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買い物をしたい気分の日

 乾燥して透き通った夕暮れの冬に、天然の暖房機が赤く染まりながら山の端に落ちてゆく頃、その赤い陽の一片も入って来ない僕の部屋は、既に気温がこれでもかという位に下がり始めている。

 僕はといえば、リサイクルショップで買った赤い花柄の半纏を羽織って、この部屋唯一の暖房器具である炬燵に足を突っ込んで背を丸めている。外に出るのも億劫だから、炬燵板の上にノートパソコンを置いてネットショップを巡り歩いていたのだ。僕の対面では暇だという理由だけでやってきた錬金術師が、一升瓶からコップに酒を注ぐとそれを持って台所に歩いていった。

 「うわぁ、今ならコレ安いよぉ」僕はネット通販で新しいテレビを指しながら叫んだ。「送料も当然タダ!」

 「あ、そ」と僕の相手をする気の無い錬金術師が電子レンジでコップ酒を暖めながら生返事をした。彼の肴は賞味期限が切れたエイヒレだけだ。きっと不機嫌なのは、肴になるのがこんなものしか無いからだろう。やがてチンという音がすると、彼はまた僕の正面に座った。

 彼はさっきから何杯も飲んでいるのに全く酔った気配さえ見せないが、その間ずっとそのエイヒレだけでチビチビと飲んでいた。

 「もう、見てよこれ!」と僕は画面を彼の方に向けた。その画面をろくろく見もせずに彼は、僕の部屋を見回して言った。

 「まぁ、何も無い部屋だしな。あって悪いとは言わない。しかし、お前さんこれで12回同じ台詞を吐いているぜ」

 「え?」僕はそんなに同じことばかり言ったかなと回想してみたが、記憶には余りない

 「新型のテレビ、新型のステレオ、新型の携帯、新型のゲーム機、最速のパソコン、空気清浄機、エアコン、洗濯機、冷蔵庫、浄水器、自転車、掃除機…お前、そんなに欲しがってもお金はあるかい?」

 「んー無い。」でも、そんなに欲しい、欲しい言ってたかな?と記憶を隅を叩いてみれば、確かにそんな気もしないではない。

 「ウィンドウショッピング気分ならいいが、間違って購入しなさんなよ。お前さんには貧乏神が付いているのだからな」

 そこまで貧窮はしていないぞと言おうとしたが、人並みよりは下という自覚があるので口ごたえをするのは止めた。その代わり、ネットで買うことの出来ないという現実を悲しそうに切実に訴える事にした。

 「このご時世に使えるカードが無いから買えないよ」

 「まさか!!」と錬金術師は俺を見た。驚きと哀れみの目だ。

 「カードも無いのか?それともブラックリストに載っているのか?」

 「いやいや、毎月の電話とか公共料金はカードで自動引き落としだけどね」と僕は財布からクレジットカードを出してみせた。

 「なんだこりゃ?」と錬金術師は目をまん丸にして叫んだ。そりゃそうだ、僕のクレジットカードの数字部分には穴がぼこぼこ入っていて全然読めないのだ。当然、IC部分も穴が穿ってある。

 「新しいカードが届いたときに、古いカードを処分しようとして誤って新しいのをパンチで穴を開けて使えなくしちゃったんだ。ね、錬金術で直せない?」

 「お前、俺の商売を間違えて理解していないか?」

 「いや、一応訊いてみただけ」

 「それより数字部分を控えていないのか?」と錬金術師が訊いた。僕は頭を横に振った。

 「古い奴、もう捨てちゃった」

 「再発行してもらったらどうだ?」

 「有料だから嫌。それに今までも買い物で使ったことないから別にこのままでもいいかなと思ってね」僕は、そうなると何の為に持ち歩いているか分からない、カードをまた財布の中に戻した。

 「でも、なんでかな。やたらあれこれ欲しい気分なんだよね」なんでだろう?と自分でも不思議だった。

 「ストレスでも溜まっているのかな?買い物症候群かもしれないな」僕は真面目に、そう思った。

 「あり得ない、あり得ない」錬金術師は、頭を左右に思い切り振った。

 「お前さんは、単に物が無さ過ぎるからだろ、役に立たないのものは押入れに幾らでもあるのに、普通にあるべきものが無い」

 錬金術師の言う通りだ。

 「でも、待てよ。そのお前さんが、人並みな物を欲しがるなんて不思議だなぁ」

 「その言い方ちょっと嫌だな」

 彼は、僕のその文句を聞き流してから暫く考え込み、それからまてよと言って立ち上がるとベランダに出る窓を開けた。

 「あ、寒いってば」と僕が言っているのに彼はベランダに出て、上が既に枯れている鉢物を持ち上げて、鉢が置いてあった場所を見ていた。西日が彼を横から照らしていた。

 「お、居た、居た」と錬金術師は、嬉しそうな声を上げた。

 「なに?」と僕も寒いのを我慢してベランダに出て彼の視線の先を追った。

 「ほれここに」と錬金術師の指が、テントウムシの集団を指していた。鉢の下で越冬をしていたようだ。

 「へー、てんとう虫が越冬しているんだね」

 「いやいや、ただのてんとう虫じゃないよ”物欲してんとう”…ってやつだね、ほら

背中の模様が点じゃなくて、¥印になっているだろ」

 「なにそれ」

 「これが近くに居ると、あれこれ欲しくなるのさ」

 「なにそれ、これまた怪しい虫だね」

 「怪しいってば怪しいけれど、一応この虫も越冬をしないといけないからね、住んでいる人の物欲を煽るのさ」

 「どうして、僕があれこれ買うのと関係すんの?」

 「物が増えれば、エネルギーを使うから部屋が少しは暖かくなるだろ?その暖かさのおこぼれが欲しいんだよ、当の人の懐は寒くなるけどね」

 「でも、僕の家じゃかなり寒くなりそうだね可愛そうだけど」

 「ああ、可愛そうと思うなら、いいかげんストーブくらいは買った方がいいぞ、欲しいとか言う前に、この季節の必需品じゃないか?熱燗を幾ら飲んでも背中が寒くて全然酔えないし、不味いし」

 「え…、不味いって」僕は、振り返って炬燵の上の一升瓶を見た

 「あれかぁ…」

 「なんだ?」

 「いやね、お月さんが飲みすぎるから、水で薄めたやつだよ、あれ」

 「ケチくせぇ」翌日、良い日和になり、気温が上がった。気が付くと”物欲してんとう”は一匹も居なくなっていた。


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