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リス

 霧雨は、秋深い木立の間を降り注ぎました。カラスウリの実が山茶花の葉の間で濡れそぼった赤色を映えさせています。発明家は木立の中にある遊歩道をゆっくりと歩いていました。その細い道の両脇にはアオキが所々に生い茂っています。

 この辺りでは滅多に雪が降ることはありません。既に常緑樹以外は葉を落とし、道はかさかさと鳴る枯葉に覆われていました。高い木の梢の上の方でキャンキャンという犬の声に似た声がしたかと思うと、枝から枝へと渡り歩くリスの姿がみえました。


 冬眠することのない、まるまる太ったリスがこの辺りには多く住んでいます。秋の間には木の実を食べ尽くしてしまうので、彼らは食べるものに窮したあげく木の皮を齧って飢えをしのぎます。だから、樹皮を剥がされた木々があちこちで目に付きます。そして樹皮を多く失った木はいずれ枯死してしまいます。昔から、他の国から持ち込まれたこのリスについては、問題は山積みでした。見た目が可愛いので、うっかり餌を与える人も居るので知らぬ間に繁殖しともすれば、家屋にも被害を与えています。


 布地に十分なワックスを塗りこんだマウンテンパーカーに身を包んでいるので、なんとか霧雨を弾いてはいますが、アンダーに着ているフリースが薄いせいか寒さがじんわりとしみてきます。まだまだと思いながらもやはり冬近づいて来ているのだと彼は感じました。


 彼は道の途中にある、自然観察のための施設に寄りました。観察小屋というだけでなく、自然環境に関わる行政の出張所みたいな施設でもありました。従って、わざわざこんな奥まで苦情なども言いにくる人も時々います。


 冬前に訪れる渡り鳥を探しに来ているのか大きなスコープを持った人々が入れ違いに

出て行きました。施設の受付の女性は、瞬間笑みを送ってよこしましたが、基本的に話しかけなければ来客と会話を交わす気は無いらしく、パソコンのキーボードを叩きながら何かのデータを打ち込こむ作業に戻りました。

 話しかけるきっかけを失い、彼は展示されている虫や木の葉の標本を眺め、子供向けのクイズ書かれたいくつかの本をめくってみました。窓際の水槽には、じっとしている水生昆虫やタニシ、カワニナが飼われていました。その手前の紙に、水槽に飼われている生き物の写真とその説明が大きな文字で書かれ、漢字にはルビが振られていました。

 受付の方で、電話を相手に話している女性の声が響きました。

「何?未だ来ていないみたい。今日?、納品なの?」

彼は、きっと自分の事かもしれないとそそくさと、きびすを返して受付の前に戻りました。

「あ・・あの、こ・・これ、た、頼まれたもの・・」どきまぎしながら、一つの箱をカウンターに置きました。

「え?」受付の女性は、おやという顔をして、箱を手にとりました。

「あなたが?」彼は頷いて、数枚の紙をスティプラーで止めたものをポケットから出しました。

「こ・これ、し・仕様です。」

「あ、どうも。」女性は、眼鏡をかけてじっと紙を眺めました。

「あ、今来たみたい」と電話の女性の声が大きく響いた。そして受話器を置きました。

受付の女性は、渡された紙にさっと目を通しました。

「これ、本当?雌しか産まない雌って?」女性は胡散臭そうに彼と紙を交互に見ました。彼は頷くと紙にに書いてある遺伝子の説明部分を指しました。ATGCの文字の羅列があって専門家以外には分かりそうもありません。こんなところは読まないだろうなと彼は心の中で思いまいした。

 受付の女性は箱蓋をそっと開けました。中には眠った状態のリスが丸くなって入っていました。顔を尾の中に埋めるようにしています。

「分かりました、先ずは試験運用させていただきます」

その女性の後ろから、今まで電話をしていた女性が顔を覗かせて箱をのぞき込みました。

「うわぁ、可愛い!!」と電話の女性が思わず声をあげました「触っていい?」

「・・・」受付の女性は、彼の顔をどう?って感じで見返しました。

彼は、頷いただけだした

「いいんじゃない」受付の女性が言う前に後ろの女性は手を伸ばしていました。

「そ・・それじゃ」彼は、受領書を貰うと軽く会釈をして足早に建物から出て往きました。


 彼は、自然観察の為に人手が入った雑木林を歩きながら思いに耽っていました。

 確かに、あの個体はこれからあのリスの増殖を抑え、やがてはこの辺りでの絶滅も可能かもしれないだろう。しかし、問題が唯一問題があるとすれば、あの個体から生まれる雌が他のリスに比べて異様に可愛いということだ。そして他のリスよりは賢い行動をする。

 そして問題は、このリスにあるのではなく人にある。誰しも可愛い動物には情が移ってしまう、そしてわずかにも知性の断片に気がつけば、どう行動するだろうか?。

彼は、自然公園の出口へ向かって歩き続けました。その道のあちこちではリス達が可愛い鳴き声を立てていました。




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