井戸
グラスに注いだのは、深い地中からくみ上げた井戸水でした。夏の日差しの中、それで喉を潤ませるとなんともいえない活力がもどりつつあるのを感じました。冷たく、そして甘い水です。
その脇には霊水という札もあるところを見ればなにやら霊験あらたかのようです。彼は、再度ポンプのレバーを上下に動かしました。レバーは重く全身労働だが、それとともに清涼な水がポンプから吐き出され、その下においてある木の桶に溜まってゆくのは爽快でした。
彼は、桶を両手に持ち水を頭から被りました。思わず出るため息。やがて、一人の白衣を着た男が大きな注射器のようなものを持ってきました。白衣の男は、ちらりと上半身裸の男を見ると
「ち・・ちっと・・わ、わるい・・」
とどもりがちに言って井戸の傍にあれこれ道具を広げだしました。
「修理ですか?ここの井戸は実に冷たくて気持ちいいですね。水も美味しいし」
「れ・・れいすいだ・・だから、の・・のんだの?」
「ええ、美味しいですよ」
「ま・・まぁ・・いいいい・・いいけど」白衣の男は、大きな注射器のようなものの先端を井戸の根元にある小さな口に差し込みました。
普通そんなものないよな・・と彼は不思議そうにその様子を見ていました。
男がシリンダーについているピストンをぐいと押し込めると、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ
うわぁぁぁぁ、とかいう叫び声が聞こえた気がしました。
「今、何か声がしませんでした?」
「あ、う、ん、れ、霊の、さ・・叫び声」
「霊?」
「さ・・昨晩、は・・墓場で、ほ・・捕獲した」
「・・」
「だ、から・・な・・夏は、冷たく、なななるし、ふ・・冬は、人魂・・を入れて、暖かくするの」
「じゃこの霊水って・・」
白衣の男はにかっと笑みをみせると、背を向けて去ってゆきました。