秋の澄んだ空の下で
街灯の明かりでも桜の葉が色づいてきたのが分かる。夏の間せっせと働いてきた多くの葉は、日が短くなり、気温が低下するにつれて、光合成の生産能力より生かされることの方がコストがかかってくる。離層が形成された葉は、木から一切の水も栄養も与えられなくなる。
それでも、ひたむきに働きものの葉は中に残った水分を使い、弱まる日射しを使って微々たる光合成を行い続ける、それによって作られた糖は寒さから自らを守る為にアントシアニンに作り替える。しかし夜の厳しい寒さに葉緑素は徐々に死んでゆき、葉にはアントシアニンの色素が目立ち始めるようになってゆき、葉は赤みを帯びてくる。
地面にも、そろそろ赤みを帯び始めロゼッタとなって越冬をしようとするギシギシやスイバが見受けられる。
僕は、地面を覆う枯れ葉の中から一片の赤い落ち葉を拾った、桜の葉ではない、駐輪場に絡みついているツタの赤い葉だ。風に乗ってここまで飛んで来たのだろう。綺麗な赤い色。再読を始めた古い文庫本の栞にしようと思った。
澄み切った秋の空の全てを照らし、星々の明かりを消すように月が天上に居座っている。また寒い冬が来る。また季節は移ろうが、僕は時間の中で置き去りにされている感覚を覚える。皆は前へ前へと進んでいるのに、僕は足踏みを続けて変れないままだ。
「永久に変わらないものなんかないよ」月が囁いた。「長い長い年月の先、僕は地球におさらばしているし、地球は太陽に飲み込まれているしね」
僕は、土手を登ると、河の方を向いて斜面に坐った。立っているより楽に月と対峙できるからだ。
「それは、君の時間の尺度だろ」と僕は、空に向かって反論する。「ここに僕が生きて居る短い時間の間には変わらないものだってある。」僕は、自分の胸を指した。それから、自分の中の凝り固まったものをそこに見つけた「いや変わるのを拒んでいるのかもしれないな」
「それは思い出かな?夢かな?」どこかバカにしているような口調で月が言う。「ばらばらになった記憶にしがみつきたい思い、すくっても流れ落ちる水の中の陽の光みたいな希望」
「ああ、そうだよどうせ思い出に頼ってばかりだし、進むべき一歩をどこに置いたらいいか分からないもんな」このままではいけないとは思っている、散らばった自分を探したい、そしてあるべき場所に収めて何時かは、本来の自分を取り戻したい。有るべき自分になりたい。
本来の自分?それについて時々考えることがある、自分は実は壊れたピースの一片に過ぎず。本体は別に宇宙にあるかも知れないって。
河はいつか海に辿りつくが、僕は辿り付く海がない、時の流れの中で座礁した船みたいだ。
「やあ、久しぶり」と猫がすり寄ってきた。
「なんだよ、また変な場所につれて行く気か」僕は警戒した。
「いや、そんな気分でないからな」猫は、僕の横に坐り秋の空を眺めた。「自分で動けないときは、じっと待つのがいい、誰かが背中を押してくれるまで、待てばいい。」
「誰も背中を押してくれなかったら?」
「それも人生だろうね。背中押してやろうか?」
「猫に押されたくたくはない」
すると、「じゃ、俺が!」とお月さんは思い切り僕の背を押すものだから、僕は土手を前転しながら転げ落ちてしまった。枯れた草や、服にくっつく種にまみれて立ち上がると。猫がげらげらと笑った。