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ある記憶への献花(1)

 瓶を抱きしめながら、僕はうつらうつらとしていた。陽があがり始めえてから帰宅したので、とても眠い閉じかかった。重いまぶたの間から瓶が放つぼんやりとした明かりが差し込んできた。



眠い、と思いながら、夢の中で俺はキーボードを叩いていた。ヘッドマウントディスプレイを被り、仮想空間に浮かぶ実態の無い幾つものキーボード叩き続けていた。そのキーボードの向こうには、直方体の巨大な構造物が見え、その周りを赤い球状の物体が定期的に回っているのが分かる。問題は、その赤い物体に発見されることなく、構造物に穴を穿つ事にある。俺は、何時の間にかその空間に身を置いていた。感覚が俺の体から離れその仮想空間の中に移動したからだ。

 俺の周りでは、どこからとなく薄いテープ状のものが数え切れないほど現れては、仮想の空間を高速で突っ走って行きその立方体状の構造物の中に吸い込まれてゆく、以前俺のプログラムを組み込んだテープを作成しこれをその構造物に放り込む手段を試して見たが、あっさりと見破られた上に送信元の俺の所まで赤い玉が追っかけて来そうになったのを必死の思いで逃げ切ったことがあった。

 最もその時は、偵察を兼ねてこの赤い球体や壁の持つ機能や、力の及ぶ範囲を調べるつもりもあり、そのまま潜り混めれば御の字程度に思っていたが、甘く捕らえていた俺の予想を超えて強い防壁に守られていたのだった。

 それからはこの壁に近い位置まで出張っては毎日、無限とも思えるピコ秒の中で俺は見張りを続けていた。

 そして、深夜2時くらいになると、唐突にテープに見えるデータが1000倍以上に増加することが分かった。一種のオンライン経由のバッチが動作しているのだろうが、これを見逃す手は無い。

 この時間帯には、相手の電脳空間内で多くのプロセスが必死にピコ秒を奪い合っている筈だ。もう一押しすれば、赤い球状の監視・殺戮プログラムでさえ動作が鈍くなるだろう。俺はじっと時を待った。

 やがて、そのデータの群れは暴走するバッファローの群れの様にやってきた。もちろん、その程度のデータ量に対応が出来ているシステムだから、ここで眺めていたって

監視・殺戮プログラムだって、正常に動作を続けるに決まっている。

 そう、しかしここで許容範囲を超える様なデータを送り込んだらどうなるだろうか?俺が待っているのは、その一押しの群れの到来だった。それも律儀に定刻発生し死に向かうレミングスの群れのようにやってくるデータの群れだ。そして小さく短いデータの群れが砂嵐の様に此所を覆った。

  その小さなデータ達の生まれ故郷は無数とも言える家庭のパソコンだ。俺は、人畜無害な無料ゲームのHPを立ち上げ、それをダウンロードした見返りに、この時を見計らってこの要塞のような電脳空間にデータを送るようなプログラムを常駐させておいたのだ。そのプログラムは、満月の夜に一斉に卵を放つ珊瑚の様に、今まさにデータを大量にネット上に放ち、そしてここのアドレスを目指しているのだ。

当然、そのデータ達は、監視にかかって排除される。しかしその、監視をするデータ量の多さのためにやがて、その監視・殺戮プログラムの動作に機敏さが失われてきた。

俺は、陰からこっそりと触手を伸ばしそっとその立方体の壁にふれた。びりびりするのは俺を拒否しようとしているからだ。しかしネズミ退治で必死な監視・殺戮プログラムは、俺に気づくことさえできない。

笑みを浮かべ、俺は触手を壁の中へ強引に押し込んだ。瞬間、奇妙な視覚映像がデジャブの様に見えることがある。それは量子コンピュータ故のものだと聞いたことがある、たった一つの量子がある幾つもの状態を同時に取り得るのは、多世界において、各々の状態となっているからという理屈だ。

 そして俺は瞬時に大海原を見、空を仰ぎ、宇宙の中で星を探していた。そして、量子状態が収束を開始すると同時に、再び侵入した相手の電脳空間の中で俺の意識が戻ってきた。

 仮想空間を支配する時間の波の動きが変わり、向こう側に出たのを確認すると、俺は、触手の先端に全神経を集中した。広大な電脳空間がそこに開けていた。無限遠の様にさえ思えるデータの宇宙空間だ。この空間で最も危険なのは、俺同様にこの空間にジャックインして入り込んでいる用心棒達だ。

 やつらは、いろいろなアバターに姿を変え潜んでいるかと思えば、データにトラップを仕掛け、それに掛かったと同時に現れるやつさえ居る。

 俺の居る電脳エリアは、堆く積もった書庫の様相を呈していた。左右上下透明な立方体が等間隔で並び、各々に長ったらしいラベルが貼られている。

 どれもきちんと整理された、過去からの書類の山だ。それだけに、目的の発見は容易だろう。その空間を、一匹の鮫が優雅に泳いでいる。悪くないセンスだ。できるならば、腹に小判鮫のひとつでも付けていればよりリアリティがあるだろう。俺は、立方体の一つの影からその鮫が遠ざかるのを見ていた。

 ここでは、こういう手合いに戦いを挑むような馬鹿は犯せない。手ごわい相手であると相手に判断されてしまったら、最悪なのはネットワークから切断され俺の本体とこの場にある意識が泣き別れることになるからだ。そうなると俺はサイバーデッキに接続されたまま植物人間になってしまう。

