きのこ
鳥の鳴き声が響きました。甲高く木立の間を抜けてくるその声は山鳥のように思えました。青い空を隠す様に名も知らぬ木々が葉をそれぞれが思う色で天蓋を錦に染め上げ、木立の間を姿の見えぬ鳥が鳴き交わしていました。
二人の男を乗せたジープが、ゆっくりと木立に覆われた林道を走っていました。一体どうして、こんな山奥までと思いながらバイオリン引きは、道案内として助手席に座り腕組をしたまま黙り込んでいる錬金術師を時折横目で見ながらハンドルを操作していました。
紅葉が道に落ち、シーランド比が高いスパルタンでゴツゴツしたタイヤは赤や黄色の絨毯を踏みしめながら進んで往きました。そもそもは、茸狩りに行ったものの怪我をして帰ってきたという箒乗りを発明家ともども見舞いにいったのが、ここに来る羽目になった原因でした。
それは先週の事でした。
「実は面白い茸があってね」箒乗りは、自宅の古臭いソファーに腰掛け包帯をぐるぐるに巻いた右の足首をなでながら言いました。テーブルには古臭い皮の表紙をもった本が置いてありました。
「本に栞がはさんであるからそこを開いて見てごらん」錬金術師がそのページを開き、男達で顔を寄せ合うようにしてそのページを覗き込むように見ると、赤いベニテングダケに似ている茸が、水彩画のように描かれていました。当のベニテングダケと違う点はその茸の傘の中央に五芒星がくっきりと描かれていることでした。
「気味わるいな」と錬金術師が感想を言いました。「少なくても食用じゃなさそうだ」
「滅多には見れないだろうね。突然変異というかそんなものだよ」箒乗りは、指先で絵をつつ来ました。その周りの解説をしてあるらしい文字は、どこの国のものでもない。彼女はその文字を指先でなぞりました。
「これによれば、ヒーリングの魔法薬の材料になると書いてある。しかもかなり強力な薬だ。こいつを見つけたので採ろうとしたら転げ落ちてこの様だよ」箒乗りは、自分の足首をゆっくりといたわるようになでてみせました。
「それはまた興味深い茸だな、成分はなんだ?」錬金術師は好奇心を呼び起こされたようでした。
「私が知っているはずないだろう、この本には経験から導かれた結果しかないから、定性分析なんかされている筈ないだろ。もっとも、この薬を作るのに、多分科学は通用しないと思うけどね」
「悪いが、俺は全ては科学で証明できると俺は信じているけどね」錬金術師は、ふむふむと言いながらその茸の絵をじっくりと眺めました。
「勝手にしておくれ」と箒乗りは、彼から目を離して、発明家とバイオリン弾きに目を移しました。
「ただね、この茸は早く採らないと枯れてしまうんだ、で悪いけど私の代わりに採りに行ってくれると嬉しいのだけど・・・」
箒乗りは、いまだかつて見せたことのない哀れみを感じさせるような上目遣いで2人の男達を見ました。そんなものだから、これはよほどの大事に違いないと、男達は思って二つ返事で行くことになってしまったのです。
「ただ、酷い幻覚作用があるからね。絶対に食べちゃだめだよ」と箒乗りは釘を刺しましたが
(あんな毒々しい色の茸を食べる奴の気が知れない)と男達は、心の中で有り得ないと思いつつ「分かった」と頷きました。
ジープが狭い林道の斜面に乗り上げる格好で停車しました。二人は、山の装備に着替えると藪の中に分け入りました。
「熊に逢いたくないなぁ」
バイオリン弾きが先頭を歩きながらぼやきました。
「猪も嫌だし」
「音を出すものは持ってこなかったのか」錬金術師が訊きました。遠くで鳥が鳴きました
「ハーモニカとかオカリナはあるよ」バイオリン弾きは答えてマウンテンパーカーのポケットからオカリナを出して見せました。「これ小さいけど良い音が出るんだ」
「鉦とか鈴は?」
