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ブイ

 夜霧の漂う波間に糸の切れた浮きが漂っていました。波に翻弄され上がったり下がったり風も無いのでその場所でその動きばかりを繰り返しています。その浮きが何かに絡まったのか、ふと波の中に沈み込み、そしてまた浮かんでくると、小波を従えてすーっと海の上を滑るように移動を始めました。


 遠くには、霧の中で多くの船がゆっくりと港を目指したり、港から出て行こうとしていました。その船の窓から漏れる黄色い明かりが霧を静かに照らしていました。


 波間から突き出た黒い岩礁に一本の白い手が海の中からにょきと現れ、その岩肌に指を突き立てました。そしてもう一本の腕が現れると、続くようにして黒く長い髪を持った頭が波の上に現れました。波の飛沫がその白い顔叩きますがそれにもめげず、ゆっくりと女性の上半身が生まれたままの姿でその岩礁の上によじ登ってきました。

 それは確かに上半身は人の女性のものだしたが、下半身はまるっきり魚のものと同じ

形をしていました。人魚です。

 その人魚は、髪に絡みついた釣り糸をゆっくりとした手つきで長い絹のような黒髪から解いてゆきました。霧は更に深くなり、航路を往来する船は皆霧笛を鳴らし、見張りを立ててゆっくりと進んでいます。

 人魚の居る岩礁は、航路の端にあるものの昔から危険な存在だったので、多くの船がここに座礁しそして海の藻屑となった歴史がその海にはありました。

 それを昔からこの辺りの人々は人魚の仕業と呼んでいました。霧の濃い日、その中を引き寄せられるような美しい歌声が聞こえるといいます。その声に思わず引き寄せられるように舵を切ってしまい座礁するのという言い伝えです。


 そして、岩礁の位置を知らせる為に一つのブイが波間に浮いて赤いランプを夜な夜なゆらゆらと点滅させていました。人魚は、岩の上で一つ息を吸いました。

 「さぁ、往く船よ・・私の歌をお聴き。そして、海の藻屑をなってしまいなさい」

そういって半人半漁の姿をした人魚は、波の音をリズムに軽やかに歌いだしまた。

 睡けを誘うようなその声は、船の見張りから注意力を奪い、舵を持つ者は、その声の方向にむけて舵を切りそうな美しい声でした。

 遠くからはその歌に応えるかのように汽笛が鳴り響き、そしてブイの明かりが弱まりました。やがて、霧の中から大きなタンカーが姿を現して、静かに航路を慎重に突き進みました。

 人魚の前をゆっくりとゆっくりとその巨体は進んで行きました。


「あら・・また行ってしまったわ。なんでかしらねえ」人魚は、残念そうに岩の上でふたくされて横になりました。

「他の歌に変えようかしら」


タンカーの甲板で見張りをしていた男が、交替の見張りと入れ替わると、上の操舵室に登って、ニコニコしながら操舵手の傍にやってきました。

「ジュゴンをみたよ」

「すごいなぁ、レッドブックに載っている動物だよなぁ何処にいたんだい?」

操舵手は、舵を持ったまま正面を向いて答えました。

「航路の傍にある、岩だよ」

「ああ、あの岩か、昔はあそこでかなり難破したらしいな、それでブイもあるのだけど、今はGPSもレーダーもあるから、よほど馬鹿をしないとあそこで座礁なんか考えられないよ、それにしてもジュゴンが岩にあがるわけないし、この辺りに生息する訳けないよ」

「ブイかぁ、まれにあそこのブイの明かりが消えるらしいよ。さっきもちょっと消えかかっていたし」

「それは、あとで報告しておかないと、いくら機器が発達しても故障でもしたら、頼りなげなあのブイがすばらしく役にたってくれるのだから、さてもっと速度を落として、右舷の岸に近い処には養殖用の生け簀もあるからね」


 お月さんは、波間で横になっている過剰に太った人魚を見てため息をつきました。生簀の魚の食べすぎだよ・・昔は綺麗だったのにねぇこれじゃまったくジュゴンだよ。やがて人魚は大きないびきをかいて大の字になったまま寝てしまいました。


 その鼾を他の船の汽笛と勘違いした小船があわてて舵を切りすぎて座礁してしまったので、驚いた人魚は一目散に海中に逃げてしまいました。


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