雉始啼
河の大きな中州には何時のころからかキジが住み着いていた。しかし河のその周囲には宅地ばかりが広がっていたので、何処から飛んで来たのか誰も分からなかった。ただ、時折中州の藪の中からキジの声が響き、中州の周囲を囲む砂利の上に姿を見せることもあった。
「最近不思議なホームレスさんがいるんだよね」僕は、炬燵の中で丸くなりながら生姜湯を飲んでいた。
「ああ、テントに住んでいる奴か、上からでもよく目立つからね」お月さんは、熱燗で一杯やっていた。
「へぇ、上からでも見えるんだ?」身を乗り出して訊くと
「あんな変な乗り物で来れば俺にも分かるからさ、ちょっと観察していたんだよ」
「変な乗り物?」
「おや、お前さんは気づいていなかったのかい」酒で顔を赤らめたお月さんはバカにするような口調で言った
「知らないよ。変な乗り物って何さ」僕が知っているくらいなら、この地域のオバさん連中なんか皆知っているはずだ。そもそも、変なホームレスさんは何時の間にか河原にちょっと風変わりなテントに住み始め、特に身なりも小奇麗だったので、きっとキャンプの真似事でもしているのだろうとしか思えなかったのだ。それが1週間経ち1か月経ちとなって初めて周囲でもホームレスさんなんだろうなと認識するようになったのだ。
ただ同じように河原に住む同種の人々とは異なり、黒いコートを着てきちんと折り目の付いたズボンを履き、革靴もいつも綺麗に磨いているのだ。ただ、彼が何時どの様に洗濯をしているのか、クリーニングを出しているのかは全くの不明なのだ。そして出没先はリサイクルセンターや、不法投棄がされている場所ばかりなのだ。
そして、僕もその音を聞いた事があるのだが、深夜になるとそのテントからえもいわれぬ様な哀しい音色が流れるのだ。しかもその音色も旋律も異国の楽器らしく聞いた事のないものなのだ。
「行けばわかるよ」
「行ってもテントしかないし、寒いだけじゃない」僕はコホンコホンと咳をした。
「飾ってある隕鉄を土産にすると喜んでくれるかもね」
「なんで?」
「ずっと見ていたと、言っただろ。あいつがあそこに着陸したのは、お前さんがあそこに捨てたから隕鉄を拾いに来たのさ…ああ、くそ寒いのに仕事だ」お月さんはそう言って立ち上がると窓を開けて出て行ってしまった。
さて、風邪の引き始めなのにどうしようかと思いつつも抑えきれない好奇心が鎌首をもたげてしまい、僕は咳をしながら飾ってあった隕鉄を手にして外に出た。土手に上ると赤みかかったお月さんが遠いビル群の間から上り始めていた。上り始めのお月さんは普通でも赤みがかっているものだが、今日は一杯入っているせいか、不気味な程に赤くなっている。そして夜の静寂の中を河のせせらぎとともにあの寂しい音色がゆらゆらと漂っていた。
僕は隕鉄を大事に持って中に灯りの灯っているテントの傍に行くと「もしもし?」と声をかけた。すると音が止んでから「はい」と直ぐに返事がありテントの中の灯りが一瞬まぶしい程に輝いてから、コート姿の男が中から出て来て「何でしょうか?」と僕に尋ねた。思ったより背が高く怖そうにも思えたが、やんわりとした丁寧な声がそれを十分に補っていた。
「これを」僕はどう説明したらいいものか分からず単刀直入に手にしたものを差し出した。
「なぜ?あなたは私が望んでいるものを知っているのです?私と同じ星の方とは思えないが」男は、驚きの声を上げたが、それは喜びに満ちていた。
「あ、ある人があなたが探しているのはきっとこれだろうと言うので」僕は、さぁ受け取れとばかりに再度隕鉄を差し出した。男は両手でそれを受け取った。その男の姿が一瞬陽炎のようにゆらいだ。
「ありがとうございます。これで船を修理できます」
「船?」僕は辺りを見回したが、それらしいものは見当たらない
「これを持ってきたあなたなら、見せても問題ないでしょう」男は一旦テントに戻り手にテレビのリモコンのようなものを持ってきた。そして僕の横に立つとリモコンを河に向けてスイッチを押した。すると、河の真ん中に3本脚で立っている円盤のようなものが出現した。僕は言葉も発せられなかった。
「光学迷彩で隠していました。私の姿も本当は貴方達とは全然違いますが、迷彩によって貴方と同じような形に見えるように調整しているのです」
「あれは、宇宙船?」僕は流れの上にある乗り物を指して訊いた
「そうです、あなた方も大きな恒星間宇宙船を建造していますね」
「それはニュースで見たことがあるけど」それは遠い星に行くために軌道上で建造中のものだ、何世代もかけて闇を行く大型船だ。
「これは特殊な航法でもっと遠い距離を飛ぶことができるのです、しかし途中で座標を誤ってしまった上、船が故障してしまいこの惑星の軌道にのったまま脱出できなくなったのです。そこでなんとか部品の一部となる隕鉄を探しながらこの惑星を周回していたら、ここで幾つかあるとセンサーで検出できたので、不時着したのです。ただ、微妙に不足していたので困っていたのです。」
「なるほどね、あの隕鉄がどう役に立つかは知らないけれど、これであんたも還ることができるんだね」するとあの不思議な音楽も聞くことができなくなるなと僕はふと思った
「ええ、しかし待っている人はもう居ないでしょう、座標ミスをした時点で私は大きな時間を失いましたから、本当は恋人の気を引くために楽器を探す旅に気軽に出たのですが、見つけたことで浮かれてしまい、とりかえしのつかないことになってしまいました。」
「じゃあ、夜の間に聞こえていた音楽は、その楽器だったの?」
「そうです」と彼はまたテントにはいりほら貝のようなものを抱えて持ってきた。「エルロリンと呼んでいる楽器です」彼はその貝のようなものを優しく撫でた。するとその貝の全体から音が流れ出した。哀しい、哀しい音だ。星が空から降ってきて一つの光の奔流となって僕たちの周りを巡って想いを吸い上げるとまたそらに帰ってゆく、そして星々は悲しみを湛えた光を点滅し続けていた。
「哀しい音楽だね」
「この楽器は、奏者の持つイメージを読み取るのです。今の私には哀しい曲しか弾くことができない」彼は、空を見上げて言った。「そろそろ修理に取り掛かります」
「そうだね、発つなら早いほうがいい」
「ありがとう」と彼は言った
「元気で」と僕は歩き出した。はっきり言うと寒くてしょうがなかった
翌朝には、テントは無くなっていた。
河の大きな中州には何時のころからかキジが住み着いていた。この冬、まだ誰も鳴き声を聞いていない、何処へ行ったのか、それとも孤独のまま死んでしまったのかは分からな