汗が激しくでた、もうシャツはぐっしょりで、肌が透けてみえるほど、髪からも雫となって汗が落ちてくる脱水症状になっても、便器の中の水だけは勘弁願いたい


そうだ、そういや。携帯電話は、と思ってズボンに手を置くと、汗で湿った札入れ以外の感触はなかった。そうか、トイレに行くといって先輩に渡した僕の鞄に入れっぱなしなんだ。先輩、出てこないって怒っているだろうなぁ。時間、どれくらい経ったのだろう??


そういや、タバコでもあれば、火災報知器を使う手もあるなと思ったが、生憎僕はタバコは吸わない。当然、ライダーもマッチもない。


僕は発狂したかのように大声で助けを呼びドアをこぶしで力のかぎり叩いた。何度も、何度も・・


叩かれたドアがふっと動いた。汗だくになって出てきた僕を小用を足している何人かの男が振り剥いた。

「さっぱりしたか?」と誰かが言った。先輩だった。

「死にそうです」僕はよろよろしていた。

「お前さぁ、何か不満があるなら、こんなところでなくて、酒でも飲んで話しなよ」先輩が不服そうに言った。

「いや、不満はないですけど」

「でも、この個室はそのためのものだぜ」


「え?」

「鬱憤が溜まった時に大声を出して、ストレスを発散させるための部屋なんだよ。だから声が外に漏れないんだけど、大声に反応してからやっとドアのロックが解除されるんだ・・知らなかったのお前?」


「なんすか?ここの会社・・便座を下ろさないと水は流れないし・・」

「んー、いろいろなセンサーを開発している会社だよ前に渡した資料読まなかったのかい?」

「貰ってないです」

「え?」先輩は、おかしいなと言いながら自分の鞄を漁った。そして、あ、忘れてた・・といいながら僕にB4サイズの冊子を一つ僕に渡した。

「よく読んでおいてね」


「不満がひとつできました。」そして僕は、個室に戻った。



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