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ハエが飛び始める頃に

 暖かくなれば、何処となく、訪問者がやってくる。湿気った部屋に、温かな南風を呼び込もうと、ヒビがちょっと入ったサッシを開け放てば、不快な羽音の主は、僕の部屋でちょっとすっぱめの匂いを出しているシンクの三角コーナーを目指して一直線。

 

 そんな季節の始まり、生憎と殺虫剤は昨年の内に使い切っているので、まるめた新聞紙で、ハエを追うが、急ごしらえのハエたたきは、壁を叩くだけで、ハエはあっちにいったりこっちに来たり、しまいには何処に飛んでいったのかさえ判らなくなる。


 窓から出ていったかなと期待をして目をだけときょろきょろしていると、食べ終わったカップ麵の縁に止まって、手をする足をする。


 こんな時に、別な訪問者もやってくる。こっちはちゃんと、ドアのチャイムを鳴らすのだが、こっちの対応もおかまいなく勝手知ったる他人の家とばかりに、ずかすかとドアをあけて入って来る。


「こ、こんにちわ・・・えーーーと」と発明家が、ふっとポケットから一枚のマスクを取り出して、それを装着した。


「ハエいません。ハエ!!」どうやらマスクは、マイク内蔵のスピーカーの機能を持っているらしく、やたらでかい声が部屋に響いた。


「音量下げられないのそれ」僕は、近所迷惑にならないかと気が気でなかった。


「いえ、小声で話せば大丈夫なので」どうやら、先ほどの声は地声だったようだ。


「あ、そう。ハエなら部屋のどこかにいるよ」僕は、先ほどとまっていたカップ麵のカップを見たが、そこにはもう居なかった。「いい駆除装置でも作ったの?」


「はい!」彼は嬉しそうな声を上げて、肩から斜に掛けていた鞄に手を突っ込んで、小さいドローンを取り出した。


「AIハエたたき!」とそれを僕の目の前に突き出した。「太陽光パネルと、小型水素電池のハイブリッド電源で、長時間稼働OK、しかもハエの誘引物質を出しておびき寄せて駆除までしてくれる。凄いでしょ」


「いいねぇ、早速飛ばしてくれない?五月蠅くてさ」僕は、羽音を立てて飛んでいるハエを見つけた。


「よしきた!」と彼は、ドローンのスイッチを入れて飛ばした。


すると、ドローンは、ハエを追いかけ始めたのだが、どうやらハエのすばしっこさには付いてゆけないらしい。


僕の周りをハエと、ドローンがくるくる周りだして、おやおやと見守っていると、ハエが僕の手の甲にとまった、その瞬間、チクリと小さな傷みを感じた。


「イテッ」と手の甲を見れば、小さいが赤い点が見える。


「ハエってささないよな」と僕が、彼に確認すると


「ハエ駆除要に、小出力だけどレーザービームを出しているからね。」と申し訳なさそうに言った。「それが当たったかな?」


しかし、肝心のハエはまだ飛んでいた。


「外したみたいだね」と僕はじろっと彼を睨んだ。


「照準が合っていないのかなぁ」と手を伸ばしてドローンを取ろうとすると、するりとドローンは逃げてしまった。「あれ・・・」


「仕方ないなぁ」と僕もドローンの捕獲に協力したのだが、どうにも妙にすばっしこい。

「コントローラで停止できないのかい?」部屋の中でバタバタしているものだから、苦情でも言いにきたのか、チャイムが鳴った。


「全自動なんで・・・」とバタバタしながら発明家が答えた。「CPU代わりにハエ本体を使っているし・・・」


「は?」と言いながら、僕は玄関に急いだ。


玄関をあけると、大家さんが立っていて、「どうしたの?」と訊いてくる頭上をドローンが外に出て行った。


「なに、あれ?」と大家さんは、振り向いてドローンを目で追った。


「あああ・・・」と情けない声を出して、僕の後ろで発明家が情けないうめき声をだした。「にげちゃった」


「なにか、まずかったかしら?」大家さんが、不安そうに言った。


「いや、大丈夫です。」と僕は、答えた。「その、ちょっと試験飛行をしていて、捕まえようとしたら勝手に逃げるんだすよ」


「あら、そうなの。ご近所さんから、ものすごい喧嘩をしているみたいだって、電話があったから、大丈夫なのね?」


「はい、大丈夫です。怪我もありませんし」


「あまり五月蠅くしないようにね」


「申し訳ありません、気をつけます」


大家さん、フェィドアウト


「さて、どうする?」僕は、発明家に訊いた。「外ににげちゃ捕まえられるのは難しいぞ」


「うん、考える」と言って彼は、僕の部屋から出ていったが、音沙汰が無くなった。


しばらく後の初夏の陽気の中、妙な雲が空で蠢いていた。ブーンという音もする。


その黒雲はどんどん、こっちに近づいてきて、爽やかな風を入れる為に開けていた窓からどっと流れ込んできた。


全てはハエだった。ドローンは部屋をぐるぐる周り、その後ろをハエがついてくる、他にも僕の皮膚を覆う汗を吸いにハエが体に止まる、目にも、唇にも、鼻の穴にも止まる。


ひぇぇと悲鳴をあげながら、手を振り足をばたつかせる。やっと携帯をみつけ、発明家に電話を入れた。


「お前のドローンがハエの大群を連れてきたぞ」とわめきながら、僕はハエまみれになっていた。そんな状態なのに何故か、ゾンビー映画の中で、腐った肉の塊のゾンビーに何故ハエや蛆がたからないのだろうか、とふと妙に自分を鳥瞰していた。


「ああ、誘引剤のせいだと思う、でもそろそろドローンに組み込まれたハエもそろそろ死ぬと思うから、落ち着くと思う」電話の向こうで発明家は、落ち着いて答えた。


「死ねば、ハエは居なくなるのか?」


「わからないけど・・・」と発明家はぼそっと言った。「いまハエトリグモ内蔵のドローンができあがったところ」


そこに、うるさくピンポン、ピンポンと玄関のチャイムがなる。


「しずかにしなさいよ」とドアの向こうで大家さんが怒鳴った。


「すみません」とドア越しに僕は詫びた。今この扉をあければ、大家さんはきっと、口から泡でも吹いてしまいそうだったからだ。


そうして、ポトンとドローンが落ちた。


ハエまみれの僕は、部屋でぽつねんとしながら、さっさと殺虫剤のスプレーを買うべきだったと、後悔していた。誘引物質は、未だ効果があるらしく、窓から新たにハエが入ってくるので、まずは窓を閉めた。


そうして、発明家に電話をした。


「ドローンはいいから、殺虫剤を買ってきて」


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