師走
一年も終わりの月ともなれば、大掃除だ、クリスマスだと本来なら忙しい。もっとも僕にはあまり関係のない事ばかりで、部屋は特に綺麗にはなっていないし、クリスマスだからといって何かする予定もないし、予定を入れてくる奴も居ない。
やたら曇天が続いたせいで、部屋には飲んだくれのお月さんが居る事も含めて、何時もと同じ日々の延長に過ぎない。
「昔はねぇ」と酔いどれのお月さんがコタツの中で臭い息をしながら言った
「旧暦の12だとねぇ・冬も終わりの頃だからさぁ」
「いい加減に飲むのをやめたら?」と僕は、芋焼酎を片付けながら諭した
東京のはるか沖の青ヶ島で作っている青酎は僕のお気に入りなので、こうも飲まれてはたまらない
「もう、くさやも残ってないよ」さっき僕の部屋の前で「うわぁ何!この臭いの!!」
と誰かの悲鳴を聞いたときには、本当にくさやを焼いたことを後悔した。もっとも
この焼酎にはくさやが一番合うと思ってしまうのだからしょうがない
「うん、水・・」とお月さんは顔をコタツ板の上に乗せておとなしく答えた
「あの頃も、師走だったな・・・」とお月さんは視線を中に漂わせながらつぶやくように語り出した。それはこんな感じのお話。
昔昔の事、とある家の庭には一本の梅の老木がぽつんと植わっていました。その家の主は若い女性ででしたが、主人は上役の怒りを買い遠くに流されてしまっていたので家はまるで、廃屋のように荒れ果てていました。
そんな彼女の家の門を叩いたのは、お月さんの、気まぐれというか、梅の老木のつぶやきを聞いたからでした。
「もう今年が最後かのぉ」と老木は疲れたようなため息をついていました
「お月さんや、せめてあんたが見ていてくださいな、最後には綺麗な花を咲かせますからの」
「ええ」とお月さんは、返事をする以外に何もできないとわかっていました。生きているものは、なんであれ寿命がくることを何万年も見てきたのですから
せめて、主人に一言だけ今年が最後のようですと告げてあげるだけが梅の木のためになると思ったからです。
「そうですか」と女主人は、粗末な服を着た姿で寂しそうに頷きました。
「薪も残り少ないので、寒さに耐えかねて危うく切ってしまうところでした。せめて末期の姿を拝んであげましょう」と彼女は、頷いてみせませした。昔、この庭にも多くの木が植えられていたことを雪の合間から顔を出している切り株が教えてくれました。
傍でそれを聞いていた老木は、家がどれほどに傾き、毎日の食にも事を欠く有様なのを知っていたので、いっそ早く咲いてしまえば薪としてこの主人の役に立てるのではないかと考えました。
それからは、他の梅の蕾はまだまだ固いにもかかわらず、老木の蕾だけはいきなり花を咲かせる一歩手前までふくらみました。
「まるで本当に、見せ花を咲かせようとしているみたい」と思わず主人は驚きました。
しかしその夕、沫雪が降り始めました。降っては解けてしまうといっても、咲きかけの蕾には辛そうに見えました。
「まぁ、これでは蕾が可愛そう」と女主人は、色の褪せた上着の一枚をそっと木の枝にかけました
「本当は全部にかけてあげたいけれどね・・」と女主人は、寒さに身を震わせながら家の中に戻りました
囲炉裏には、最後の薪の小さな埋み火が、赤く輝いていました。しかし掌をかざしても暖めるほどの力の無い明かりです。
「なんて、冷たそうな火でしょう」彼女は、穏やかな睡魔に襲われ、すこしだけとつぶやいて暖炉の横に横になりました。小さな炎がまるで一輪の小さな赤い梅に見えたような気がしました。そしてそのままゆっくりと寝てしまいました。
沫雪と思われた雪は、夜半から季節外れの大雪に変わりました。しかし明け方近くには霙となり、やがて暖かな陽が戻ってきたので老木は花を咲かせました。通りがかった人は思わず。感嘆の声をあげて梅の花を褒めました。しかし、当の女主人はそれを見ることはできませんでした。
「梅初月・・って、昔は師走のことをそうとも言ったものさ」
僕には、お月さんが珍しく泣いているように見えた。