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ヤハズススキ

 夕暮れ間近にお月見のススキを探していたら、ススキ原とは小さな小川を一つ隔てた畑の一角にちょっと変わった、ススキの群落があった、葉のところどころに白い斑が入っていてまるで、鷹の羽のようだった。それが、稀有で綺麗なものに見えたし、特に栽培している様子もなかったので、1本だけナイフで切って家に持ち帰り空き壜に生けた。


 その夜、お月さんが珍しく一人の客人を連れて遊びにきた。そして、その客人の顔を見て驚いた、どこかの雑誌のモデルじゃないかと思うほどの容姿の持ち主だからだ。それがなんで、またこんなやくざなお月さんと知り合いだなんて・・

「さてさて、良い雲が出てきたおかげでこっちも一休みってことでね」お月さんは、そそくさと上がりこむと胡坐をかいて、美男子くんにおいでおいでをした

「俺は、あんたが居ると嫌なんだが・・」顔の割りに声は酷いしわがれ声で、連れて来た当の本人を睨んでいる。

「まぁ、かまわずに上がってください」僕は、作り笑いをしながら、肴を冷蔵庫から探した。

「迷惑をかけるかも知れないぞ」美男子は、じろりと僕を見た。

「いえいえ、もうお月さんが来たこと自体迷惑になってますんで」

「ふーん、じゃあお邪魔するよ」と彼もまた上がって来た。少し獣に似た妙な体臭がした。顔はいいが、声もひどけりゃ、体臭も強いとなると、いろいろ大変な面もありそうだ。まぁ、よく天は二物を与えずというが、本当にそういうものだななどど、余計な事を考えて冷蔵庫からひっぱりだしたのはどれもこれも賞味期限の怪しいものばかり。

「いいよ、いいよ。ここにソーセージがあったから」と奥から声がした。

勝手知ったる人の家かよ、とりあえず、かまぼこだけ切って持ってゆくと。あの、美男子は居なくて、代わりにけむくじゃらの怪物が座って、酒を飲んでいた。

「ななな・・なんですかぁ?」僕は、テーブルについて、ひょいと化け物の顔をうかがったこれで、お月さんが飄々と一杯やっていなければ尻に帆をあげてさっさと逃げるところだ。

「うす。」と化け物は、お辞儀をした。「狼男です」

「名前は、神 明とか言いませんよね」僕は、本棚にある、シリーズものの本がぱっと

頭に浮かんだ。

「いや、普通に、鈴木 次郎って名乗ってます」

「はぁ、じゃあお兄さんもおいでで?」次郎だってことは、お兄さんは太郎か一郎か

と思いつつ、狼男の大きな口に飲み込まれそうな恐怖で声が掠れた

「ええ、居たのですが、この前交通事故で・・」と彼は、俯いた。しかし、この毛むくじゃらの生き物が、そういう素振りを見せても全然悲しそうに見えない。

「あ、どうもすみません」悪い事を訊いたと謝った。「お亡くなりになられたとは・・・」

「いや生きているのですが、運転中にスピードの出し過ぎで人の家に突っ込んでしまい、今、刑務所に居ます。ま、お家の方は無事だったのが幸いでしたけど」狼男はぽりぽりと自分の頭を掻いた。

「・・・」

「まったく、いい年こいて暴走族のリーダーなんかやって、恥ずかしいったらありゃしない」でもですね。と狼男は言った。

「そんなことならいいです。」口調からするともう酔ってしまったらしい。ねぇ、彼って泣き上戸?とお月さんにそっと聞くとお月さんは頷いた。

「もう、何十年も、何百年もこう人目を憚って生きていかなければ・・・、何時までこんな

種として異端でなければいかんのでしょうか?俺が何をしたっていうのですか?え!!何時もならまったく人と同じじゃないですかちょっと、満月とかみると、こうなっちゃうだけなのにぃぃ」号泣するありさまは、まるで狼の遠吠えだ。


「人なんざ、見えない土地の線の向こうに住むやつも異端、考え方の違う奴も異端、ちょっと見栄えが違えが異端にしてしまうのさ」お月さんは、狼男の肩をポンポンと叩いた

当の狼男を変身させてしまうお月さんが慰めているのは、ちょっと妙な気がした。

「同じ人同士でもそんな有様さ、でもなぁ」と僕のとってきたススキを見た。それから

僕の方をみた。

「ヤハズススキだね。よく探してきたねぇ」

「ふーん、そういう名前なんだ。」僕は、ススキの傍にいって葉っぱをなでた

「ね、なにか綺麗でしょ?」

「いわば、ススキの異端だな」

「そういえば、そうかも。あまり見ないものね」

「そう、異端であるが故に、美しく、そして魅力的だ。」

「そうだねぇ、もし普通のススキならそうは思わないよ」僕は、狼男を見てみたが確かに怪しいという魅力はあるが、とても綺麗とは思えないないなと考えた。しかし

、しかしだ・・

「十把ひとからげのようなこの世じゃあ、異端であることは凄く魅力かもねぇ。」狼男を見れば、泣きながらいつの間にか寝ていた。多分彼も昼は普通に働いてその多勢の中に埋もれていて、それが一番安心できる生き方なんだろう。

 昔、若い頃の僕もまたそんな風に生きて居たと思う、会社は能力の見える化みたいにして、僕の尺度を測っていたものだ。会社は僕が将来進みたい希望を訊いて、そこに向かうような教育や試験を奨励してくれた。最初はそれでも良かったし満足できた。しかし徐々に自分が考えるルートと会社が求めるルートに差異が生じ始めた。そして僕は落ちこぼれ組に配属されたのだった。会社が求めていたのは、教育や試験で一定水準の規格に合致した社員が欲しいのであって、異端は求めて居なかったのだから。

「うわばみのように飲むかなと思っていたけど」僕は、たったの一杯でしかも速攻で寝てしまったのを呆れて見ていた。


「それにしても、彼を慰めるために来たの?」と僕が聞くと

「いや、たまたま、人前で変身しそうだったからもののついでに連れてきただけ、本当の用はこいつ・・」とススキを指した

「え?なんで?」

「お前、それ畑の傍にあったやつだろ?」そうそうと僕は頷いた

「畑の隅っこに沢山あったんだよ」お月さんは、片手でこめかみを揉みながら言った。

「それ、人のモノだぜ。風で看板が倒れたみたいだけど、[採るな]って書いてあった。」

そういや、あの畑の親父むちゃくちゃ怒鳴るのだった。


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