 用心棒はみな連絡を取り合っているから何かとてつもない異常が発生すればきっと

このサーバーをネットワークから切るのも厭わないだろう。

 俺は、この電脳空間の処理時間をかすめ取り俺自身を、俺のデータを複写してやった。無数となった俺達には、この電脳空間にある特定の共有メモリのアドレスを与え瞬時に俺というプロセスが情報を共有できるようにした。目と耳は複数、記憶は一つということだ。

 俺は、一つにして複数の意思の集まりだった。あっちでは、人事の記録をこっそり覗き。こっちでは、歴代のメールの中身を確認している。遥か上空では、電話の会話記録を聞きその地下深くでは、テレビ会議の記録を眺め、あるものは追っ手に見つかりあっさり破壊されている。そして、探していたものはメールの記録の中にあった

「開発関係者各位、開発コード:BitterOrangeについては、10月28日から以下のアドレスにて管理しますので周知してください。なお今までのアドレスのデータについては、そちらに移動しますので使用はできません」

「ふーん」と俺は、電脳空間の中で近くにある虚像を消しながら仮想の鼻を鳴らした。場所さえ分かればあとは簡単だ。遠い分身達には囮を演じてもらって、敵を遠ざけてもらえればいい


俺は、さっそく、そのアドレスに向かった。

俺は、人魚の姿で一匹の鮫に向かってお尻ペンペンの格好をしてみせた

俺は、少女の姿で一匹の金色の猿の頭をなでてやった


-そのアドレスの門前でドアを叩くと、IDとパスワードを訊かれた

-鮫は早速俺に向かってきた

-金色の猿は、黄色い歯をむき出しにして怒りの表情をみせた


-IDもパスワードもたった一人の馬鹿社員のためにバレている。どんなに強固なセキュリティを施しても、肝心の社員に間抜けがいればセキュリテイは無いと同じってこと

 これは仲間のハルってやつのおかげだ。

-俺は、電脳空間の海の中で追いかけ回す鮫から逃げ回った

-猿に向かって俺は、「どこから来たの?」と首を傾げて言ってやった。

 可愛いだろ


-俺は、単なる社員番号と、パスワードを答えた

-俺は、若干鮫より遅いスピードで、しかし巧みに逃げ回った。食われる寸前にスピードをあげてひょいと大きな口から身を交わす。

-猿は「どこから来たガキ」と言った。良い用心棒だ。


-「ひらけゴマ」とばかりに門は開き俺は堂々と中に入った

-鮫は、仮想の書庫の中をうろちょろする俺の行動パターンをよみはじめた

-「あっちから来たの、お猿さんここは何処なの?」と俺は可愛らしく訊いた


-新製品の情報は、それらしく暗号化して圧縮されたファイルになっていた。

-目の間に突然現れた鮫に俺は驚いて方向を一瞬変える振りをして

 鮫の横をかいくぐった

-「あー、ここが何処かだって?ガキがデッキを使うんじゃねぇよ付いて来い」

 猿、子供相手に汚い言葉を使うんじゃないよ


-俺は、ファイルに触手を伸ばし片っ端から俺自身を通して

 壁の外にデータを流した

-鮫は、一瞬ひるんだが、やはり早いものだ、直ぐに俺の真後ろについた

-俺は、金色の猿が案内するがままにその後を付いていった


-ちょろいものだ、俺は触手を引っ込めた

-鮫は、俺の尾びれに噛み付いた

-「ここから、出て行きな」猿は、一つのドアを示した。


-ゆるゆると俺は、見つからないように後退をした

-鮫は、俺の胴までしっかりくわえ込んだ。

 こんな綺麗なねえちゃんを食うとは下衆な奴だ

-猿が難しい暗号を唱えると、ドアが開いた。俺は笑みを湛えて有難うと言った。


-俺は、壁から出た

-鮫は、とうとう俺をすぽっりと飲み込んだが、同時に警報も聞いたようだ

-俺は、ドアから出ると、お猿さんありがとうと笑みを湛えて言った

 猿も後ろを気にしているようだ


-俺は、キーボードを叩く手を止めた。全てが消えて行った

-俺は、ゆっくりと鮫の中で消化され消えて行った

-俺は、ドアの向こうへ消えて行った。


 データのコピーは、いまや俺のサイバーデッキの中に収まっていた。俺は、ヘッドセットを外して、後頭部の首の付け根にあるジャックを引き抜いた。


 自分でも分かるくらいに、にんまりとした笑みを浮かべて金属の外壁をもった黒い箱をポンポンと叩いた。さて、後はこのデータの売買が残っている。それが一番危険で厄介だ、ネットジャンキーをやっている俺の様な馬鹿にとっては、生身の人間が何より怖い、しかし、こればかりは現物での取引が条件である以上どうにもならないのだ。

 


 闇サイトには多くのスレッドが立ち上がっている。その一つのスレッドが俺と相手の取引の符丁に使う事になっていた。しかも既にそのスレッドの内容は意味の無い発言の吹き溜まりになっているだけだ。


>アレックス

>「ルートヴィヒを聞くかい?」

当然名無しという訳にはいかない。アレックスというハンドルは、<時計仕掛けのオレンジ>の主人公の名前にちなんでいる。ただの今回のプロジェクトとはオレンジつながりだ。

 後ろには、意味わかんねぇ、馬鹿、出てゆけのコメントが続いた。やがて一つのコメントが付いた


>ムーン・サンシャイン

>アレックス懺悔しろ!

ふんと俺は鼻で笑って、データをフラッシュメモリに複写した。



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