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キンモクセイ

 季節の風は、時折素敵なものを届けてくれる。たおやかかな風に乗って、たゆたう甘い香りは時に弱く、時には強く僕の鼻腔をくすぐり、やがて去っていった。

 いや、去っていったのはきっと僕の方だったのだろう。香りはそこにずっと留まっていたけど、僕はその中をくぐりぬけて自分の部屋に帰ったのだから。そしてその香りのせいか、ふと自分の中にあったわだかまりのようなものが、少し小さくなったような気がした。

 わだかまり、まぁそう言えばちょっと高尚っぽく聞こえるが本当に所は彼女にフラれたという事だ。

「ごめんね、あなたをちょっといじってみたかったの」って、これから本気で付き合うつもりで発した言葉の返事として、こんなことを言われてしまった僕は、どういうリアクションをとっていいのか分からず、そのままどん底に沈んでしまった。なので呆然自失したまま、ぼんやりと帰ってくる途中だった。久しぶりに半年続いた恋だった。もっとも日頃から目撃していたお月さんは、にやにやしながら「残念だが、今回も壊れるな、あの娘はお前にはもったいない」と常日頃から言っていたんだけど。


 窓を開けると、不思議なことに金木犀の香りが入ってきた。思わず鼻で息を吸い込みため息が出た。

「癒し系の香りだな」といつの間にかお月さんが入ってきていた。「人の心を解きほぐしては、オレンジ色の小さな花を落としてゆくんだよ。」

「うん、フラれた傷も少しは癒えそうだよ」僕は、コンビニで買った沢山のビールをちゃぶ台の上に並べた。「そして、とどめには忘却の薬さ」

「フラれたって、この世にはまだまだ女が居るじゃないか」お月さんは、そっと一缶に手を伸ばした。

「ま、相性が合うのが少ないけどね・・あーあ今度はイケるかなぁと思ったんだけど」

僕は、ビールを胃に注ぎ込んだ。ホップの香りがここまで爽快なものだとは今まで気が付かなかった。それだけいいビールを買ったんだけど。

「金木犀はなぁ」とお月さんは言った。

「雌雄が分かれているんだよ。」

「でも、金木犀の実って見たことがないね。」僕は、きっと見逃しているのだろうなと思った。そうそう何時も木の上ばかり眺めたりはしない芳るから上を思わず見上げてしまうけど、そういう存在感がなければ、下を通りすぎてしまうだけじゃないか。

「いや、この国のはね、隣の国から持ち込まれた時に雄ばかり持ち込まれただ」

「・・・」

「そうさ、どの花も女性を求めて咲いているけど肝心の女性にはめぐり合うことさえないんだ」

「悲しい香りだね」僕は自分の悲しみと天秤にかけたらどっちが悲しいだろうと考えた。

「でも決して香ることを止めることもない強い意志をもった香りでもあるんだ。だから

少しだけだけど、心が強くなった気がするだろう?」

「分からない、でも気持ちが落ち着くよ」僕は、飲み続けた

「でも、お願いだからできれば今日は一人にしてくれないか」独りで泣きたい夜だってあるさ。



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