「打楽器は、太鼓以外は得意じゃないし」
「そういうものじゃないだろう」錬金術師は、片目だけガラスが入った眼鏡をかけていました。
それは発明家が作った小型のディスプレイであり。彼は、直前になって寒いのが嫌だと同行を拒否した上で、これは便利だからと渡した道具でした。
その片目のディスプレイには、地図と現在位置が映し出されていました。いわばGPS内臓の小型ディスプレイです。そして、近くに何か恒温動物が近づけばそれが分かる様にもなっている。しかし、危険な動物を遠ざける設備はこれにはありません。こっちで早めに見つけて逃げることしかできません。
作った本人は、ぬくぬくと自分の部屋で温まっていることだろうそれがどうにも腹だたしかく思えました
「おっと・・」前でバイオン弾きが身をかがめました
「なんだ?」
「これ食べられるかな?」とバイオン弾きは一つの茸を採って差し出しました
「ちょっと待て」と錬金術師は、眼鏡の脇にある小さいダイアルを回しました。
ディスプレイの映像がメニューに戻り、その中にある図鑑を選択して茸を見ると
見たキノコの名前やその情報が出てきました。
「イッポンシメジだと・・やめときな」
道はあるにはあるが、それはまるで獣道にも似ていいました。左右の藪は常に体をこすり、足もとは濡れた落ち葉で覆われていますのでうっかりすれば滑って転びそうでした。
「前から何か来る」錬金術師は、ディスプレイに赤い点が映るのを見て言いました。
「・・え、熊?」
「分からない、複数だ」
「もどろうか・・」
そのとき、人の声が聞こえました。鈴の音もします。やがてちょうどこれから山を降りてくる人々の一行に出くわしました。
みな、竹を編んだ籠を背負いその中には多くの茸を入れています。
「あんたがたも茸かね」前を歩いていた老人が訊きました
「ええ、まあ」
「気をつけなせね、今年はブナの実の入りがわろうて、熊がよう出とるすけ。あどな、この先の縄の向こうは人のもんだすけ入ったらいがんよ」
「ええ」
「んじゃ、きばって沢山とりなせね」
二人は、藪の中に半身を入れて人々がゆっくりとすれ違うのをまちました。
「熊だってさ」バイオン弾きは空を仰ぎました。「なんてこったい」
「ま・・仕方あるまい」
「あともう少しだ」しかし、目的地は、明らかに老人達の言っていた縄の向こうにありした。
「まずいなぁ」バイオリン弾きは言いました。
「見つかったら非常にまずい」
「いや、魔女のいうことが本当なら、毒キノコを採ったところで文句は言われまい」
「そうかなぁ」バイオリン弾きは不承不承縄を跨ぎました。
道なき道の路傍にそれは生えていました
派手な色あいが確かに毒毒しくそして中央には例の模様がくっきりと刻まれるように描かれていました。
「ここは、妙に空間がゆがんでいる気がする」バイオリン弾きはその茸を一本てにとって暫く眺めたあとで、錬金術師に渡しました。
「サアイルダケ・・猛毒だと」錬金術師は言いました。
「さあ要るだけ採れってかな」バイオリン弾きは、そう言いつつ周囲に点在して生えている茸を採取しました。
「見るからに食べたくないけど、たしかに魔女が言ってたのはこれみたいだな」
籠とか持ってこなかったので、手に3本も握るともうもてなくなりました。
「もう引き上げようか」
と、その時藪の中でガサっという音がしたと思うと熊が顔を覗かせました。思わぬ場所でであったものだから、熊の方も驚き一瞬たじろいだかのように見えたが、そのまま
二人に近づいてきました。
「大声をあげるんだ」錬金術師が言いましたが二人とも、腰がひけるだけでした。
そしてやがて熊が、後ろ足で立ち上がろうとしたときに、上空で大きな音がした
