梅雨と缶詰とレンチンと落ちたもの
今日も雨、昨日も明日も・・・長靴は買ってないし、濡れた靴は湿ったまま。ついでに足駄をつっかけて買い物に行く気もずっと湿ったままだ。
じめっとした部屋の窓に雨が当たり、水の尾を引いては落ちてゆく、あるいはアマゾンの熱帯雨林で雨季にでも住んでいればこんな感じなのだろうか、とランニングシャツとブリーフだけを身につけて、値上がりした電気代を節約しようと、黄土色の畳の上で寝転びながら動かす気のないエアコンを睨んでいた。
そして、こんな時に限ってというか、こんな時だから奴が来る。アパートの錆びの浮いたドアを勝手にあけて・・・
「暇だぁ、暇だぁ」と人でもないのに、長靴に雨合羽、その上傘まで差してとまぁ、雨の日の完全防備の姿である。しかも、それらを玄関に放って、勝手に上がり込んできた。
「暇なら月面の掃除でもしていればいいでしょ」と思わずつっけどんに言い返した。
「ああ、してきたよ。」お月さんは、甚兵衛姿でポケットから扇子を取り出してまあるい顔を扇いだ。「意味不明な機械を捨ててゆくやつがいたから、アパートの前に置いたぞ、あとで金属ゴミで出してくれ」
「なに!?」思わず足駄をつっかけて、雨の中に飛び出してみれば、雨に濡れた無惨な機械と思しきものが、アパートの外壁に立てかけるように置いてあった。これはもう、家庭ゴミのレベルではない。産廃とでも言うべきものだ、とても僕が処分できるものじゃない
雨に打たれ、唖然としていると、「やっぱり居たな」という聞き慣れた声がした。「ほ、ほんとうだ・・・」と吃音気味の声も追従してきた。「ししかも、し下着・・・ のままんま」
声のする方には、錬金術師と発明家が並んでいた。
「これ、どうにかならないか?」下着姿とはいえ、見せて恥ずかしい様な相手でもないので、まずは吃緊の問題の対象を僕は指した。
「これはまた、なんだろうな?」錬金術師は、黒い外套に身を包み、黒いこうもり傘を指して、何時の時代の扮装をしているみたいな格好でそれに近づいてきた。発明家は頭の上に傘を差したドローンを浮かべている。なにかとても便利そうだけど、ビニール皮膜に覆われたコードが見え隠れする金属製みたいなヘッドバンドがなにか彼を近寄りがたいものにしている。
発明家も「おー」と感嘆の声を上げた。そして、胸のポケットから、小型のマイクを取り出して口に近づけた。「これはもしや、先日のニュースでやっていた、月に着陸し損なったAI付きムーンローバーの競技車の着陸船じゃないかな」と壊れた金属の塊、ほらネームプレートに参加車のマークが付いてる」彼は、何故かマイクがあると正常に話す事ができるという、異常なほどのあがり症みたいだけど。
「これ、欲しいな・・・」
「持って行けるものなら、持って行って欲しいよ」僕は、二人にアピールした。
「それじゃ・・・」と発明家は、携帯端末を取り出すと何やら操作をした。「ちょっと時間がかかるから外に居ないで部屋に入ろうよ」
「全くだ、下着姿の男が夜に徘徊している姿なんて怪しすぎる」錬金術師が、僕の姿を眺め回して言った。
「はいはい、どうぞどうぞ、怪しいお二人さん」と僕を先頭にして、狭いながらも楽しい我が家に入って行った。部屋の中は、快適な温度にいつの間にかなっていた、お月さんが勝手にエアコンを動かし、缶ビールを飲んでいた。そして僕に向かって一言「つまみがない」とぶすっとして言った。
「長雨ため、食材を切らしているよ」僕は、お月さんと、新たな客二人に言った。
「なにか食えると思ったのだが・・・」錬金術師が、重い声で言った。
「いやいや、彼は食材が無いと言っただけだ。食い物はいくらでも有るはずだ」お月さんは、立ち上がるのも面倒そうに、体を横たえて手を伸ばして、押し入れの引き戸を動かした。「缶詰があるぞ」
「分かった、分かった、缶詰にレンチンの手抜きばかりだけど、まぁ楽にしてて」と僕は、冷凍庫にあるものを、電子レンジに入れてスイッチを押すと、缶詰のプルトップを開けて、まずはお通しとばかりにテーブルというか炬燵板の上に乗せた。そして、多分この季節冷蔵庫でやたら体積を占めている缶ビールというか、法律上はビールに似たものを取り出して、4本テーブルの上に置いた。
レンジがチンと言うのと同時に、発明家の携帯端末がピロピロピーンという音を立てた。「いいい意外と早く、ききっきた」と彼が席を立った
「何?」と訊くと
「そそ外のももものを運ぶ」とさっさと部屋を出て行った。
「え?どうやって?」僕は、変な機械でも来ていないか心配になり、彼の後を追った。
すると、闇夜に赤や青のランプが点滅しているのが見えた。そしてぶぉーんとモーターの回る音。発明家は、携帯端末を操作しながら上空を見ていた。やがて街灯の明かりの中に、大きなドローンが浮かび上がった。空中で停止した状態でドローンの中央からフックが降りてきた。発明家は、フックを手にすると壊れた着陸船に引っかけて、携帯端末を再び操作した。すると、ドローンはゆっくりと上空に舞い上がり、牽引ロープが伸びてゆき、それがぴんと張ったかと思うと、壊れた残骸がゆっくりと上空に持ち上がっていった。
「これでよし」後ろに僕が居るものの、目に入っていないせいか、滑舌がしっかりしていた。
「どこに持ってゆくんだい?」といきなり声を掛けると、「ああああああ・・・・・」と言葉がとっさに出てこないようだった。そこでマイクを取り出した。「いきなり声をかけるな、実験室のある建物の屋上だよ」と目は、ドローンの明かりを追っているようだった。
部屋に戻ると、なにやらお月さんと、錬金術師が静かな口論をしていた。既にテーブルには空になったビールの缶が3本倒れている。
「珍しいね、口論なんて」僕は、新しく缶ビールを冷蔵庫から出した。「何についてもめているんだい?」
「いや、どういうのが手抜き料理かってね・・・」錬金術師が缶詰めやら、いつの間にか勝手にレンチンされた料理を見ながら言った。「普通の家なら、手抜きと言われそうだが、お前は、これを手抜きと言ったよな」
「まぁ、金銭的理由で主にちゃんと料理というものをしている身にしてみれば、手抜きかも」僕は、席につくとビールを飲んだ、蒸し蒸しした夜には良い喉ごしだ。値段と味は濃くは無いが、すっきりとした爽やかさを求める体には、この安いやつが嬉しい。
「やはり、ちゃんと手をかけていないから手抜きってんだな」お月さんが言った。
「それは、違うよ」僕は反論した。「作っている人の主観の問題だよ。日ごと手によりをかけている人にとっては、手抜きでも、忙しい人にとっては献立を考えるだけでも一苦労だと思うよ。僕に言わせてみれば、食べさせてもらっている方は、料理の手抜きとか言う資格は無いと思う」
「確かにそうだ」錬金術師が、笑った。
「落ちた着陸船も手抜きだったのかねぇ」お月さんが、首を傾げた。
「いいい、いや。シシシイシステムでそそれが、あああってはいいいいけないでしょ。」発明家が、首を振りながら言った。
「で、あれを持って帰ってどうするの?」僕は発明家に訊いた。
「うーむ。きききめていいいないけけっど、ててぬきじゃじゃないよおように、ち調理するさ」