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落ち葉の話

横になって寝ている僕を、お月さんが揺り起こした。

「風鬼が来ているよ」

ぼうっとした頭で僕は鸚鵡返しに答えた

「風鬼?」

「そう、冬が近い証拠だ」僕は、のろのろと起き出して布団から出ると、そっと窓をあけた。外では、風が舞っていた。河川敷に沿いにある街灯に照らされて沢山の枯葉が風に煽られて舞い上がっては、地面に叩きつけられている。それ以外には何も見えない。

「何処にいるの?」

「風の中に潜んでいる」お月さんは、僕の体にのしかかる感じで一緒に外をみた

「どこもかしこも鬼だらけだ」

「見えないけど」

「こういう日はきっと奴も来ていそうだから外に出てみようか」

「鬼でしょ、嫌だなあ」

「いや、可愛いものだよ。でもちょっとしつこいけどな」外では、強い風が舞っていた。窓から見たように沢山の落ち葉が竜巻の様にくるくる回ってはふわりと散ってまた、どこかで枯葉にロンドを踊らせ続けるその風の中に、一つの音が混じっていた

バイオリンの音のようだった、風が電線を笛のようにかき鳴らして別の弦の音がそれに合わせているようにも聞こえる。彼は、河川敷の中にある一本の大きな欅の下で椅子に座って大きな楽器を抱えていた。

 僕らが彼の傍に行くと何かが欅の木の周りを回っているようだった、欅が落とした木の葉のようだ。それがぐるぐると木の周りを回っている。バイオリン弾きはチェロを抱えて弾いたり爪弾いたりしてメロディを奏でる。そして、ふと横目で僕らの姿を捉えると、手を止めるのがもったいないのか、軽く会釈だけしてみせた。

「風鬼達が踊っているよ」お月さんが、そっと耳打ちをした。

良く目を凝らせば、何かが落ち葉を身にまとってくるくる回りながら踊っている。あまりにも激しく踊るものだから、つけた落ち葉が剥がれてしまってそそくさを拾うけど、その間も踊をやめようともしない

「ああやってずっと踊っているのかな?」

「踊りを止めたら居なくなってしまうから踊り続けるのだな」

「死んじゃうの?」

「秋は死なないさ、昇華して存在が希薄になるんだ。そして来年になれば山の何処で凝結してまた踊り続けるんだ」

チェロの音が、テンポの良いメロディになっていつの間にか欅の周りには沢山のロンドが出来あがっていた。

沢山の落ち葉が集まってきた。ポプラの大きな葉さえ混じっている。風の中で落ち葉がぐるぐると踊っている。時々ロンドの輪が木の真ん中によってくると、鬼達の姿が良く見えた。

鬼というより、茶や赤や黄色の子供の幽霊みたいだ。僕は、良く見ようと傍によってみた

「あまり傍に近づいちゃ、だめだよ」きっとロンドを壊す事になるのだろうぼくがうんと返事をしたとき、何かが僕の腕を掴んだ様に感じられそのまま引き込まれて僕はロンドの中にいた。

「あーあ、やっちゃたぁ」お月さんは、そう言ってけらけらと笑った。

僕は、輪の中で鬼達に混じってくるくるまわったり手をつないだり、そしてステップを踏んだ。

「ねぇ、どうすればいいの?」

僕は周りながら、お月さんの傍に戻ってくると風に負けない大声で聞いた。

「なぁに、踊りは難しくはないさ」お月さんも大声で答えた。「足がもつれても踊り続ければいいのさ」

うそだろう、僕の心臓は、高鳴り始めた。そんな体力ないよ。

「でも、疲れたらぁ・・」また、お月さんの元に戻ってきた。

「それでも、踊り続けるんだよ」お月さんは、未だ笑っていた

「その時は、バイオリン弾きがゆっくり弾いてくれるさ」しかし、バイオリン弾きは目を閉じて弦を鳴らしていた。


 風が弱まって来ると、踊りの輪が次第に消滅をして行き僕は解放され、欅の根元にもたれた。落ち葉が山の様に積まれてふんわりと僕の身を支えてくれて心地よかった。

そのままぐったりと眠りこけた僕をおぶってくれたのは、お月さんなのか、バイオリン弾きなのかはよく分からないけれど、気が付いたら落ち葉を沢山身につけたまま布団の上で目を覚ました。

 時刻は昼を回っていた。のどが酷く渇き台所に行くとさつまいもがごろごろと床に置かれて、その上にへたくそな字で夕方から焼き芋をやるから頼むと太いマジックで広告の紙の裏にで置手紙が書かれていた。まったく人使いの荒い連中だ。僕は、足も腰も筋肉痛でとても動く気になれなかったので夕方までの時間を寝て過ごすことにした


