ふうせんかずら
夏の夕、僕は窓をあけてベランダの柵にからみついているふうせんかずらを眺めながらのんびりと団扇で自分に風を送っていた。ベランダの隅においてある蚊取り線香の煙の香りが時折前を通り過ぎてゆく。そういえば、近所でもいくつもの風船かずらを大きな鉢に植えているお宅がいたが、早々に切ってしまったそうだ。そんな些細な出来事の詳しい経緯などは知らないが、不思議な話を大家の奥さんが僕の育てたふうせんかずらを見てその話をした事があった。
そのお宅は、僕のアパートと同様に河川敷に面した一戸建ての小さな平屋であって、今にも壊れそうな家の小さな庭にはいつも猫が昼寝をしていたものだ。住んでいるのは、一人住まいの爺さんで、連れ合いは大分前に失踪してしまったらしい、爺さんは毎年の様に庭にふうせんかずらの鉢を植えていたのだが、今年はちょっといたずらをして、種にちょっといたずら書きをしたらしい、ふうせんかずらの種といえば丸くて真っ黒なところに白いハート型の模様が付くような姿をしているので、見ようによっては目鼻口の無い猿の顔にも見える。その白い部分に目鼻口を書いて植えたそうだ。たががそんなことで、何かが起きる筈が無いのだが、やがてその名前のように風船のような実が鳴るとその実の全てに目鼻口が現れて夜な夜な好き勝手にしゃべるのだそうだ。
最初のうちは、独り暮らしの寂しさも手伝ってか、不気味とかいうより、面白がってそれを聞いていたが、ある暑苦しい夜にひとつのふうせんかずらがこういったらしい「人殺し」と。そしたら、全部の実がそれに呼応して「人殺し」って大合唱を始めてしまったそうだ。そんなことを言われて怒らない方がおかしい、爺さんは頭にきて悉く切ってしまったらしい。
しかし中には、早く種をつけたものをあって、それを見ると。白いハートの部分に目と鼻と口があったとのことだ。しかも失踪した連れ合いと同じ様なほくろみたいな模様まで付いていたらしい。
「まあ、聞いた話だけどね、ためし種に顔を書くと面白いかもよ」と大家さんは、そういって話を終わらせようとしたが、ふと思い出したように
「でも、昔からあの庭には失踪した奥さんが埋まっているって話だよ」と小声で追加した。