「やっほう!!」箒乗りが箒から何かを落としながら旋回をしてやって来ました。
続けて爆音して、熊は驚いて逃げて行きました
「あーりがとう!!調子よくなったので様子見に来たよ。でも歩けないからさこれに茸をいれてくれない」彼女は、一個の籠を紐に吊るして下ろしてきました。
二人が茸を籠にいれると、箒乗りはそれをするすると引き上げました。
「ご協力感謝!!」
そして、秋の空高く飛び去って行きました。
「まぁ、有難いというか、はた迷惑というかさっさと下ろうか」バイオリン弾きは、ため息をつきました
「熊が戻ってきたら嫌だし」
「全くだ、本日は紅葉を楽しんだということで良しとしようか」
ジープの傍にくると、老人達がたむろをしていました。ひとりの老婆が、足を地面に投げ出してしかめっつらをして脚をさすっていました。
「ああ、よかった。」と独りの爺さんが二人の方にやってきた。
「すまねぇが、婆さんを車に乗せてやってくんなせね」
「ええ、乗り心地はよくないですけど、挫いたんですか」
バイオリン弾きは、その老婆の傍に歩みながら言いました。
「ああ、なんかさっきでけぇ音がすて、婆さんが驚いてこけてしまっただよ」老人は、彼の後ろから言った
「なんでしょうね、あの音」バイオリン弾きはあのバカと心の中で箒乗りをなじりました。
「じゃあ背負いますから・・」とバイオリン弾きは、老婆の前でしゃがみこみました
「わりぃねぇ」老婆は、両手をバイオリン弾きの首に回しました。
老婆は、ジープの助手席に乗せ、錬金術師ともう一人の老人が後ろのシートを外したあとの荷台に乗り込みました。
「あんだら、てぶらかね」
荷台が空なのを見て、老人は言いました・
「ま、素人じゃ無理みたいです」錬金術師が苦笑いをしながら答えました。
エンジンがかかり、ジーブはゆっくりと動きだしました。
途中で、万が一の事を考えて、救急車を呼びに行った老人を抜きました。あまりに山奥なので電話の電波が届かないのだということでした。
老婆の元気な姿を認めると、急ぎながら下っていた老人は「じゃここで休んでゆくべ」と腰を落ち着けてしゃがみこみました。
なんだかんだと、村に下りると二人は老婆の家の宴会に呼ばれてしまい大きな囲炉裏の真ん中でぐつぐつと煮立っている採りたての茸汁をふんだんに食べさせられ、そして地酒を勧められるままに呑まされました
そして酔いが回るうちに、爺の一人が籠の中から赤い毒々しい色の茸を取り出しました
「なぁに爺様なんで毒茸を採ってきたがね」ばあ様の一人がそれを取り上げた。
その傘の中央には五芒星が浮かんでいました。
その同じ頃、魔女はふんふんと鼻歌を歌いながら、色彩の怪しい茸を手にとってそして、そっと呪文を唱えました。しかし、特になにも変わらないままです。
あれ?というような顔をして再び呪文をとなえたが、何も起きません
あれ、という顔をしてちょっとそれを齧ってみましたが、苦いのなんの、うわっと叫んでそれを吐き出してしまいました。
酔いの中で、錬金術師は妙なものを見ました。婆さんに手にある爺様から取り上げた茸がいつの間にか松茸に変わっていたのでした。
「いやぁ、毒茸の癖してええ香りがするから持ってきてみれば、なんだぁこりゃ松茸に変わっただべ」婆さんも驚いていたがそれを採った爺さんも不思議そうにそれを眺めていました。
「松茸にねぇ」錬金術師は囲炉裏の横でごろんと横になりました。
あのバカ、マツタケの外観を毒キノコ風に変えて盗む気だったんだな。
すると、あの茸は本物の毒かも知れないな、食ってなければいいけどバイオリン弾きはバイオリン弾きで三味線片手に、民謡を歌い続けているのが聞こえました。その音にあわせて爺婆もまけじと歌い続けていました。秋の夜は長くそして深く音に併せて野良猫が鳴きました。