 起こしにきたのは、滅多に外に出てこない発明家だった、青白い顔をして目が落ち窪んでいるから、季節外れの幽霊にしか見えなかった。

「や・・」と発明家は、それだけ言って僕の顔を見ると自分でドアを閉めて行ってしまった。

 僕は、新聞紙を水で湿らせて芋にまきつけるとその周りをさらにアルミホイルで丁寧に覆った。その数10本、こんなに誰が食べるというのだ?これをコンビニの袋に詰めて河川敷に出ると熊手を持った、発明家とバイオリン弾きと錬金術師が夕暮れの枯葉の山の前に立っていた。隣の河川敷では、大音量で音楽を聴いている若者達が、激しく踊っていた。BBQのお開きの前に盛大に締めようとしているのだろうか

「やぁやぁ主役のお出ましだ」錬金術師が言った

「何者だ」と僕は主役みたいに言った。

「いや、私の誰何に答えろ」とバイオリン弾きが仰々しく聞いた。

「王様万歳!」僕は答えた

「バーナードか?」とバイオリン弾きが言った。

「そうだ・・」と自分からネタをふっておいてまさか乗ってくるとは思わなかった僕は

「いいっすいいっす・・芋焼きましょう」とコンビニ袋から銀色の服を纏った芋を出した

「なんだ、せめて王様の亡霊が出るまでやろうよ」とバイオリン弾きがむくれた。

「いや、覚えているのがここまでなんで・・」

「本?」と発明家が、一枚のフィルム状のディスプレイを懐から取り出した。

「ハムレット・・・」とそれを丸めたまま僕の脇をつついた。横目で見ればしっかりその本の最初の部分が表示されている。

「いやいや、こいつには芋の準備をしてもらわねばな」と錬金術師が、熊手を構えるとその柄にぽっと火をともした。

「ほれ、焼くべきか、焼かざるべきかは問題じゃない今日は、焼く日なのじゃ」僕は、落ち葉の山の中に芋を埋めた。

「さぁ、じゃんじゃん燃やしてやってくださいな。ついでに薪もくべてくれると嬉しいな」


 枯葉の山は、ちろちろと赤い舌を出しながら燃え煙がゆっくりと上空へと登っていった。

「秋への送り火だな」バイオリン弾きはふとそう言った。やがて火は盛んに燃えだして、僕は川辺でいくつか薪になる流木を拾ってそれに付け足した。棒きれで芋を一個だけ取り出して、ホイルを剥がすと中から焼けて黒くなった新聞紙のなれの果てがばらばらと地面に落ちて芋が姿を現した、二つに折って皮を剥いて口に入れると優しい甘みが口の中に広がった。

「食べごろだよ」

と僕が言うと、3人とも我先にと枝で芋を掻き出しにかかった。皆が無口になって芋を食べているときに、そっとお月さんが降りてきた。

「おお!皆も元気で、ホレーシオ!それとも僕の目に狂いか?」

「誰がホレーシオだって?」僕が言うと3人とも僕に目をむけた

「仰せの通りの者で」僕はとりあえず言ってあげた。

「とりあえず食べようよ」

「ちぇ!」とお月さんは、舌打ちをして、お芋に手を伸ばして食べた。

「おお、いい味出しているね」そして、まぁ食べる食べる・・・饒舌な奴が無口になって食べている。


「しかし、昨晩の踊りには参ったよ」僕は、お月さんに言った。

「でも、最後まで踊っていたじゃないか」バイオリン弾きが笑顔で代わりに答えた。

「踊りなんて、簡単さ。」

「なあに、俺からみれば人間なんてみな短い一生を踊っているのさ」お月さんが喉に芋を詰まらせながらも言った。

「足がもつれても、踊り続ければな、それなりに見栄えがするものさ」そして、んごんごと苦しみつつ飲み込んだ。

そういう話をされると、風向きが自分に悪くなりそうだったので何か別の話題に振ろうとしたところで、お月さんの方から席を立った。

おっと、今日は星どもと宴会をやるからお先に失礼と言いつつ一発屁をこいた。

「出発せい、兵士には礼砲を打てと命ぜよ」バイオリン弾きが、鼻を摘まんで行った。

あいよっと、お月さんは定位置に戻ったが、その夜星たちはまったく姿を見せなかった。今宵の月はやや黄色い色をしているし・・これが本当の芋名月?


その夜、鬼達はやってこなかった。彼らの踊りは終わり、やがて冬がやってくる。

しかし、季節が変わっても僕はやっぱり足をもつらせながら踊り続けることになるのだろう。



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