中秋の名月
土手の上にござを敷いて、僕と、錬金術師、発明家、バイオリン弾き、箒乗りが横に並んで座っていた。僕の左側に置かれていた一升瓶は、あっちにいったり、こっちに戻ったり、暗がりの中で今は誰のそばにあるかは分からないが、一言「酒」と言えば、暗がりの中、手渡しでやってくる。各自の手にあるのは湯飲み茶碗、酒が5勺入る饅頭みたいな形のやや平たい陶器だ。当然安物だし、縁もあちこち欠けている。
「綺麗だねえ」箒乗りが言った。「私の故郷でも、月は同じだよ。」
「月は、地球に対して常に同じ面を向けているからね」小学生でも知っていそうな事を、物知りのように僕は言った。
「そういう意味じゃあないと思う」箒乗りではなく、錬金術師が言うと、皆がふんふんと頷いた。「多元宇宙の全ての地球にはどれにも同じ月があるからな」
その同じ月を見ながら、それを美しいと思いつつも、その向こう側にある思いは、皆それぞれ異なるのだろう。だれも口を開かない、ただバイオリン弾きだけが、ハーモニカを静かに吹いている。何の曲かは分からない、ただ秋のそよ風に乗ってそして消えてしまうような物静かな旋律だった。
散らばったパズルのように、多元宇宙の中に散ってしまった僕の片割れたちも、今こうして月を見ているのかもしれない。
そして、僕の恋心を持ち去ったまま、遠くに行ってしまった女性は、播種船の中で何を見ているのだろうか、僕は空想する。彼女はきっと長い眠りについたまま、故郷の夢を、月の夢を、見ているのかもしれないと。
静かに、一升瓶だけが右に左にと移動する。気がつけば、瓶は空になっていた。
「もう空だよ」僕は、ため息をついた。「おれ、まだ3杯しか飲んでいないのに」
いや、俺も、私もと・・・各自が申告した。
瓶を逆さにすると、掌に一滴の酒と、小さな小さな石のかけらが出て来た。
「やられたかな・・・」僕は、そう言ってうらめしそうに月を睨んだ。それから草むらの中に隠すように横倒しになっている一升瓶を立てた。「そう思って、予備を用意してあるよ」
「いや、いい加減見飽きた」バイオリン弾きが、途中で静かな曲を奏でるのを止めてすくっと立ち上がった。「肴も乾きモノだけで、寂しいし」
「そうだね、部屋で飲み直そう」箒乗りもその案に乗ってきた。
皆が立ち上がって、土手から降りるとき、振り返るとお月さんは寂しそうに光っていた。