風見鶏
波間には、一つのビーチボールが浮かんでいました。海岸には海草やら、ゴミやらが絡み合って出来た細長い堆積物が満潮線沿いに何処までも続いていました。
その砂浜に足跡を付けながら発明家は、ゆっくりと俯きながら歩いていました。海からの風は、もじゃもじゃした彼の髪をかき乱し、服の襟を煽りました。黒い雲がいくつも沖からの風に乗って流れてきました。
彼は両手で一つの小さな機械を持ち、その液晶パネルに表示された正六角形の各辺が交互に明るくなったり消えたりするのを見ていました。
そして、ふらふらと歩き続け、やがてその六角形の辺の全てが点灯した場所で足を止めました。
そこには錆付いた一つの風見鶏が海草に絡まって落ちていました。
彼はそれを拾いあげ、丁寧にゴミを取り除きました。彼はその足の部分を持って腕を
一杯に伸ばして空に掲げると、風を受けた風見鶏はゆっくりと回りはじめました。
全てはこれが始まりだったなと彼は思い起こしました。
遠い昔
薄暗い部屋で風見鶏は回っていました。
「何で風見鶏なんだ」とカーキー色の軍服の男は訊きました。
「もっと他に持ちやすいものとかに出来なかったのか」
その時彼は、戦場に近い場所に移動し、後方にて新兵器の説明をしていました。
「ま、万が一、奪取ささされそうになった場合でも、こ・・・・こここの形のために見過ごし易くなるからです」彼は、緊張して起立をしたまま答えました。
「じゃ旗手にでも持たせて先頭を歩かせるのか?」
軍服は、椅子に座り両手をテーブルの上で組んでいた。その指がいらついたように、何度も 指を組み替えているのが彼にも見えました。
「あ、・・い・・いいえ、・・・ぶ分解可能なので、ひひ必要な時に組み立てる
事ができます」
「もう一度訊くが、これで本当に部隊を無線で連絡することなく我々の指示通りに動かせるのだね?」
「・・・はい、せ説明しししましたとおり、に・・入力装置にい・・移動先を入力しますと、り量子もつれ効果により、じじ情報を電波を使用せずに伝えることがかか可能です。・・・・かか・・・風見鶏は、あ、う・・そその位置に向かう方角をを内臓したモーターにより知らあ、あ、示めします。こ・・攻撃目標および・・・こ攻撃・・かか開始時刻は、・・・・と鳥本体に設置された・・あ・・・うう薄型液晶ディスプレイに・・・ひひ表示されます・・・えーーーそれで・・・それで」
「分かった」軍服は組んだ手をほぐして片手をあげて彼の言葉を静止させました。
「明日の作戦に導入して、効果があれば継続して投入してみよう」
「あ、ありがとうございます」彼は最敬礼をして回れ右をして立ち去りました。
「ま、やらないよりマシだろう、いずれにしろもうこれ以上は良くはならないさ」軍服は、机に置かれた地図上に侵攻に失敗した印が多いことに、ため息をつきました。
「いずれ、本格的に撤退だな」
その作戦は見事に的中しました。後退を続けていた味方は、やっと敵を退けることができたのです。
彼は再び呼び出され、彼の試作品の量産が決定したことを通知されました。
「しかしな・・・」と軍服は不思議そうにいいました。
「一部の部隊が指示通りに動かなかったらしいのだもっとも、そのおかげで戦果を挙げられたのだが本当に機械は大丈夫なのだろうね?」
「あ、・・・はい、き・・・きっとその部隊は自己判断で危険を回避したのではないでしょうか?」
「ああ、確かにあの部隊は優秀だからそうかもしれない」
実際は違うと、彼は言わずにいたもう一つの機能のことを考えていました。
戦略予報プログラムと彼はそれを呼んでいました。後方にて戦略を立てるエリート達が考えそして、彼の作った機械に入力すると、その期待される戦果を予測し、最もその効果が得られる場所に部隊を移動させるものでした。
