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ウマノスズクサ

 土手の河側斜面には夏草が茂っている、ヘラオオバコが背を伸ばし、シロツメクサが地面を覆い、そしてウマノスズクサがその間を這い回っている。


 その斜面に坐り、くそ暑い中で頑張っている野球のリトルリーグの子ども達を見ていた。ダイヤモンドの周りにはその子らの頑張っている記録を残そうとしているのか、試合後の反省会に使うのか、親たちがビデオを回している。


 脇に置いたビールに手とやると、ウマノスズクサの葉を無心に食べている、黒い姿の幼虫がいた。真ん中には、斜めに白い模様が一本。体中からは、柔らかそうな棘状のものが一面に生えている。さしずめ、鳥の糞を擬態したような、ナミアゲハの初期の幼虫がそのまま大きくなった感じだ。


 僕は、この幼虫が羽化した姿を知っている。ジャコウアゲハだ。幼虫時代の蝶は触りたがる人は多くはない。それでも、緑色をして柑橘系の木に居たり、人参などの葉を食べている幼虫は、どことなく蝶であると分かる。


 しかし、このジャコウアゲハの幼虫ときたら、まるでみにくいアヒルの子の物語を思い出してしまう。こんな醜い幼虫が、羽化をすれば、黒い衣装を纏い、ゆったりと平原を飛ぶ、姿になるのだから。


 そういや、ツマグロヒョウモンも、雄の姿は綺麗だと思う。しかし、幼虫ときたら、オレンジ色と黒のツートンで、これも柔らそうな棘を纏っている。絶対毒をもっていそうな雰囲気だ。


 ふと、蝶の様にある日突然変れたらいいなと思う。ある朝、目覚めたときなりたかった自分になっていたらどんなに良いだろう。


 当然、そんな事はない、


 ダイヤモンドの中で、歓声があがった。目をあげれば、投手の子がしゃがんでいた。バッターが片手を天に向かって何度も突き上げて、ゆっくりと一塁に向かって走っている。そして3塁の子がホームベースに向かって両手を挙げて走っていた。


 満塁の押し出しだ。あともうひとつアウトをとればこの回は終わるのにだ。


 誰だって、年齢と伴に、心や体に瑕疵が増えてゆく。それを満足に癒やすことも出来ずに、ただ上からごまかしのパテを塗っては、笑顔でやり過ごす。それが成長というものだ。

 少年に向かって仲間からドンマイと声援が飛ぶ。でも、本人にとっては、とてもそんな気分じゃあないだろう。


 カーンという音と伴に、軟球が高くセンターに上がった。打取ったかなと思ったが、センターが見事に落球をした。


 こりゃ、ベンチに居る仲間も親も辛いだろうなーと思えば、大丈夫大丈夫、次の回で返すぞと、威勢の良い声を投げている。


 しかし、またしても目を開けたくない状況になった、またセンターがゴロを後逸。ボールを追いかけている間に、走者が一掃してしまった。しかも、拾ったボールを内野に投げるのも、これまた暴投。誰もいない処に思い切り投げた。


 相手側から、センター穴だぞーと、情け容赦ないヤジが飛んだ。


 次のバッターが、キャッチャーフライで倒れ、ようやくチェンジになると、ゴーグル付きのヘルメット型の装置を抱えた大人が、センターを守っていた子を呼んで椅子に座らせると、そのヘルメットを被せた。


「なんだろ?」と口に出したつもりはないが、隣にいつの間にか発明家が座っていた。顔を僕に向けず彼もまた、野球場を見ていた。


「人対応のディープラーニング装置だね」正常に話した。対峙して会話すると、極度のあがり症のため、吃音障害が出てしまうのだが、目を合わせなければ、いたって普通に彼は話す事ができた。


「なにそれ?」僕は、彼の方を見たが、そうすると会話が大変だろうと、また目を球場に向けた。


「失敗したときに、なるだけ早く、失敗に係わる色々な経験をメタバース内でさせるのさ。本人は、失敗した際の対応をメタバース内で、高速で反復しながら学習して、正解にたどりつく方法を自身で学んでゆくんだよ。」


「失敗は成功の母ってことか」


「ま、そうだね」


「女性に振られた時に、それを使って次回は振られないようにできるかしら?」


「相手が人だと、無理じゃないかな?」


「ああ、そうだろうね」


と話して居る間に、ヘルメットを被らされた少年は、それを脱いでベンチに戻った。


そして、次の守備で一死3塁、その子は深いセンターフライを見事にキャッチすると、少年とは思えないような強肩ぶりを発揮して、キャッチャーにストライクで返球をしてしまった。タッチップでホームベースを目指していた走者はタッチアウトになった。


「マジ?」思わずそのファインプレーに声がでてしまった。「で、何か用かい?」と発明家に訊くと。


「花火の場所取りをちゃんとしているか、確認しにきただけ」


「ここだよ」僕は、自分が座っている場所を指した。「あっちの河川敷はもう一杯だったからね。」と僕が指す方向には、鉄道の橋りょうがあった。花火大会の会場は、その橋の向こう側だ。


「見えるの?」


「見えるさ!」僕は自信満々に答えた。「音は100パーセント花火と同時に聞こえる、花火本体も、上半分以上見られる。ナイアガラは、無理だけどね」


発明家は多分ちくるつもりなのだろう、ブツブツと文句を言って去って行った。


 花火は、当然、散々たるものだった。僕は、暗がりの中で幾度となく、嫌みを言われ、それを酔い半分で軽く受けると、沈黙が返事となった。しばらくこいつらと顔を合わせるのは精神的にキツくなりそうだ。



後日、土手に生えて居た草は、行政から委託された業者さんによって、草刈り機で綺麗に刈り取られた。これじゃあ、ジャコウアゲハの幼虫もここでは終わったな・・・と思っていたのだが、


 時と伴に、ウマノスズクサが、再び伸び始めると、そこには黒い幼虫がくっついて無心に葉を食んでいた。


 かつては、華麗な蝶になれたらとも思ったが、しぶとく生き続けることもまた、面白そうに思えた。花火の席とりくらいなんのその、失敗は成功の母。



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