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三つ葉

 昨年、近所の無人直売所で買った三つ葉の食べ、切り落とした根の部分をアパートの裏に埋めておいたら、見事に根が付いて種を沢山落とした。

 今年も日差しが暖かくなると共に、昨年と同じ所に葉っぱが伸び始め、さらにその周囲には、小さい双葉が沢山発芽し、大きくなった双葉のいくつかには、その真ん中に、小さい三枚の葉っぱを見る事ができた。


 これは、そのうち採取して、三つ葉の卵閉じでも作ろうかなと思い、成長をしばし見守る事にした。


しかし、人の「そのうち」ってやつ程いい加減なものはなくて、「そのうち」っていう約束と「お化け」はそう簡単に見る事はできない。当然、忘れた。


 ある日、お天気の良い日に唐突にそれを思いだしたら、三つ葉がわさわさと雑草化してその場所を占領していた。これは、良いものを見つけたと、手を伸ばしたら指が触れた所の三枚の葉っぱが唐突に閉じて、爪先に痛みが走った。思わず手を引っ込めると、葉っぱが葉柄ごと抜けてきて指先には僕の指先をくわえたままの、三つ葉がしっかり噛みついて?いた。


「なんじゃ?こりゃあ」と葉柄を持って引っ張ると、痛みと共に抜けて、爪先からは血が流れ、三つ葉は葉っぱを左右に振ってもがいていた。

「突然変異でもしたのかな」ともがき続ける三つ葉を地面に落として踏みつけると、赤い浸出液を地面にひろげて動かなくなった。


 こんな危ないモノを、放っておいたら、被害が出るかもなぁと、僕は大家さんの家に押っ取り刀で行き、事の次第を報告した。


「あら、そんな危ないものだったの?」と大家さんは、特におどろく様子は見せなかった。

「あんなのが増えて、人でも襲うようになったら、まるでトリフィドですよ」僕は、言葉を荒げた。


「なにそれ?」しかし大家さんの、反応はいたってのんびりだった。


「SFに出てくる、人を食う植物ですよ」


「でも、見た目は三つ葉だし、食べられるのじゃない?」いやいや、踏むと赤い汁が出て来る三つ葉なんか、美味しそうじゃあないでしょ。


「いずれにしろ、あんなの早く排除した方が良いですよ」


「や、野草食いが、よ、良く言うね」と玄関の外で声がした。振り向けば、発明家だった。「だ、大事なのは、た、多様性だろ」


「あんたの仕業か?」


「し、仕業といい言うより、い依頼を…う、受けたんだよ」


「依頼だって?」


「ああ、私が頼んだんだよ。」大家さんがにっこりして言った。「あんたのアパートの周りに最近、ネズミが出てきてね、これがまた賢いのか罠にも掛からなくて困っていたんだよ」


「じゃあ、あの三つ葉はネズミ捕獲というか捕食用かい」


「その通り!!」発明家は、いつの間にか取り出したマイクに向かって自慢げに言った。

「でも、俺も食われそうになったぞ」と血の跡がまだ残っている指先を差し出した。


「不用意に触れなければ大丈夫さ」


「何か苦情にならなければいいけど」


「じゃあ、三つ葉の周りに囲いでもして置きましょうね」大家さんがニコニコして言った。「そうすれば、小さい畑と思って手を出したり、足を踏み入れることもないでしょ…ね」と最後の一言に力を込めてから僕の顔を見た。「そもそも、最初は、あんたが植えた三つ葉でしょ」


「はい、じゃあ囲いを作って置きます。で、発明家は、大家さんに用事で来たのでしょ」と僕は、その場を去ろうとした。


「そうそう、一応、三つ葉の中にネズミの骨が3匹分ありましたから、結構機能しているみたいですよ。もう暫く置けば、駆除できると思います」発明家は、にっこり笑って、マイクをポケットに戻した。


 僕達は、部屋に戻り僕は割り箸に「触るな」とか「立入禁止」と書いた紙を挟んだものを作り、押し入れからは、ビニールテープを取り出した。生分解されるやつなので、季節が変わる頃にはボロボロになるかもしれないだろうけど、その頃には、発明家が何か処理してくれるだろうと思った。


 季節が、代わりじりじりと暑くなってくると、三つ葉の群生が唐突に消えた。その辺りの土があちこちで盛り上がっているところを見れば、きっと引っこ抜いたのだろうと思われた。しかし目をアパートと周囲の家の堺にあるブロック塀の曲がり角にやれば、そこに三つ葉が群生していて、そのうち一本は、根っこを動かしながら、移動をしていた。


 試しに、そいつを掴まえて、三つ葉の卵とじを作ったら、一応三つ葉の香りが、鼻腔を抜けてなかなか美味しいものだった。しかも、季節柄、三つ葉の葉柄は硬くなっているはずなのに、ほどよく柔らかかった。


「これ、いけるね」とお月さんが、にっこり笑って、発泡酒を飲んだ。

「汁の色がちょっと悪いけどね」僕は、赤っぽい煮汁を指した。

「また作ってよ」とお月さんは、むしゃむしゃ食べながら催促をした。

「そのうちにね」と僕は答えた。忘却の呪文だ。


しかし、忘れていたころ、お月さんは、大きな袋を持って僕の部屋の戸を叩いた。

袋は、生きているようにうねうねと動いていた。


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