渚でのお話
私を殺したのは、だあれ?
あなた?それともあなた?
寒さは海の色を変える、プランクトンは減り海に近寄る人も少なくなるから。透明になってゆく。僕は、その日の昼をシーカッヤクの上で過ごして偏光グラスを通して海底に生える海草やその合間を縫うように泳ぐ魚やウミウシを見ていた。
砂に覆われた海底の上を漕ぐときは降り注ぐ冬の太陽の明かりにカヤックの影がその波打つ砂地にくっきりと映った。時折すれ違うカヤッカー達とはお日柄の良さを挨拶代わりに軽く歓談をしてそして、パドルを動かすちょっとした休日だ。
夜が更けるにつれて寒さがテントを訪問する。凍えそうになる前にテントの前室でゆっくりを夕食を準備をする。オイルサーディンの蓋を開けてチューブ入りのニンニクと醤油を少々入れて缶ごとバーナーの上で暖める。ポットに入れておいたお湯で焼酎を割ってそのオイルサーディンを味わう。血管の中をアルコールが駆け巡る間にフリーズドライの食品にお湯を入れて簡単な食事を準備する。お腹が満足したところで小さなヘッドライトで 読みかけの本のページを照らして、小さな文字を追いかける。睡魔がやってきたところで暖かなシュラフにずっぽりと潜りこむ。目が覚めたのは、誰かがいたずらにテントを
揺らしたからだった。まだ、お月さんでも酒をねだりにきたのかなとジッパーをあけて外を見れば、月夜に照らされて一人の少女がニコニコとした笑顔でこんにちわと会釈をした。
まったくこんな時間まで、小さい子供を遊ばせておく親の顔を見たいものだと思いつつ、ジッパーを全開にして外にでると「こんにちわ」と、会釈をしてお父さん、お母さんは?と聞いた。すると少女は、あっちと言って海沿いに立ち並ぶ漁村の方を指さした。
すると、村の子なのか。
「もう遅いから帰った方がいいよ」僕は、諭すように言った。「みんなが心配しているよ」
「ううん」と少女は首を横に振った。
「今夜は、遅くまで遊んでいていいの」
なにか、この村の風習でそういうものでもあるのだろうか?僕は訝しげに少女の白い顔をみた。まるで時代錯誤のようなおかっぱ頭に、大きな目そして白い薄手のワンピースの服 寒くないのだろうか、と思いつつ冬でも半ズボン姿の子供もよく見かけるのでそういうものかとむりやり納得した。
「ねぇ、お兄ちゃんあそぼ?」と少女は、僕の手をとった、ぞっとするほど冷たい手だった。
「もう遅いから、お帰り」と言ったものの、少女は聞き分けなく遊ぼうって言うだけだった。
「ちょっとだけだよ」と僕は、仕方なく言った
「何をするの?」
「綺麗なものを探すの」と少女は言ってワンピースの小さなポケットに手を入れて何かを取り出すと僕の前で掌を広げてみせた。どこにでもある、小さな二枚貝がいくつかあった
「一番綺麗なものを拾った方が勝ち」夜の夜中にビーチコーミングかい。
僕は、潮が運んできた満潮線沿いに溜まったゴミに沿って歩いた。ほとんどは、海草やプラスチックのゴミばかりでこれといったものは見つけられそうにない。仕方なく、波で削れられた色ガラスの破片を集めたこれはこれで、透明なビンに溜め込むと綺麗な置物になるし、もし芸術的な才能があればそのガラスを透明なガラスに接着してちょっとしたステンドグラスみたいのも作ることができる筈だ。
少女は、白いワンピース姿を闇夜に浮かび上がらせながら僕の前をちょこちょこと歩いては、足を止め。またちょこちょこと先に進んでしまう。
僕はまだ残る眠気に足を引っ張られながら、しかも腰をかがめてながら月夜に目をこらしているものだから、歩みは亀のようにのろかった。
しばらくして、目を先の方にむけると少女はじゃがみこんで、何かを叩こうをしている
ようだった。何か面白いものを見つけたのかなと、そそくさを傍に来てびっくりした
少女は右手に石を握ってふりかざし、叩きつけようとしていたのは、貝殻がついて分かりにくいがまさに不発弾そのものだった。僕は、石に上に置かれた不発弾を蹴り飛ばした
少女の顔が泣きそうになって、そして闇に消えた。
僕は、暫く少女を探してみたが何処にもいなかった。テントに戻るとお月さんが、僕のテントの前で焼酎のお湯割りを自分で作って寛いでいた
「やぁ・・女泣かせ」お月さんが言った。
「見ていたのかい」僕はバツが悪かった。
「彼女は何処に行ったか知っている?」
「分かっているくせに」お月さんは、ふんと鼻をならした。
「やっぱり、あれ?」
「そう、あれ・・・こんな深夜に子供が遊びにくると思うか」お月さんは、遠くを見るような顔つきになった
「昔、昔、このあたりで戦があってね。数え切れないほどの銃弾が飛び交ったんだ。当然、不発弾もごろごろと散らばってしまう。そして、暫くして平和な時期になって海岸線で一人の少女が、不発弾を拾ってそれを好奇心で石で叩いてしまったんだ。」お月さんは、ふぅと言った。
「弾は暴発、少女は直ぐに病院に運ばれたけど、まもなく死んでしまった。」
「その時の、思念がここをうろうろしているのかい?」と訊くと、お月さんは、頷いた。
蒼い波は静かに時を奏でるように寄せては返す。巨大なこの海でさえ、飲み込めないものが多くありすぎる。ごみ、そして行くあてのない怨念、忘れさられたものでさえ何時かこの海岸線に戻ってくるのだろうあれこれ、考えていたら僕はすっかり眠りそこねた。
一夜の出会いではあるが、僕は村にある小さな花屋で仏花を購入すると、そっと波間に投げ込んだ。
私を殺したのはだあれ?
それは、あなた。
ある日、遠くの南の島の波打ち際に一匹の海亀の死骸があがった。
胃の中からはプラスチックやら花を包むセロハンが発見されたという