下手な戦略家が、立てるよりずっとマシな選択ができる筈だったのです。
その結果は、驚くほど戦果として現れました。押され気味だった味方は、数や火力としては敵に敵いそうに無かったにもかかわらず進軍を続けることができました。
結果、その戦争は勝利した。筈でした。しかし、彼は投獄されたのです。
軍部にではない、公安にでした。
「な・・なな・・んで」彼はある日面接にやってきた男に向かって抗議しました。
彼は暗い部屋の中で硬い椅子に座らされ両手を後ろ手に縛られていました。強い明かりが男の後ろから照らされていたので、彼にはその男の顔を見る事は出来ませんでした。
「こ・・こんな目に」
「私も、君をこんな目に合わせる気はなかった」
男の声は、重く静かでした。
「なんと言っても、この戦争ではきっと君の発明が非常に役にたったからね」
「じ・・じゃ・・なんで?」
「この勝利で、国は大きく方向転換するだろう」男は、明かりの中で足を組んだ。両手が、その腿の上にのせられた。
「国民は大いに振るい立って、まさに勝利の気分だ。しかしね、この戦争の真の目的は 負ける事にあったんだ。」
「な・・なに・・」
「そう、君は思うだろうね。負ければ多くの戦死者が出る。負けた我々には色々な賠償や、戦犯が罰せられる。しかし我々はここで負けることにより、軍部の力を削ぐつもりだった。潜在的に、政治的な力を得ようとする動きが見えていたかからね。しかし、この勝利は、いまや軍の力を強めているし彼らは国民の声に押されて暴走するだろうね。
やがては、もっと大きな戦争に手を出すだろう、その時は、きっと計り知れない犠牲者が出る。」
「ぼ・・ぼくの・・せ・せい?」
「そうとは言わない、君はよくやってくれた。ただ、我々の思う方向とは違っただけさ、できれば風見鶏はそれなりに力の向く方向を向いていれば欲しかった。自らの考えで風に立ち向かうものじゃない」
「わ・わたしは?し・・しけい?」
「そんなことはしない、する気もない。ただ、君にはこの世界から出てもらう」彼の背後でドアの開く音がしました。振り向くと光の中に背の高い男が居ました。
「後ろのドアから出れば、彼が君を連れていってくれる、土産に君の風見鶏をあげよう」前の男は、風見鶏の枝を持ってそれを差し床に置きました。「元気でな」
男は光の中から去り明かりは消されました。手首を縛っていた縛めが解かれました。
「立て」と背広姿の男が彼を急かしました。
彼は立ち上がりました。
後ろを向くと、大きく開かれたドアの向こうは太陽の明かりで白く輝いていました。
「行け、そしてもう戻ってくるな」公安の男の顔は憔悴していました。
「戻れないさ」彼の背後の男が言いました。「もうここへ戻ってくることはできない」そして「さあ行こう、時間がもったいない」と声をかけました。
彼は背広の男とともにドアを出ると、日差しの中で日時計のような装置の脇に二人は立った。
「貴方は?」彼は訊きました
「多世界を研究のために旅するものさ、錬金術師とも言われるが、別にそういうことを生業にしている訳じゃあない」
装置は音をたて、やがて二人は別の世界へと移動してゆきました。
彼はこの世界に連れてこられたとき、怒りと悲しみで、返された風見鶏を海に投げ捨てました。そして、長い時を経て、彼はそれを再び拾いあげました。錆びてもう本来の機能を持たない風見鶏は、ただの風見鶏でしかありません。しかし、俺は風見鶏じゃあないと彼は、思いました。俺は俺の風に従ってみせる。そしていつか帰ってやる。
風はやがて雨を運んできました。彼は、雨にぬれそぼちながら、暫く海を見ていましたが、砂浜に残されていた彼の足跡がゆっくりと崩れてゆき、彼は海に背をむけた。
垂れ込めた雲が灰色の雨を地面に落としながらゆっくりと移動して彼を追いました。